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第7章 ライブラ王国と天秤の上の少年少女 8話

 コブラは囚われた日の夜。

 なぜかヤマトの家で食事を摂っていた。

「いや、済まないコブラ殿。まったくの冤罪だったとは、詫びと言ってはなんだが、ぜひうちで食事でも楽しんでください」

 申し訳なさそうにいうヤマトの表情にコブラは気味悪そうに苦笑いした。

「詫びも何も、私が作っているんでしょう? ヤマトは何もしていないでしょう」

「そう意地悪を言わないでください母上。後の掃除は私がやりますので」

「そう? ならお願いしましょうかしら」

 ヤマトと母が話している。コブラは彼女がロロンが言っていたヒルデであるとすぐ理解した。

 コブラはそれよりも目の前に並べられているご馳走に目が奪われた。

「さあさあコブラ殿。どうぞ」

「ヤマト、我々が食べ始めないと彼も食べづらいのではないか?」

 ヤマトの言葉にダンディな雰囲気の男が返事をしている。この男がヤマトの義父であるグルドであった。

「そうですね。では、同時、いただきましょう」

 ヤマトの幼さの残る丁寧な言葉はコブラにとってなんとも気味が悪かったが、目の前のご馳走の方に意識が向き、すぐに口へ運んだ。

 アリエス王国の時のように食べたことがないからと言って味がしないわけではない。正真正銘のご馳走であった。コブラは感動した。

 しかし、話しを聞けば聞くほど、ヤマトに対して違和感を抱いた。

 コブラが初めて出会った頃のヤマトはそれこそ正義感に燃え、何かにピリついていた様子であった。眉間に皺が寄っていたはずなのに今のヤマトにはそれがない。

「本当に申し訳なかったコブラ殿。近頃出没していると言う盗人小僧がおりまして、その者と勘違いをしてしまった私のミスです」

 ヤマトは改めて頭を下げる。その態度にもコブラは戸惑う。

「いや、いいよ。あんなところにいた俺も悪い」

 ヤマトに捕まった後、コブラは荷物を調べられたが、盗まれたものが何一つなかったこと。さらに、コブラに事情聴取をしている最中にも盗人事件が起きたことでアリバイが実証されたのだ。だが、それも不思議な話である。盗人をやるようなものはコブラ以外にいなかったのだ。だというのに今この場にコブラがいて、別の者が盗人をしている。それも特徴がほぼ同じのもの。

 コブラはせっかくのご馳走の味に集中できず、少し苛立ちを覚えた。

「今日は遅いですし、空いている部屋を使ってこちらで寝てくださいませ」

「いいのか?」

「えぇ。遅くなったのも私が食事に誘った故ですので」

「それはありがたい」

 丁寧なヤマトに不信感はあったが、ここまで至れり尽くせりだと嫌な気もしない。コブラはその後風呂をいただき、寝室へと向かった。

「いやぁ、お貴族さまは贅沢だねぇ。温かいお湯に浸かれるとは」

 ふわふわの布で濡れた髪を拭きながらコブラは寝室へと入った。

 扉を閉めた途端。コブラの目が変わる。何かを睨んでいるような目だ。

「いるな。さっきの天使様か?」

「ご名答。どうだい? この世界は楽しんでいるかい?」

 部屋の端からシャマシュが姿を現す。コブラは用意されたふっかふかの布団にドンと座る。

「おかげさまでな。だが、どういうことだ? 是非説明してもらいたいね。あの気持ち悪いヤマトについて」

「気持ち悪いとはひどいな。僕なりにヤマトを幸せにしようとしたが故なのに」

「幸せだ?」

「そうさ。ヤマト=スタージュン。彼は君に出会わずに仕事をし続ければ実力が認められ、部下たちには慕われる安定した正義の道を歩むことが出来る」

「いや、それでもあいつの黒髪は騎士たちの間で忌み嫌われていたはずだ」

「それは他国を排斥する国王の意向が故であろう? だから――」

「だから?」

「ミッドガルドを消したのさ」

「は?」

 コブラは驚いて目を丸くする。シャマシュはそのまま高らかに語る。

「ここは僕がヤマトのために作り上げたもう一つの世界。そして君とヤマトが出会わなかった世界。そこで君の選択次第で物事が決まるのさ。君の選択に期待するよ」

 そういうとシャマシュは姿を消した。

「俺の選択……か」

 コブラはベッドに身体を預けた。

 呆然と考える今のヤマトの姿。あれが自分と出会わなかったヤマト。

「あいつは、別に俺がいなくても上手くやっていたのかもしれないな」

 シャマシュは面倒だからとこの世界からミッドガルドを消したと言っていたが、そんなことをしなくても、きっとヤマトは今の地位を手に入れただろう。

「俺の選択?」

 ここで俺が間違えたらダメなのだろうかとコブラは首を傾げた。

 そんなときであった、扉を叩く音がする。

「コブラ殿。よろしいか?」

 ヤマトの声であった。コブラは了承の返事をすると、ヤマトはゆっくりと扉を開いて灯りをともす。

「こんな夜分にすまない。ゆっくり出来ているだろうか?」

「あぁ。あんた良い家に住んでいるんだな」

「ははは、スタージュン卿が私を拾ってくださったおかげだよ」

 養子であると言うことは同じなのかとコブラは理解した。

 コブラは見たことのない人の子としてのヤマトの暖かい表情に戸惑った。

「それで? 用ってなんだ?」

「いや、少し話しておきたいなぁと」

 ヤマトは部屋の端にある椅子に腰かける。コブラはベッドから身体を起こす。

「君は冤罪だったが、なぜあのような屋根に?」

 ヤマトは改めて問いかけてきた。コブラはどうこたえようか考えた。

「俺には家がないのでね。今日の寝床を探していたのさ。おかげで最高の寝床に巡り合えた」

 それなりの答えを出した。ヤマトは少し驚いた様子であった。

「孤児院にも入っていないのかい? 貴方は?」

「孤児院があるのか?」

 コブラは首を傾げた。自分がいた頃のオフィックスでは存在がなくなっていたものであった。ヤマトは思わず吹き出してしまった。

「君は独立して生きているのだな」

「お前は独立していないのか?」

「私はスタージュン卿に甘えて生きているだけさ」

「そうかい。俺も独立なんかしてねぇよ。一人じゃ立つことすら敵わない」

 コブラは勝手に出た言葉に自分自身が戸惑った。ヤマトはその言葉を聞き、真剣な眼差しでコブラを見つめていた。

「あぁ、いや、脚が悪いとかじゃないんだ」

「それは分かっているとも、我が騎士団からあそこまで逃げることが出来るのだから」

「ならいい」

「だからこそ、私は君が心配だ。何か事情があって、孤児院にもいけないのではないか?」

 ヤマトの心配そうな表情はコブラにとってなんとも見ていられないものだった。

 ヤマトは立ち上がり、コブラの手を握る。

「君が良ければなのだが、この家に来ないか? スタージュン夫妻ならきっと拒まない。君の身体能力は素晴らしいものだ。私の元で働いてくれないか? 国のために」

 ヤマトの提案にコブラは戸惑った。少し嬉しいと言う感情があったからだ。自分の居場所が今まさに生まれようとしている。あの頃、どこにも居場所がなかったオフィックス王国で自分の成すべきことが手に入る。そのことに喜びを感じている自分に驚いていた。

「私は君を気に入ったのだ。まるで弟のように感じる。おかしいと思うだろう? 今日あったばかりの者に対して、私も不思議だ。直感でしかない。だが、どうだろうか?」

 コブラの瞳はヤマトを捕らえて離さない。コブラは言葉に迷った。

 あまりにも甘美な誘いであった。この国にはミッドガルドはいない。自分の居場所も手に入る。きっとこのままヤマトの弟として過ごせば、あの騎士団長コブラのように――。

 その時、コブラは思い出した。この国の壁のことを。

「ヤマト」

「なんだ? コブラ」

「ハヤテのことは覚えているか?」

 ヤマトは首を傾げた。

「ハヤテ……? 済まない。知らない名だ」

 コブラは目を見開いた。ヤマトも突然知らない名を出されて戸惑っている。

「ヤマト、お前はこの先どうなりたいんだ。俺はお前を兄として認め、その先に何がある?」

 コブラはさらに言葉を問いかける。ヤマトはコブラの真意を理解できずに首を傾げながらも考える。

「この国で、スタージュン夫妻を支えて、楽しく安定した生活を約束しよう」

 ヤマトの言葉をコブラは気味悪がった。

 コブラの脳裏に映るのはレオ帝国で月を眺めながら言ったヤマトの言葉と、その横顔であった。

「俺は、そんな腑抜けを兄にすることはできねぇよ」

「えっ――」

 コブラが小さく呟く。その言葉に声を漏らしたヤマトの腹部を思いっきりコブラは殴りぬけた。ヤマトは悲鳴を上げる間をなく気絶してぐったりと倒れた。

 ヤマトを何とか担ぎ上げる。多少重たいが、まだ運べる範囲だ。

 コブラは気絶しているヤマトを紐で自分に縛り付け、窓から外を眺め、経路を探る。ある程度メドが立ったコブラは窓から飛びおり、ヤマトを連れて、屋根から屋根へと駆けてゆく。

 コブラがなんとか辿りついたのは、昔の自分のアジトであった。

 本当に自分の存在がないのか、その場所には何もなかった。

 本来なら隠されているはずの衣類も、食事も全て存在しない。

「んっ……私は何を――」

 ヤマトが目を覚ます。その頃には大きな樽に縛り付けられていた。

 ヤマトは自分の状態に酷く驚いて慌てるが、コブラが口をふさぐ。

「大声を出すな」

 コブラが手を離すと、冷静な声色でヤマトはコブラに問いかける。

「どういうつもりだ。コブラ殿」

「何、ちょっと話す場所を変えたかっただけさ」

「なら、なぜ私をこのように縛り上げる」

「俺があんたを盗んだからだ」

「私を……盗んだ?」

 ヤマトは不審そうにコブラを睨んだ。コブラは自分を疑って睨みつけてくるいつものヤマトの表情に近づいた気がして思わずニカっとにやけた。

「あぁ。俺は盗人さまなんでね。あんたを盗むことにしたのさ」

「盗人? 君がか?」

「あぁ。あの時は証拠になるものを盗んでなかっただけ。俺は生まれながらの盗人様さ」

「だとして、私を盗むとはどういうことだ」

 コブラはしゃがんでヤマトに目線を合わせ、真剣な顔でヤマトを見つめる。

「お前、俺と外の世界へ行ってみないか?

「私が、お前と?」

「あぁ、外には沢山の世界がある。お前なら、きっと進める。その先には辛いことや苦しいことがあるだろう。俺は行く。だが、せっかくだからお前も誘いたいんだ」

「何を言っているんだ。あの壁があるから外には出られないだろう」

「いいや、出る。そしてそれはお前と一緒じゃなきゃ意味がない」

 コブラはまっすぐとヤマトを見つめた。ヤマトはいまだ戸惑っている様子であったが、不思議と心が満たされていく気がしてきた。

 コブラは戸惑いを覚えているヤマトに確信を得て言葉を続ける。

「お前は旅が好きな男のはずだ。ヤマト。けれど、お前のためじゃない。俺のために旅に来てくれ。頼む!」

 コブラは柄にもなく頭を下げた。囚われているヤマトはその様子にコブラの本気を見て、戸惑ってしまう。ヤマトもどう答えていいかもわからずに沈黙が続く。

 コブラは顔を上げて、覚悟を決めた目でヤマトを見つめた。

 ヤマトはコブラの目を見て、なぜか脳裏に過ぎる。彼と共に旅をした歴史を、自分がレオ帝国で何をしたのか、その全てがよぎった。

 ヤマトが思わず笑みがこぼれてしまう。

「お前の方から頼み込んでくるとは、明日は雨でも降るかな」

 コブラは驚いて表情が固まった。

「お前……」

「あぁ、思い出した。なんでこんなことになっているかわからんが」

「俺がお前を盗んだ」

「ふっ、お前らしい答えだ」

 その直後であった。路地裏から足音が聞こえる。

「それが君の選択か」

 影からシャマシュがこちらに歩いてくる。

「あぁ。ヤマトにとって幸せな道であろうが、俺にはこいつが必要だからな。それに、こいつの真の望みは、オフィックスとレオ帝国を繋ぐ道を作ることだ。安定した生活なんかじゃねぇ」

「そうかい。ならば達成だ。僕はヤマトの心を還そう」

 シャマシュが指を鳴らすと、世界は光に包まれる。コブラと世界だけが真っ白に染まり、ヤマトだけはなぜかその光の中に残る。

「良かったのかい? ヤマト」

「あぁ。私はコブラと共に旅に出るよ」

「僕は結構君を気に入っていたんだけれどねぇ」

「シャマシュ殿。貴方が見せてくれたもしもの世界。とても魅力的なものでした。しかし、そうですね。あのコブラから頭を下げられてしまったら、拒むことは出来ません」

 ヤマトはシャマシュに対して微笑んだ。シャマシュもそんなヤマトに微笑み返す。

「じゃ、これでコブラは第一の試練達成だ」

 ヤマトとシャマシュもまた光に包まれる。

 ヤマトが目を覚ますと、石造の前に呆然と立っていた。

「ヤマト―!」

 リコリスがヤマトに向かって抱きついた。突然飛んできたリコリスを受け止めきれず、ヤマトはそのまま倒れこんでしまった。

「よかった! よかったよぉ! 死んでいなかったぁ!」

「こ、コブラはどうした?」

 自分の胸部で涎を拭いているリコリスの頭をそっと撫でながらヤマトはコブラを探した。

「コブラなら、もう行っちゃったよ。なんか活路でも見いだしたんだろうね。あんたが戻ってくるのを、待ってろって言われたのでね」

「そうか。せわしい奴だ」

「まぁまぁ。ヤマトくんも、僕の淹れた紅茶はどうだい?」

 聖堂の奥からシャマシュが紅茶を持って現れる。

「貴方にはもっと話を聞きたい」

「うん。ゆっくり話してあげるよ。僕の今日の役割は終わったからね」

 そういってヤマトは立ち上がる。

「シャマシュさんが煎れる紅茶美味しいんだよ!」

「そうか。ではせっかくだしゆっくり頂こう」

 そういってヤマトたちはシャマシュと共に紅茶を飲むことにした。

 一方のコブラは、東の神殿へと向かっていた――。


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