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第7章 ライブラ王国と天秤の上の少年少女 6話

「兄ちゃん! 鬼ごっこして遊ぼう!」

――あぁ、遊ぼう。

「あんた、ちょっとこの荷物持ってくれないかい?」

――あぁ。運んでやる。その代わり駄賃をくれ

「君、ぜひこの本を読むと良い」

――あんたが言うなら読むよ。どうせ暇だしな

 頭に過ぎるのはそんな記憶ばかり。

「私、お兄様が欲しい。お姫様みたいでしょう?」

 フリフリのボロ布見つけてはしゃいでいた女の子がいた。

――あぁ、だったら俺がお兄様ってのになってやるよ。

 そうやって俺は少しの間『お兄様』になったんだ。

 そしてそこから『小僧』になって『盗人』になって『問題児』になった。

――貴様、名はなんという?

 黒い髪の男に名を聞かれ、咄嗟に出たのは忘れていた憧れの人の名だった。

 けれど、初めて自分で名乗った。自分から声を出した名前が『コブラ』だった。

――しっかり、生きて。ごめんね。―――。

 今まで聞いたことのない声だった。たまに夢で昔のことを思い出すことがあるが、この映王は初めてのことでコブラは戸惑った。

 若い女性だ。女性がこちらを覗き込んでこちらに謝っている。涙が頬に流れた。

 一番肝心のところが聞こえない。彼女はなんと呼んでいるのだろうか。

「コブラ、起きた?」

 目を覚ますと、リコリスがこちらを覗き込んでいた。

 コブラはそのリコリスの顏に夢で見た女性を重ねてしまう。

 辺りを見ると、リザベラが窓辺で伸びをしている。恐らく彼女もつい先ほど起きたのだろう。

「なんだい、起きたってのに浮かない顔だね」

「あぁ、ちょっと変な夢みちまってな」

「そうかい」

 リザベラは腕を毛づくろいしながら適当に返事をする。

「コブラ体調は大丈夫?」

 リコリスが心配そうに顏を覗き込んでいる。

「あぁ。心配かけたな」

 リコリスの頭を撫でる。

「コブラ、ここに来てから気分が優れないようだから」

「あぁ。確かにな。自分でもその自覚はあるよ」

「とにかく、四人を救いつつ、試練をこなしていかないといけないね」

 リザベラがにゃーと鳴いた後、二人の意識を向けさせて語り聞かせた。

「東西南北に神殿があるからそこに行けって言われたよ」

「どうする? 手分けする?」

「リコリス。この国は星術の歴史を尊重している国柄だろう。聖堂の様子から見てな。だとすれば、リコリスの観察が必要になるかもしれない。ここはひと固まりになってゆくのがいいだろう」

「だったらどこから行くの?」

「ヤマトは最後だな。まずはキヨ辺りか」

「おバカ。誰がどこにいるかもわかんないんだから優先順位なんてつけれんよ」

「ちっ」

 コブラは舌打ちをした。

 リザベラはその様子に溜息を吐いた。リコリスはその間に身支度を整えている。

 リザベラはコブラに近づき、じっと目を見つめる。

「なんだよ」

「お前、まだその左目が治らぬのか」

「ん? 治っていないのか?」

「うん。まだおめめに空があるね」

 リコリスが身支度をしながらコブラとリザベラの話に入る。

「さっきのリブラって子も同じ目していたよね。しかも両目」

 リザベラはぴょんと跳ねて、宿の下の階に降りていった。

「あぁ、リブラの奴は昔からあの目だった」

「じゃあ、コブラとリブラって人は兄弟なの?」

 リコリスが首を傾げる。コブラもその質問に首を傾げる。

「わからん。キヨの時みたいに全否定はできない。あいつも俺も、孤児だったからな。髪色や、目も色も似たようなもんだ」

 コブラの言葉にリコリスは唇を尖らせてふぅんと頷く。

「もし本当の兄弟だったらどうするの?」

「えっ?」

「いや、家族は一緒にいた方がいいでしょう? 抜け出した私が言う資格ないかもしれないけど。仲違いしたとかじゃないんだし」

 リコリスは何げない感じで言ったが、コブラは考えてもいなかったことに思わず唖然といてしまう。

「まぁ、星巡りの儀式があるからそういうわけにもいかないか」

 そういってリコリスが階段を下りていく。

「コブラも着替えて早くきてね」

 リコリスの言葉が脳内を巡る。しばらく呆然とした後、コブラは着替えて身支度を整えて、部屋を出る。


 宿の主人が食事を用意してくれた。元々ロロンが六人で契約していたから食材が余っちまったよと笑いながら話していた。

 コブラとリコリスは美味しい朝食にバクバク食い散らかす。

「ねぇ、おじさん。ここから一番近い神殿ってどこ? 東西南北に神殿があるのよね?」

 リコリスがニカっと笑みを浮かべながら宿の主人に話しかける。リザベラは猫が喋ると驚かれると配慮しているのか。黙々と用意されたミルクをぺろぺろと舐めている。

「ここからかい? ここからなら南の神殿が近いね」

「なんで神殿が五つもあるんだよ」

 コブラが素朴が疑問を宿の主人に問いかける。

「この国は最後まで人間のために天に上がらなかった神。アストラ様への信仰を第一に考えている国さ。毎日祈りを奉納する。全ての大地に神秘がめぐるように、そして全ての国民が祈りを奉納出来るように、国の東西南北。そして中央に神殿が設けられている」

「なるほどね」

 コブラは果実を齧りながら納得する。出される食事は果実や穀物が主で、肉が存在していなかった。コブラはここはそういうお国柄なのだろうと納得する。

「じゃあ、まずは南だね。この四つの神殿にはどんな特徴があるの?」

 リコリスはさらに主人に詰め寄る。

「特徴? そうだな。各神殿には天使様がおられる。そして中央アストラ様が祀られているアストラ神殿には神の子リブラ様が常に信託を受けている。彼ら五人のおかげで我々は平和に過ごせているのだ」

 主人はほがらかに話した。コブラは彼の言葉に引っかかった。

 リコリスも前日に見た。シャマシュという少年の背中から鳥のような羽が生えたのを思い出した。

「天使ってのはなんだ?」

「天使様かい? ああ、あんたらの国には信仰心がないと見える。天使様は、神から使わされている人ならざるものだよ。彼らは神子であるリブラ様を支える存在であると同時に、各神殿に祀られている天上の者なのだよ」

「へぇ、そうなのか」

「あんた、天使様を呼び捨てだが、他の人の前でもそんな口調じゃあダメだぜ。天使様たちには熱心な信者もいるからな。俺は仕事上あんたらみたいなのに目くじら立てないけどな」

 その後明るくカッカッカと主人は笑う。

「あぁ、肝に銘じておくよ」

「四人? 私たちの所にいたのは二人だったよね?」

「あぁ、本来の仕事として、自分の神殿に籠っていらっしゃったのだろう」

「……コブラって案外敬意を払う言葉慣れているのよね?」

「そうでございますか?」

 コブラがあえて丁寧な言葉で言うと、リザベラが思わず吹き出しそうになり、その勢いで牛乳皿をひっくり返してしまう。

「あぁ、大丈夫かい猫ちゃん」

 リザベラは自分が喋れないが故に怒りの感情を込めてコブラをじっと睨みつける。

 コブラはしてやったりといった顔でニヤニヤと笑みを浮かべる。

 リコリスはいまだに丁寧口調のコブラにいまだ戸惑っていた。

「こういうのは演技の範囲だ」

「ねぇ、もう少しその口調で言ってくれない?」

 リコリスが身を乗り出して要求するので、コブラは興が覚めた。

「やらねぇよ。ほら、飯も食ったから南の神殿とやらに向かうぞ」

「えぇ、やってよー」

 リコリスは主人にごちそうさまと言いながら先に立ち上がったコブラについていって宿を出る。リザベラもその後ろをついてゆく。

 主人は二人の背中に向けて「ありがとうございました!」と礼を言う。

 そして三人は石灰で作られた白い街並みの中を歩き、南の神殿へと向かう。


 アストラ神殿。

「リブラ様」

「あら、テミス。どうしたの?」

「よろしかったのですか? 彼を自由にしてしまって」

「えぇ、彼らは星巡りの使者です。各神殿を巡っていただきましょう」

 リブラは目をそっと開いてテミスと話をした。

 聖堂には彼とリブラしかいない。

「リブラ様、先ほどはコブラ様と繋がったのですか?」

「えぇ、お兄様が気に入ってらした茶屋でお話しました。試練の概要は話しましたよ」

「そうですか。でしたら私も自分の神殿に赴いておいた方がよろしいでしょうか?」

「そうですね。しかし、慌てなくてもよろしいかと」

 リブラがそっと瞳を閉じて数秒沈黙が続く。

 そしてゆっくりと瞳を開ける。

「どうやら南部の宿屋で夜を過ごしたそうですね。だとすれば南の神殿が最初でしょう。テミスはもう少し後でしょう」

「そうですか。でしたら、紅茶でもお入れしましょうか?」

「そうね。いただきます」

 テミスは聖堂奥にある小部屋にリブラと共に入り、紅茶の用意をする。

 リブラはそこにある背もたれのある座椅子にゆっくりと身体を預ける。

「どうぞ」

「ありがとう」

「あの方は、リブラ様の血を引くものなのですか?」

 テミスは丁寧な口調で問いかけた。リブラは首を横に振るう。

「いいえ。ですが、彼はわたしのお兄様なのです」

「そうですか。しかし、リブラ様。もしご家族ならば、例え血がつながっておられなくても、悔いは残さないようにしてください。貴方は神になるお方なのですから」

「えぇ。わかっていますよ。テミス」

 リブラは暖かい紅茶を飲み、美味しいと小さく呟いた。

 テミスはリブラの言葉と、コブラの左目のことを思い出し、神妙な顔になったが、それをリブラに見せようとはしなかった。

 そしてコブラたちは南の神殿に辿りつく――。



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