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第7章 ライブラ王国と天秤の上の少年少女 5話

 数時間前。コブラが自身の名を発してすぐ。

 リザベラは直感で死を感じた。それが生来のものか、猫であったが故かはわからない。

 リザベラは咄嗟に一番近くにいたリコリスに対して体当たりを仕掛けた。キヨではなくリコリスを守ったのは、この命がリリスより託されたものであったからだろう。

「えっ」

 リコリスはリザベラに突き飛ばされた衝撃と、目の前で起こったことへの驚きで声が漏れた。天井を彩っていた星々から光線が放たれ、ヤマト・キヨ・アステリオス・ロロンの心臓を貫いているのをリコリスはまじまじと見つめたのだ。リコリスだけはリザベラのおかげでその光線から逃れることが出来た。

「リコリス! 深呼吸!」

 リザベラは吠えるようにリコリスに怒鳴る。気が動転していたリコリスは一瞬で正気を取り戻した。それでも辺りを見れば絶望的である。

「とにかく、コブラにだけは息がある。コブラだけは助けるよ。加減はいらない。目いっぱいの奴くれてやれ!」

 リザベラの言葉にリコリスは杖に星術を刻む。この神殿は星の力が満ちている。

 リコリスがやろうとしていたことは思った以上の威力を発揮した。

 彼女の杖から膨大な炎が放たれる。

「リブラ様!」

 大柄の男。テミスがリブラを庇うように抱きしめる。もう一人の少年シャマシュがリコリスを止めようととびかかる。彼の背にはまるで鳥のような羽が生えていた。

 そんなシャマシュにリザベラはリコリスの方から飛び跳ねて彼の顏にしがみつき、引っ掻こうとする。

「くっ! この猫め! 罰当たりが!」

 シャマシュがリザベラに翻弄されている隙にリコリスは走る。コブラに向かって、だらりと力が抜けたコブラを一人で抱えるにはなんとも苦戦した。リコリスは必死に頭を巡らせる。

「そうだ!」

 テミスが入ってこないようにリコリスは炎を円状に巻き上げて、自分やコブラを守るような盾とする。その後すぐに駆けて、アステリオスの鞄を探る。

 リコリスが探しているのは、アステリオスがリコリスの星術を使いこなすために作ろうとしていたものだ。まだ威力が高すぎて扱いきれないから改良が必要と溜息をついていた物だが、この状況を逃れるにはこれしかなかった。

「リザベラ! 肩に乗って!」

 リコリスはコブラを引きづりながらなんとか聖堂を出る。

「シャマシュ! 早く燃えているものを消したまえ!」

 テミスの叫び声が聞こえる。シャマシュは消火作業に入った。その間にリコリスは頑張って聖堂を出る。

 この聖堂を出れば扉までまっすぐの扉だ。

「リコリス? 何を考えているの?」

「二回ほど、命をかけるだけだよ!」

 リコリスはコブラを前に抱きかかえたまま、アステリオスから奪った筒二つのうち、一つに火をつけた。その筒が点火し、凄まじい火柱を立てる。その威力に、コブラを抱えたリコリスを押し上げる。

「ちょ、ちょっとリコリス?」

 コブラとリコリスをまっすぐ押し続ける円柱の威力はコブラとリコリスを宙へ上げ、もはや押し飛ばす勢いであった。

 神殿の扉が見えると、リコリスは背中にぐっと力を入れる。リザベラはすぐにリコリスの覚悟を理解した。リコリスは凄まじい勢いで神殿の扉に衝突する。背中に走る痛みに、リコリスは呼吸が止まった。

「リコリス! あんた何無茶をやってんだい!」

 リコリスは荒い息をあげながら、ゆっくりと扉を開く。すると、また同じ構えに入ろうとする。

 先ほどと同じことをリコリスがやろうとしていると察してそれを止めようとする。

「リコリス! 今のを外でやったら命はないよ!」

「で、でもここから逃げるには」

 そう話している間にも聖堂の方から何人かの足音がする。扉に凄まじい衝突音がしたことで、外にいた信者もぞろぞろと近づいてくる。

 リザベラは少しでもリコリスの危険度を下げようと辺りに何かないか模索する。

 神殿の者が置きっぱなしにしている箒を見つける。ちょうどコブラとリコリスが腰かけることが出来るほどの長さのものだ。

 リザベラはいいアイデアを思いついた。

「リコリス! 急げ! そのもう一つをこの箒に取りつけろ!」

「えっ! わ、わかった!」

 リコリスは糸を生み出す星術で疑似的な糸を作り、箒とアステリオスのカラクリを結び付けた。

「け、けど。これだと耐久度が――」

「あたしが結び目をしっかりと抑えとく。リコリスはコブラを落とさないようにしっかり抱きしめて、自分も落ちないように腿に力いれな!」

 そういってリザベラは箒とカラクリの結び目にしがみつき、リコリスはコブラを前に抱きしめて、箒にまたがった。

 信者たちも何があったのかと集まってきている。

「はーい! 皆さん! これから美少女リコリスちゃんの大飛行をお見せするよー! そこいたら危ないよー!」

 場を盛り上げるための言葉を高らかに叫ぶと信者たちも不審ながらも、リコリスの前の道を譲った。

「点火!」

「点火ァ!」

 リザベラの合図にリコリスはカラクリに向かって炎の星術を放つ。

 先ほどよりもさらに強力な炎の柱がカラクリから飛び出した。

 その勢いにリコリスたちの足は宙に浮き、そのまま上空へ向かって物凄いスピードで飛んだ。

「すすすすごごいよりりりざべらさん。ほほほ、本当に私たち飛んでるー!」

「喋らない! 舌かんじゃうよ!」

 炎が噴き出し、物凄い風圧で空を飛ぶ箒にリコリスは興奮していた。初めて町を俯瞰する景色にリコリス興奮している。

「リコリス! どこかに湖とかないかしら?」

 リザベラが結び目にしがみつきながらリコリスに問いかける。

 リコリスは必死にあたりを観察する。

 少し遠くに大きな湖がある。

「あそこまで炎で方向とか、調整出来るかい?」

「や、やってみる!」

 炎の扱いだけは天下一級品のリコリスはたどたどしくも、正確に炎を調整して方向調整を行っている。

「リコリス、そうそう! その調子」

「方角は完璧だよ。」

「あとはあの湖に突っ込むよ!」

「きれいに着地は無理なの!?」

「無理!」

「なんで!?」

「このカラクリ今から壊れる!」

 ボンッ! と激しい音を立ててカラクリが爆発した。

 リザベラとリコリスは愕然として目を見開いた。

「どどどどどどうしたリザベラさん!」

「もう後はカラクリに頼らずにあの湖に飛び込めないか!?」

「えっとえっとえっとえっと!」

 リコリスも気が動転している。カラクリは壊れかかっているが、まだ火が止まっているわけじゃない。

「後でアステリオスに怒られるけど、破裂するまで使い倒せ!」

「わかった!」

 さらにカラクリに炎を点火させる。まるでカラクリも最後の一搾りと言わんばかりに巨大な炎を上げて、爆発した。

 その爆風に飛ばされるリコリスたちは全員コブラにしがみついた。

 その爆風は奇跡的に湖の上空にリコリスたちを運んだ。

 大きな水しぶきを上げて、リコリスとリザベラ、コブラは湖へ落下した――。


「ここ、ロロンが取っていた宿屋か」

 おそらく二人ともシャワーの後なのだろう。ほんのり髪が濡れている。

 コブラは何気なくリコリスの頭を撫でてやる。

「あんがい気障なことするもんだねぇ」

 コブラが撫でている様子に、目を覚ましたリザベラが悪戯っぽく笑う。

 リザベラの声に気づいて咄嗟にリコリスの頭から手を離す。揶揄われているようで、恥ずかしくなったのだ。その様子がさらにリザベラの嗜虐心をくすぐりキヒヒと笑う。

「宿屋か?」

「あぁ。リコリスが必死にあんたを運んだんだよ。あの天使共、どうやら神殿より先は追わないみたいだったしね」

「あの場所からか? ヤマトたちは」

「残念だが、アストラ神殿に置いていくしかなかった」

「…………」

 コブラが神妙な顔で俯いている。リザベラは起き上がり、自身の前足を毛づくろいをしている。

「何か、見たのかい?」

 リザベラは真剣な顔でコブラを睨む。コブラはその質問が来ると思っておらず驚きで言葉が詰まる。

「やっぱりあんた、何か知っているのか?」

「……こう見えても、私は一度星巡りの儀式を完遂した女だよ。そりゃ多少わね」

「キヨの親父の時はどうだったんだ?」

「ヤクモの時は全部素直に答えたからそもそも試練を受けるまでもなく札を貰っていたよ。条件としては神の前で偽りを発しなければ良い。その後のルールは知らねぇよ。私たちがヴァル皇国の第五階層以降を知らないようにな」

「そうか」

「あんたはなんか聞いていないのかい?」

 コブラは腕を組んで考える。思いつくのは先ほど夢のような空間で聴いた話である。

「ヤマトたちを救うには東西南北にある神殿に向かえって言われた。よくわかんねぇ空間で」

「リブラにか?」

「あぁ」

「…………」

 リザベラは俯いてそれ以上言葉を続けることがなかった。

「とにかく、俺たちはヤマトたちを救いに巡っていけばいいのか?」

「まぁ、そうさね。ただ、もう少し寝かせてやりな。リコリスの奴、本当に頑張ったんだ」

 リザベラはその猫の手でリコリスの頭をポンと押さえた。

「しかし、なんで俺がコブラって名乗ったら嘘なのかねぇ?」

 コブラはぼすっとベッドに身体を預ける。

 確かに、コブラと言う名はあの人から借りたものであった。しかし、それを名乗り続けていた以上、コブラの名は確かにコブラなのだ。

「あの時の答えはなんだったんだ?」

「あんたが覚えていないだけで、元々誰かがあんたに名を与えていたのかもね」

 リザベラは唸るようにいった。

「俺に?」

「あんたの親さ。人が人に名を与えると言うのはとても重要なことさ。その名がそいつの魂を形成する。冥界を管理するだけの存在であったリリスにも名はつけられる。もしかしたらコブラ。あんたにも自分も知らない名があるのかもしれないね」

 リザベラはそう言いながら窓の外をじっと眺めた。コブラもつられて窓の外を眺める。

「コブラ」

「なんだ?」

「あんたは、どうしたい? 何がしたいんだい?」

 リザベラが急に真剣な顔でこちらを見つめてきた。コブラは彼女の真意が掴めず、首を傾げた。

「いやね。この国は正義をうたい、神を信仰する国さ。故に、試練の内容は嘘をつかぬこと。己が正義と、神を信仰している態度を示さねばなるまい。ヤクモも、試練の時の質問に対して何一つ、躊躇なく。それが成せるかも考えずに堂々と答えていたものさ。つまり、己がしたいこと、己の正義をはっきりさせなきゃなんない。だから聞いていこうとね」

 リザベラは自分の前足で頭を掻いて、舌で毛づくろいをする。

「したいことねぇ」

 コブラは困った。はっきりと答えられるようなものがないのだ。この旅も楽しいが、なりゆきだ。永遠に続けていたいがいつか終わりが来る。

 キヨは各地の絵を描いていきたいらしい。元々冒険にも興味を持っていた。

 アステリオスはカガクと料理を追及したいと言っていた。だから各国の技術や食べ物には興味津々だ。

 ロロンはどうなのだろうか。彼女はアステリオスと一緒にいることが目的なのだろう。

 皆と共にいたいのはコブラも同じだが、自分からそう望んでいるわけではない。

 ヤマトはオフィックスとレオ帝国を繋ぐ道を作りたいと、レオ帝国で語っていた。それは素晴らしいことだと思うが、コブラ自身が真に望んでいるかと言われたらわからない。

 リコリスは星術を極め、また成長したリリスを笑顔にする力を手に入れたいと言っていた。

 頭を捻って困っているコブラの様子を見てリザベラは小さく頷く。

「まぁ、この試練の中で見つければいいさ。とりあえず、あんたもやけに疲弊しているだろうし、もう少し休んでな。試練ってことは四人はまだ無事だろう」

 そういうとリザベラがコブラの胸部の上に乗って身体を丸めた。

 心地の良い重さと、猫の暖かさにだんだん眠気がやってきて、コブラはそのまま眠りについた。

 自分のやりたいことについてゆっくりと考えながら――。


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