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第七章 ライブラ王国と天秤の上の少年少女 三話

 コブラたち一行は神殿に向かう道中、ずっと恐怖を抱いていた。キヨも気味悪そうにあたりをチラチラと見ている。

 それもそのはずである。歩く自分たちを見ている国民たちが通る度に祈るように目を閉じ、手を合わせてこちらに会釈をしてくるのだから。

「なんか、私偉い人になったみたい」

 リコリスがついに重い空気に耐えきれなくて端を発した。

「実際、この国では星巡りの使者ってのはそれほど偉い役職として認知されているのかもしれないね」

「私は普段、頭を下げる側なので、少々むず痒い」

 皆、リコリスと同じだったのか。アステリオス、ヤマトも話を始めた。

 リコリスの背に乗っていたリザベラがじっと国民を観察する。

「これは王とかそういったものを見ている目とも、少し違うね。まるで、神さまにでも拝んでいるようだ」

「あまりいい気がしねぇな」

 コブラは小さく舌打ちをした。

 そして彼らは到着した神殿を見上げる。

「この階段を上るのうー」

 リコリスが愕然として膝をついた。

「私がおぶりましょうか?」

「ロロンさんに悪いようー」

 目の前には頂上が見えないほどの長い長い階段。まるでこの階段を上り、神殿に入ることがすでに試練の一つであるような気がしてきた。

「ほら、リコリス。つべこべ言ってねぇで登るぞ」

「はぁ~い」

 コブラの叱られ、リコリスは立ち上がり、ふらふらと階段を上ってゆく正直、ほとんどの者がリコリスと同意見であり、この階段を億劫に思っていた。

 ヤマトは一人勇み足でずんずんと登っていくコブラの背中が気になった。リザベラもヤマトの背中に飛びつく。

 ヤマトはリザベラを背で受け止めると、少し駆け足で登り、コブラの横に付いた。

「コブラ、珍しいな。お前がここまで積極的なのは?」

「あぁ? 俺はいつも積極的に試練達成に尽力しているぞ」

「そうか?」

「お前ここから蹴り飛ばしてやろうか」

「いや、済まない。喧嘩を売りに来たんじゃないんだ。何かあったか?」

 ヤマトが真剣な眼差しでコブラを見つめる。コブラはヤマトの目に映る自分に気付くと咄嗟に視線を逸らす。

「先ほどの少女と別れてから、お前は明らかに焦っているし、戸惑っているぞ」

「…………」

 ヤマトに図星を突かれ、苦しい顔をするコブラをヤマトはじっと見つめる。

 コブラはなんとか誤魔化す言葉を連ねようと考えたが、ヤマトの方からリザベラもこちらを睨んでいることに気付き、脳内に何も言葉が浮かばず、ついには諦めの溜息を吐いた。

「さっきの女。俺の孤児時代の知り合いだ」

「孤児時代? ということはオフィックスにいた少女と言うことか!?」

「あぁ。そういうことになるな。忘れていたんだがな」

「それに、君以外に孤児がいたとは驚きだ」

「ミッドガルド政権になる前さ。あいつが起こしたクーデターのごたごたでみんないなくなった。流石に俺も赤ん坊の頃から一人だったわけじゃねえ」

「確かに、そうだな。それに、言われてみれば親がいない子どもが君だけなのも不思議だ」

「だろう? 確か、俺たちみたいな奴を匿ってくれていたシスターがいた。つっても食料と寝床を提供してくれて、たまに様子を見に来る程度だったけどな」

 悪態をついているが、コブラはそのシスターの話をするときに優しい表情をしているのをヤマトは見逃さなかった。

「どいつもこいつも名無し野郎ばっかだったが、多くの奴は養子になって出ていった。それでもあぶれた奴もいた。俺とあの女はそんなガキだった。ある日、シスターが来なくなって、住処も壊されて、失った俺たちは必死に生きていた」

 コブラはヤマトになら話してもいいだろうと判断し、後ろのメンバーには聞こえない声で話した。ヤマトもコブラの目配せからキヨたちに聞かせたくないことがわかり、静かにコブラの話に耳を傾けた。

「つっても、食い物や金の調達は全部俺がやっていた。だから国の連中には俺は唯一の孤児で問題児として話題になったわけだ」

「なるほど」

「だが、ミッドガルドがクーデターを起こした日だ。俺たちは混乱の中で散りじりになり、探しても他の奴らはいなくなっていた。ミッドガルドは完全に管理された国作りをしたかったんだろう。俺たちみたいな孤児も纏めて追い出そうとしたんだ。キヨや、その周りの人々。ミッドガルドにとって都合の悪い連中に俺たちも入っていた」

「そうか……。お前ももしかしたらキヨたち同様あの集落に――」

「いや、たぶん。追い出されてから、あの集落の集団に辿りつけずに森を彷徨った者も多いんだろうよ。俺は一人で生きていくためにそのころの思い出は全部消したつもりだったんだがな。あの女の目を見たら溢れてくるように思い出しちまった」

 コブラは溜息を吐きながら髪を激しくぼりぼりと掻いた。

「目、というと?」

「あぁ、これだよこれ」

 コブラが自身の左目をヤマトに見せつける。

「あの女は両目が俺の左目と同じようになっていた。それのせいで貰い手にも恵まれなかった。俺は素行が悪かったからだと思うけどな」

「そうだな。お前を養子に迎える度胸があるものは中々いるものではない」

「国外で野たれ死んでいる奴を養子にする奴も中々いないだろうけどな」

「そうだ。だからスタージュン夫妻は偉大なのだ」

 コブラは嫌味のつもりで言ったが、ヤマトははっきりと自身の両親への尊敬の念を語った。コブラはバツが悪そうに頬を掻く。

「貴方がたがコブラ様ご一行かい?」

 声の方をして、顔を上げると、もう神殿が見えるほど近くには来ていた。

 そして上にいた者と目が合う。アステリオスよりは少しだけ大きいが、年齢で幼く映る少年であった。

「お前は誰だ?」

「この地の神、アストラ様。並びにその神子であるリブラ様に仕える三大神官の一人で、シャマシュと言います。本当はもっと早くお迎えに上がるべきだったね」

 コブラたちはいいまだにこのシャマシュという少年に不信感を抱きながら彼についてゆくように歩いていく。

 階段を上り切る頃には、リコリスとアステリオスはふらふらと疲れ切っていた。

 その二人をロロンが介抱している。リザベラはヤマトの背から降りて神殿を探るように見渡している。

「町も神々しかったけれど、神殿ともなると芸術的ね」

 キヨは目を輝かせて激しくクルクルと見渡している。まるで躍っているようで、目がキラキラと輝いている。

 こういった時だけはいつものクールな彼女は消滅する。

「コブラ様、さらに奥へ、聖堂へ向かっていただきます。そこにリブラ様がいらっしゃいます」

「その、リブラ殿が星術師なのですか?」

 案内をするシャマシュにヤマトが問いかける。その質問の内容に、ふらついていたリコリスがゆっくりと顔をあげた。

「えぇ、そうですね。彼女はこの国にて巫女として、そして国王として君臨しております」

「国王でもある……コルキス殿と同じようなものか」

 ヤマトが一人納得したような声で頷くと、そこからシャマシュに話しかけることはなかった。

「なぁ? シャマシュだったか?」

「なんでしょうか? コブラ様」

「そのリブラって女は俺の左目と同じか?」

 コブラは髪をかきあげてシャマシュに自身の左目を見せる。シャマシュは歓喜の表情でその目を見つめた。その違和感にコブラ以外の六人はシャマシュに不信感を抱いた。

「おぉ! コブラ様も神子なのでしょうか? まさかリブラ様と同じ目を持っていらっしゃるとは!」

「神子……だと?」

 コブラが興奮しているシャマシュを睨みつけている。するとリザベラが猫のように「にゃー」と大きな声で鳴く。

 扉がもう目の前まで近づいていた。シャマシュは興奮していた目を冷静なものへ切り替えて、こほんと軽く咳込んで、扉をこんこんと叩いた。

 コブラは、問い詰めたいことがあったが、完全にタイミングを失い、それ以上言葉を続けることができなかった。

「シャマシュです。ご一行をお連れしました」

 そういってシャマシュは大きな扉をゆっくりと開く。コブラたち一行は生唾を飲み、聖堂への扉が開くのをじっと待つ。

「お待ちしておりました。星巡りのご一行様」

 白い装束に身を纏った美しい金の髪の少女が微笑んでコブラたちを見つめている。

 コブラたちはゆっくりと聖堂に入ってゆく。

 聖堂の上の装飾に最初に気付いたのはキヨであった。

「天井、まるで星空のようね」

「お気づきですか? 赤髪の綺麗なお嬢様」

 キヨは自分と同い年ほどに見える少女だと言うのに、その威圧感に少し緊張してしまう。

「き、キヨ=オフィックスと申します」

「あら、中央国の王族でございましたか。否、元王族でしょうか?」

 キヨは目の前の少女が自身の経歴をはっきり知っていることに驚いて目を丸くした。コブラはそんなキヨを庇うように彼女の前に立って少女を睨みつけた。

「あんたがリブラか?」

「コブラ様、リブラ様にその言い方は失礼ですよ?」

「シャマシュ。大丈夫ですよ。私は気にしません。ねぇ? お兄様」

 シャマシュの叱責を諌めるリブラの発した「お兄様」という言葉にヤマト以外が驚いてコブラの方を見つめた。

 コブラは舌打ちをする。

「お前……いや、リブラ。お前生きていたんだな。あの夜から」

「えぇ、お兄様。私はあの日、気づいたのです。私は神の子であると、しかし嬉しいです。その目を見たらわかります。お兄様。お兄様は本当に私のお兄様だったのですよね?」

 リブラが悦に入った笑みを浮かべる。全員が戸惑いの中で空気が重くなり、どんよりとした沈黙が続く。

「おほん! 神子さまよ。久々の友人との再会に喜ばれるのはよろしいですが、彼らは星巡りの使者です。早速試練を開始いたしませぬか?」

 聖堂の奥の部屋から大柄の男が沈黙を破るために現れる。

 その手には大きな天秤が握られている。

「テミス。せっかくだから神官が全員いるところでやった方がいいと思うのだけれど?」

「マアトは今外で民を導いておられます。待っていれば日が暮れるかと」

「そうですか。それでは仕方ありませんね」

 そういうとリブラはゆっくりと深呼吸をした後、テミスから天秤を受け取ると、それをコブラの方へ向けて突きつけた。

「では、星巡りの使者の皆さま。早速、星巡りの試練を始めさせていただきましょう!」

 コブラたち一行はぐっと身構える。リコリスはなぜか腰に携えてある。杖に手を伸ばしている。

「この天秤は貴方が義を果たすものかを試すものです。今から私が言う言葉に全て真実のみで答えてくださいませ。もし、嘘であったならば、この天秤は傾きます」

 コブラは生唾を飲む。そして少女は言葉を紡ぐ。

「星巡りの使者の代表である貴方よ。まずは、貴方の名を聞かせていただきたい」

 コブラは何も警戒することなく答えた。

「俺の名はコブラだ」

 皆も当然の言葉に一度緊張していた心が一瞬和らいだ。

 しかし、その直後であった。天秤が大きく左に傾いた。

 コブラ自身が目を見開いて驚いた。

「嘘をつきましたね。それでは試練は第二の領域へ向かいます。その前に、罪には罰を――」

 リブラがとても冷たい表情でコブラを睨み、見下すような言葉で発した。

 その直後であった。リザベラは一気にリコリスに向かって駆けた。

 そして聖堂の天井の星から光の矢が放たれ、ヤマト、キヨ、アステリオス、ロロンの心臓を貫いた。

 四人は言葉を発する余裕すらなかった。目から光を失い、無造作に倒れていく。

「おい! お前ら!」

 コブラが発した言葉はこれが最後であった。コブラも頭が締め付けられるような苦しみに襲われ、視界が暗くなっていく。

 そしてそのままコブラはゆっくりと倒れてしまう――。


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