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第7章 ライブラ王国と天秤の上の少年少女 15話

 コブラとロロンは最後の神殿に辿りつく。神殿の見た目そのものは他の三つとなんら変わらない。

 だと言うのにコブラもロロンもその異様さに生唾を飲んだ。

 教会の近くにいる人間というのは全員何かしらで俯いている。あるいは優し気な顔をしていた。

 それは罪を雪いだ安堵の顔であった。しかし、この神殿近くの人たちは全員カット目を見開き、何かを覚悟したような強い面持ちで前だけを見つめている。

 その表情にロロンは少し怯えた。

 この表情の集団を何度か見たことがある。ドラゴンとなった自分を前にしていたレオ帝国の侍や、金稼ぎではなく、真剣にロロンを邪龍と思いこみ、襲いかかってきた騎士たちの顔であった。

「大丈夫か?」

「えぇ。少し嫌なことを思い出して」

「なんか堅苦しい連中だな」

 コブラもこの辺りの人間の表情に不満があり大きく溜息を吐く。

「ちゃっちゃと神殿に入ってアステリオスの奴連れ戻すぞ」

「はい」

 コブラとロロンは階段を上がっていく。

 この神殿の階段は他よりも長い、登るだけで本当に一苦労だ。

 コブラたちと同じく神殿に昇っていく信者たちはみなが勇み足で上がっていく。

「お嬢さん。大丈夫ですか?」

 一人の男がロロンをかけてきた。親切な言葉と表情であるのに、そこには何か威圧的な何かを感じ、ロロンは戸惑った。

「大丈夫だよ。おっさん。この女はこう見えて体力お化けだからな」

「そうなのですか? しかし、君、年上に対して口の利き方が悪い」

「育ちが悪いもんでね」

「育ちなど関係ない。なるほど、その性根を鍛え直すために、この神殿に昇るのだな。はっはっは。では、お嬢さん。ご無礼であった」

 そういうと男は朗らかに笑いながらコブラたちを追い抜いて上がっていった。

「なんでえ。ヤな奴。俺には手を貸さなかったぞ」

「まあまあ」

 悪態をつきながらも、コブラは先の男をさほど邪険に扱うことが出来なかった。あの男は正しいのだ。困っていそうな女には手を差し伸べ、礼節を弁えない者には叱責をする。そこに暴力が介入していない。なるほど、確かに正しき人間である。とコブラは嫌々ながら納得した。しかし、それでも男には、ここにいる信者には妙な気味悪さが存在する。

 この気味悪さの正体を必死に掴もうと手でろくろを巻きながらコブラは階段を上がる。

「コブラ! コブラ、つきましたよ」

「あ、あぁ。悪い」

 コブラが唸っている間に階段を上り切っていた。登った先も仰々しくそびえ立つ柱などが印象ぶかかった。

 扉の前に屈強な男が立っていた。男はコブラたちを見つけると、手招きをしている。コブラたちは彼の元へ歩いていく。

「その左目、星巡りの使者様でございますね?」

 男は丁寧な言葉で微笑んだ。ロロンはそんな彼に会釈する。

「どうぞ、この奥にテミス様がいらっしゃいます」

「マアトの奴にはいるかいないかわからないとか言われたが?」

 コブラは案内をする男に悪態をついた。

「えぇ、そうですね。テミス様は神子であるリブラ様の守護を主な仕事にしておりますので、普段はこちらの神殿にいらっしゃいません」

「そ、それで大丈夫なのですか? この神殿は?」

 ロロンもコブラの後ろから覗き込むように男の背を見て問いかけた。

「えぇ、ここの信者はテミス様を必要としていませんので、よろしければ少し見ていきますか?」

 男がそういうと、通りかかった扉の前で立ち止まり、こんこんとノックする。

 扉の向こうから大きな水の音がする。滝でも流れているかのような轟音である。

「失礼するよ」

 扉を開けると、多くの者が滝行をしていた。皆が何かを呟きながらひたすら荒々しい滝に身体を晒している。その光景をコブラとロロンは唖然と見つめていた。

「あ、あれはなんなのでしょう?」

「あれですか? ああして己の精神を鍛え、揺るがぬ心を得ているのです」

「は、はぁ」

 聞いてみたが、ロロンにはよくわからなかったようで頬を引きつっている。

「あんなの意味あるんかねぇ?」

 コブラのハッキリとした物言いにロロンは戦慄した。しかし、案内役の男はそんなコブラにも一切動じなかった。

「ハハハ、そうですね。神子に選ばれるほどのお方だ。貴方には不要なものかもしれませんね。守護竜である貴方にも」

 ロロンは自分も話しかけられるとは思っておらず驚いた。

 男は扉を閉めてさらに歩き続ける。

「ここにはああいった心と身体を鍛える施設がたくさんあります。己が己になるために」

 男の言葉にコブラはさらに首を傾げた。

「己になるって、己は最初から己だろう?」

「いいえ。魂は常に己の先にあり、その魂へと人は目指すのです。自分は善なる存在である。この怒りや弱さは自分の物じゃない。だから、雪いで自分を取り戻さなければならない。そうしなければ強くなれないのですから」

「強くねぇ」

 コブラは小さく言葉を漏らしたが、それ以上は何も言わなかった。こういった話は変に意固地になって言い返すと後々が面倒などをわかっていた。

「だから、彼らは自分が正しき人間になるために力を蓄えているんですね」

「えぇ、そうです」

「なるほど」

 ロロンも自分の中で折り合いをつけたのか、コクリと頷いた後、何も言葉を発さずにテミスのいる部屋へ向かった。

「では、こちらです。試練、ぜひ頑張ってください」

「俺、試練がさっきの滝に打たれるやつだったら嫌だぜ?」

「ははは、でも可能性はありそうですよね」

 そういうと案内のモノが扉を開く。コブラとロロンが中に入っていくと、黒づくめの神父服に身を包んだ大柄の男が背筋を伸ばして仁王立ちしていた。

 中央神殿にもいた大男である。

「我が名はテミス。二度目の邂逅だな。コブラ殿」

 テミスの力強い目がコブラを睨みつける。

 テミスがちらりとロロンの方を見つめる。

「マアトのところの試練を達成したのか」

「あぁ。それだけじゃねぇぜ。シャマシュの所の達成してきた。バランス?ってやつのところはうちのお姫様が自力で達成したらしいぜ? 残るはあんただけなんだよ」

「そうか。ではここで眠っている少年を救ってみせよ。もっとも、彼は既に救われているであろうがな」

 テミスがそういってニヤリと笑うと、差し出すようにコブラとロロンをアステリオスの方へ誘う。

「お嬢さんも行くのかい?」

「ダメですか? 私もアステリオスを救いたいのです」

「ほぉ、まぁ、良いでしょう。ここは正義を探求する者の神殿。貴方たちの選択を見守らせていただきましょう。二人とも、少年の額に手を」

 言われるがままに、ロロンとコブラはアステリオスの額に手を置く。すると突然視界が揺らぐ。コブラはすぐに理解した。これが試練の空間へ行くためのトリガーであると、抵抗せず、ゆっくりと倒れ、コブラとロロンは眠りについた。




 二人が目を覚ます。

 ロロンは初めてみる土地に戸惑ったが、コブラは見知った景色で驚いていた。

「ここ、タウラス民国だな」

「タウラス民国ってアステリオスの故郷ですか?」

 ロロンは驚きながらも、その目は興奮に輝いていた。

 コブラは辺りを見渡す。屈強な男たちが多いのは知っている通りだが、少し違う。皆、血気盛んな感じがしない。

「ん? なんだ? お前ら。よそ者化?」

 その時だった。座り込んでいるところに自分たちを見下ろして声をかけてくる大男が現れる。

 表情から親切ではなく、警戒して睨んでいるのがわかる。

 コブラは男を睨み返す。

「なんだ? やるか?」

「や、やめましょうコブラ」

 その時だった。一人の男がコブラと男の睨み合いを見て慄いていた。

「お、おいやめとけって」

 どうやら睨みつけてきた男の友人らしい。

「だってこいつら明らかに怪しいだろう。見たことない髪の色の女がいるし」

 ロロンは思わず自分の翡翠色の髪を隠した。

「い、いや、そうやって高圧的な態度だと、あいつがくる――」

 その言葉の後、すぐであった。物凄いスピードでこちらに来る音が聞こえる。慄いていた男は恐ろしくて思わず逃げた。コブラとロロンは何が起こったがわからないうちに、先ほど喧嘩を売ってきた男の腹部に何かが激突し、そのまま倒れ込んでしまった。

 コブラは倒れた男と、倒した男を見つめる。

 自分の見知った少年の姿であった。

「あ、アステリオスか?」

「ん? 確かに僕はアステリオスだが」

 振り返った顏も間違いなくアステリオスであった。しかし、アステリオスの方はこちらのことなど知らぬと言った感じで戸惑った顔をしていた。

「それより、お嬢さん。大丈夫ですか?」

「えっ、あっ、はい」

 突然アステリオスが普段とは違う面持ちでこちらを見つめてくるので、ロロンは赤面し、慌てふためいた。

「さて、お嬢さん。この柄の悪い男は?」

「え、あっ、仲間です」

「そうですか。ならば安心ですね。この素行の悪い男が私の方でなんとかしておきますので、お二人は観光で?」

 そういうとアステリオスは倒れた大男を軽々と持ち上げた。

 コブラはずっと気になっていた。アステリオスの背中に何か背負っていることに。それに、本来のアステリオスならば、このような大男を片腕で抱え込むことは不可能だ。

「あ、あぁ。まあそんなところだ」

「そうか。では、楽しんでいってくれ」

 そういった直後、コブラとロロンは驚いた。アステリオスが背負っていたものから突然炎が噴き出され、その炎がアステリオスを宙へと浮かび上がらせた。

「さらばだ!」

 その炎を使いこなし、アステリオスは遠く彼方へと飛んで行ってしまった。その光景にコブラとロロンは唖然と見つめていた。

「あれを見るのは初めてかい?」

 そんな二人に、一人の青年が声をかけてくる。コブラは警戒心をむき出しで、青年を睨むが、見たことのある顔に思わず笑みがこぼれてしまった。

「クロノス!」

「ん? なんで僕の名前を知っているんだい?」

 コブラはすぐにここはアステリオスの心象風景であることを思い出してなんとか取り繕った。

「あっ、いや。まあいいじゃねえか。俺はコブラ、こっちはロロン」

「ロロンです」

「よろしく」

 クロノスはそういうと微笑みながらロロンの手を取って立ち上がるのを手伝ってくれる。コブラは相変わらず気障な奴だと思わず笑ってしまった。

「それで? あの、あの少年は?」

 ロロンは恐る恐るクロノスに問いかけた。クロノスはアステリオスが飛び去った方を見つめながら答える。

「あぁ、彼かい? 彼はアステリオス。喧嘩ばかりのこの国から争いを無くした正義の味方だよ」

 クロノスの説明にコブラとロロンは目を丸くした。

 そしてこの変化こそが、この神殿での試練であると理解する。

 コブラは頭上を見上げて、アステリオスが飛び去った空をじっと見つめた。


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