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第7章 ライブラ王国と天秤の上の少年少女 9話

 コブラは駆ける。ヤマトを救った今、試練がどのようなものかわかればもはや警戒する必要はない。とにかく仲間の元へ駆けていきたかった。時間制限があるかもわからない。

 故にコブラは一人で駆けていった――。



「ライブラ王国の神アストラは嘘が大嫌いな神様でね」

「はぁ」

 聖堂奥にある部屋でヤマト・リコリス・リザベラの三人とシャマシュが紅茶を嗜んでいる。シャマシュは軽やかにこの国について話し始めた。

「故に、この国で星巡りの使者に試されるのは、自分の中の正義がはっきりしている者かどうか。己の言葉を偽るなんてもってのほかってわけさ」

「なるほど。しかし、なぜコブラが自分の名をいったわけで我々に粛清が下ったのですか?」

「きっと自分も覚えていないくらいの頃に親に名を与えられていたのだろうね」

「そうですか……」

 ヤマトは紅茶を啜りながらコブラの過去について憂いた。

 ヤマト本人も、コブラがヤマトに問われて初めて名乗った偽名であったことなど露知らなかったのだ。

「ねぇ! シャマシュ!」

「ん? なんだい?」

 リコリスが身を乗り出してシャマシュに問いかける。彼女の口元にはシャマシュが用意したマフィンのカスがついている。

「あの、リブラさんの両目と、コブラの左目になっている。あの目は何? 何か知っているの?」

「リコリスちゃんはどう思っているの?」

 シャマシュはリコリスの質問に問いかけ返した。

 リコリスはうーんと唸る。

「あの瞳から、星術を使う時に感じる星の力を感じる。この神殿もそうだけど、あの中央神殿と、リブラには、特に」

「君は星術師なんだね。君の着眼点は間違っていないよ」

 シャマシュの言葉の後、リザベラが椅子から飛び退き、辺りをきょろきょろと見渡す。

「あたしは特にそういうのに興味ないんでね。コブラでも追っていこうかと思うんだが?」

 リザベラがそういうとシャマシュは謝罪した。

「済まないね。紅茶も猫が飲むには辛いものか。あぁ、僕は止めないよ。よかったらライブラ王国を見学したまえ」

「そうするよ」

 リザベラはそのまま扉を出ていく。器用に飛んでドアノブを掴んで扉を開けて出ていく様は、見ていたヤマトたちは思わず感心の声を漏らした。

「あっ、それでなんの話だったかな」

「コブラの目についてだ」

「あぁ、そうそうコブラとリブラ様の目についてだね。特に内緒と言うわけではないから話そう」

 シャマシュはその一言の後、ゆっくりと紅茶を啜った。

「あの目は、神の子である証明。神の気まぐれで人の子を成す。それがリブラ様なのです」

「神さま……星術の祖となる星の上にいるとされるものたちですよね?」

 リコリスは真面目な顔で話している様子に、ヤマトは戸惑いながら、紅茶と菓子を摘まみながら会話を流し聴いていた。

「詳しいね」

「勉強だけはしてきています」

「そう。神。すなわち星の舞う夜空に住まう者を我々は信仰しています。『ヘラクロスの冒険』でも描かれている通り、神の子であったヘラクロスは全ての旅を終えて、神へと登った」

「そうでしたね。確かに言われてみればあの時もヘラクロスの目に夜空が刻まれるって描写があった気がします」

 ヤマトは思わず咳込んだ。突然自分の先祖の話をされたのだ。無理もない

「リブラ様は、テミスが見つけてきたのです。国の外、両目に夜空を浮かべた少女が憔悴しきった姿で眠っていたそうだ。我々天使はすぐに彼女が神が託された神子だと理解しました。だから我々は大事に彼女を育ててきたのです。彼女に好まれるように姿も作ってね」

 シャマシュは少年の姿を自慢するように胸を張った。

「姿を作るっていうのは?」

「星術をつかって自分で作ることも出来るけれど、僕の場合はまた別件。この身体は人のものだ。病気になった少年の身体」

 シャマシュの言葉にヤマトとリコリスは真剣な表情になり、彼の身体をゆっくりと見つめた。

「ヤマト、僕は試練のために君の世界を眺めた。そこで僕は君を気に入ったのだ。どんな環境でも生きていこうと必死な君は人間として素晴らしい。それはこの少年もだ。この少年は、自分が命を落とすかもしれない。そうであるならば、必要な人に自分の身体を使って欲しいと僕の神殿に祈りを捧げてきたのです。他人のために何かを成せるものを僕は愛する。だからこの少年の身体を借りている。彼が喜ぶために美味しい食事とかも食べるようにしているんだよ?」

 ヤマトはそんなシャマシュの言葉に感動した。

「でしたら、私の仲間であるアステリオスは料理の達人です。試練が終わった暁には――」

「それは楽しみだね」

「私を気に入っていると言っていたのはそれが理由で?」

「まぁ、直感なんだけれどね。僕は人間が好きだからね。一番人間らしいなぁって」

「あまり褒められているような気がしませんね」

 ヤマトが苦笑いをする。リコリスはそんな二人の会話を聞きながら腕を組んでいる。

「あれ? だったらコブラも神の子なの?」

 リコリスの言葉にヤマトは驚いたように目を見開く。シャマシュはほほ笑んでいる。

「そうだね。その可能性はある。彼の左目はリブラ様のものと同じだ」

「コブラが……そうか。確かに彼の出生は我々も詳しく知らない」

「まぁ、きっと。そこもこの試練で彼が試されるところだろう。己を偽らない。己の正義を示すと言うことは、それすなわち、己を知ることなんだから――」

 シャマシュはそういうとフォークで目の前のマフィンをゆっくりと割いた。




 コブラは東の神殿に辿りつく。

「おら! 天使だかなんだか知らねぇが降りてこいや! この階段上るの面倒なんだよ!」

 コブラが神殿に向かって怒鳴り散らしているので、流石に周囲の民たちも不審者を見るような目でコブラを見つめている。そんな視線など気にしないかのように怒鳴り散らしている。

「何? あなた、私の神殿で犬みたいに吠えないでもらえる?」

 コブラは声の方へ振り返り、睨みつける。

 長い杖をついた。綺麗な女性がそこになっていた。煌びやか装飾を施した麦色の長髪が彼女の美しさを際立たせている。

 周りの者はその女性に対して膝をついて祈りをささげるポーズをする。

 彼女の背には翼が生えていた。

「てめえがここの天使様か? さっきは見なかったな」

「さっき? あぁ。テミスに呼ばれていたわね。中央神殿に来い。客人だ。ってあなたがその客人?」

 若い女性はじっとコブラを睨みつける。すぐにコブラの左目に気がついた。

「貴方、その目」

「この左目がどうした」

 コブラの言葉に女性は舌打ちをした。

「神になるのはリブラなの。邪魔はさせないわよ」

「神? てめえは何を言ってやがる。俺は星巡りの儀式をしに来ているんだよ」

「星巡り?」

 少女は手の平を天に向けて、その手を見つめる。すると、手から黄金の天秤が現れる。

「確かに、神殿に何者かの魂が捧げられていますね。星巡りの試練で私に仕事が回ってくると言うことは、貴方は……大きな罪を犯したと言うことですね。その罪には大きな罰を受けていただきましょう」

 若い女性は長い杖を持ち上げ、軽々と持ち上げる。すると、コブラは光に突かれる。

 コブラはすぐに試練が始まったと理解した。故に戸惑うこともなく、目の前の女を睨みつけている。

 女性もコブラをじっと見つめた後、祝詞を唱えるために目を閉じる。

「天使にして神官マアトが命ずる。罪重きこの者に我が羽の示す罰を与えたまえ――」

 コブラの視界彼女の言葉を聞き終えると同時に暗転した。





 コブラが目を覚ますと、また見慣れた国であった。

「ここは……キャンス王国か?」

 コブラが疑問を浮かんだのは、見たことのある町だと言うのに、そこに住む住人たちや賑わいが知っているキャンス王国とは異なっていたからだ。

 賞金稼ぎたちの活気も、商人の活気もない。栄華を極めたかのような悪趣味な城も、質素な城へと変貌している。

 コブラは当たりを観察して、憔悴している老婆を見つけて彼女に話しかける。

「なぁ、あんた。俺は旅の者なんだが、なんでこんなに暗いんだ?」

 老婆はゆっくりと顔を上げて、コブラの顏を見てゆっくり頷いた。

「あんた、旅の者かい。珍しいね。この国はもう終わっていると言うのに」

「終わっている?」

「あぁ、守護竜様が邪龍に落ちたのじゃ。今や人を喰らう化け物じゃ」

「えっ?」

 コブラは戸惑った。きっとその守護竜こそがここで囚われているロロンの魂であろうと理解したが、それが邪龍となっている現実を理解できなかった。

「ひィ! またじゃあ!」

 刹那。国中を包むような巨大な音が響き渡る。獣が吠えたような声。

 全てを破壊する災害のような恐怖心を煽る。邪悪な咆哮であった――。


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