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001「ドアの向こうは大草原」

「お世話になりました」


 平日ど真ん中の昼下がり。

 広告デザイナー・刈谷小鉄は、コスモス広告株式会社の社長室に呼び出されていた。

 それほど大きくはないスペースに、学生の頃からいくつもの格闘技で鍛え上げられた彼の身体はミスマッチとさえ言える。

 その彼は今、深々と頭を下げていた。


「君は今日で解雇という形になるわけだが」

「はい」

「最後に、何か言いたいことはあるかね」

「いいえ」

「そうか。ならば、こちらから言わせてもらおう」


 革張りの大きな椅子に深々と腰を掛けたまま社長、小泉隆司は嫌悪の表情を隠しもせずに小鉄を睨んでいる。


「社会人というのは、仕事が出来ればいいというものではない。社内における評価というものも欠かすことは出来ん。君はそれらを全て怠り、他の社員がまるで役に立たない存在だと顧客に植え付けた。仕事は成功したが、わが社には有能な社員が一人しかいないと足元を見られることになった。結果、継続受注はなくなり、わが社は売上を落とすことになった」

「そんな面倒なことはしてないんですけどね。分量や納期を考えたら他のやつでは無理だと判断しただけです。俺が出来るからじゃない、単に経験値の問題ですよ」

「その経験を積ませるのは君の役目の一つだ」

「言われた覚えはありませんよ。言われたからとて、承服はしなかったと思いますけどね。そもそも、コンプライアンス上、社内にも漏らせない情報を扱うとはいえ、仕事を俺一人に振ったのは社長、あなたですよ」

「チームを組めと言ったはずだ」

「自分でメンツを揃えろとも仰いました」

「じゃあなぜそうしなかった」

「相手の無茶な納期設定をそのまま丸投げしたからでしょう。メンツ探す時間があったら、俺が一人でやった方がいい。他の連中だって暇なわけじゃないんだ」


 水掛け論の様相を呈してきたところで、小泉はやにわに立ち上がり、目の前のデスクに両掌を思い切り叩きつけた。


「私のミスだとでも言いたいのか!」

「それは知りません。が、俺のせいと言われても困りますよ。決められた期間に収められる様、最善の選択をしただけです」

「くっ……」

「とはいえ、俺がやったことで売上を落としたと言われたらその通りかもしれない。貴方が仕事を持ってきた時点で、俺が逃がさずに話を付けていれば良かったのかもしれない。まあ、たらればを言っても仕方ないですけどね」

「……」

「なので、解雇については特に思うところはありません。では改めて、お世話になりました。お元気で」


————


「刈谷さん!」


 小鉄が社長室を出て、自分のデスクに置いた荷物を手に取った時、彼に声を掛けてきた人物がいた。

 専務以外、唯一と言っていい彼の理解者で後輩の、山田敏恵である。

 彼女は大きな目を涙でいっぱいにしながら、小鉄に言った。


「ほんとに辞めちゃうんですか……」

「おう。世話になった、色々ありがとうな」

「刈谷さんんぅぅううう……」


 彼女は数年前、新卒で採用されて以来、しばらく小鉄の下に付いていたことがある。

 元来人を育てるのが苦手だった彼だが、この敏恵という後輩だけはなぜか、放っておけなかった。


「泣くんじゃねえよ。デザイン部のエースだろが」

「ええすじゃないですぅぅぅ……刈谷さんが助けてくれたからですぅぅ……」

「俺は何にもしてねえよ。お前が勝手に盗んで、自分のものにしてきたんだ。もうこれ以上俺から持ってくもんなんて、口の悪さくらいしかねえよ」


 小鉄はそう言いながら、そういえば口の悪さをこいつに叱られたなあ、などと懐かしく思い、苦笑した。


「元気でな。他の連中にも可愛がられてるし、別に心配しちゃいねえけど」

「してくださいよぅぅ……ちんぱいしてくだしゃいよぉぉううう……」

「もうお茶こぼすなよ? ご飯粒つけっぱなしにするなよ? 変な別案作ってそのまま上書き保存するなよ?」

「うぅぅぅ……全部やりかねないぃぃ……」


 そう言ってまためそめそしだす敏恵に、小鉄はそっと爆弾を置いた。


「あ、俺のクライアント、全部お前に回したから。引継ぎはいらんだろ、内容全部知ってるしな」

「うぅ……わかりまし……え、ええええっ!?」

「チームのみんなに声かけて手伝ってもらえ。向こうにもくれぐれもよろしくって伝えておいたからな」

「ちょ、ちょまっ」

「じゃ、がんばれよー」


 そう言って小鉄は部屋を出ていく。


「ちょ、まじかーあのおっちゃんんん!!」


 敏恵の悲愴な叫びを後にしながら。

 

 仕事部屋を後にした小鉄は、備え付けのインスタントコーヒーを紙コップに入れ、チビチビとやりながら出口に向かう。

 小さいながらも自社ビルでなんとか経営出来ているのは、ひとえに先代社長と専務のおかげといっていい。

 そのどちらも亡くなり、高級クルーザーのように安定していたこの会社も、もはや泥舟の様相を呈していた。

 敏恵も一緒に、と考えなかったわけではない。だが、この会社の行く末以上に危うい、自分の成り行きに付き合わせる訳にはいかないと小鉄は考えていた。


——ま、なんかあって泣きついてきたら相談に乗ってやりゃいいだろ。


 この時はその程度の軽い気持ちだった。


 総務課にIDカードを返し、一礼する。寂しくなるわぁなどと通り一遍の社交辞令を受けつつ、小鉄はビルの出口扉に手を掛けた。


「……え?」


 扉の向こうには、大草原が広がっていた。


「なんだこれ」


 呆気に取られていた小鉄が、ようやく口を開く。


「いやなんだこれ」


 再び口を開くも、それはさっきと同じ意味のない呟きだった。

 ずるずると何かに手繰り寄せられるように外に出る。


——見慣れた町の風景じゃねえ。


 コスモス広告は、都心から少し離れた小さなビジネス街にあった。

 扉から出て最初に見えるのは片側一車線の道路、向かい側には蕎麦屋。右を見ればすぐにカーブがあり、左には信号……のはずなのだが。

 今、小鉄が見ているのは、まるでだだっ広い牧場のような、膝くらいまでの雑草が生い茂る草原である。

 ハッとして振り返りビルを見ると、建物らしき影はつい今まで彼のいたビルしか見えなかった。


「どこだ……ここ……」


 呆然としたまま、当然の疑問が彼の口から洩れた。

 と、ふいに正面から誰かの声が聞こえたような気がした。


「……! ……!!」

「女の声……?」


 訝しんで声のする方を凝視する。すると、少し霞のかかった向こうの方に、小さい人影が動いているのが見えた。


「なんだ……? 追われてるのか?」

「……ゃ! ……ぇ!」


 段々と近づいてくる人影。やがてその姿が見えてくる。

 それは、革のジャケットに鉄製の防具を付けた、バイクに乗るような恰好の少女だった。その手には一抱えもありそうな銃のようなものを持っている。


「助けてぇっ!」

「!」


 今度ははっきりと聞こえる。その瞬間、彼女を追う影も見えた。

 二本足で迫りくる、彼女より大きな、恐竜のような生物。


——あれはやべえ。

 小鉄は何も考えず、反射的に彼女に向かって走りだしていた。



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