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第7章 ライブラ王国と天秤の上の少年少女 13話

 キヨが目覚めると、自分が小さい少女になっていることに気付く。

 自身の両手足が小さく、地面との距離も近い。

 キヨは辺りを見渡した。振り返ると木製のボロイ教会が見えた。

 そこからぐるりと空を見渡すと、キヨは驚いて目を見開いた。

「あれは……オフィックス城?」

 ここからの景色は初めてみるが、遠くにそびえ立つ大きな城は間違いなく自分が幼いころに住んでいたお城だ。

「おい! ぼーっとしてんな」

 後ろから誰かに軽く小突かれる。驚いて振り返ると、自分よりも少しだけ身体の大きい男の子がそこに立っていた。目つきが悪く、少し汚いブロンズ色の髪。

 キヨはその少年を見たことがあった。正確にはこの少年に似た面影の男を知っていた。

「コブラ?」

「あぁ? なんの話だ。俺はお前のお兄さまだろ?」

 目の前の少年は不思議そうに首を傾げた。その様子にキヨも困惑する。

 目の前の少年は確実にコブラなのだ。彼の少年期で間違いないとキヨは確信する。

 しかし、その名を呼んでも少年は首を傾げる。

(――コブラは私と出会った時に名乗った偽名だそうだ)

 キヨはヤマトが話してくれたコブラとの出会いの話を思い出す。

 つまりこの少年はまだ自分の名を『コブラ』と名乗っていなかったということである。

 キヨはあることを思いつく。

 そもそも自分たちが魂を囚われたのは、コブラが自分の名を間違えたからである。だとするならば――。

「ねぇ、お兄様はなんてお名前なの?」

 キヨは少女のふりをしてコブラに問い詰めるも、コブラはさらに首を傾げた。

「何言ってんだ? 俺たちに名前はないだろう」

 『おれたち』という言葉にキヨは驚くように目を見開いた。自分が憑依している少女もまた、名を持たぬということであった。確かに、キヨはこの身体についてじっくり考えても、コブラと共に行動していたと言うこと以外、それこそこの少女の名前が出てこない。

 そうして戸惑っている間に、コブラはしゃがみこんでキヨに背を向ける。

「ほら、どうせいつものぐずりだろ? 乗れ」

 背に乗れということらしく。コブラはキヨが背に身体を預けるのをじっと待っている。清は少しむず痒い気持ちになったが、彼の背に乗ることにする。

 コブラはキヨをひょいとオぶりながらわっせわっせと歩いていく。

 なんとも暖かい感情に包まれるのは自分の感情なのか。この身体の少女の感情なのか。キヨ本人にはわからなかったが、自然とコブラの背に顔をうずめた。

(ここは、数年前のオフィックス? コブラがまだ少年の頃。って言うことは、私がまだお城に住んでいた頃の――)

 キヨはもう一度国の外側を見つめる。

 オフィックス王国の象徴ともいえるウロボロスがそびえ立っているが、まだ作業中なのか、壁周辺に多くの人がいる。

 ということはこのオフィックスは十年前のモノであるとキヨは判断した。

「あの壁、ウザいよな。あれのせいで、俺たちの家は――」

 コブラがぼやいた言葉をキヨは最後まで聞き取れなかった。

 コブラがキヨをおぶって入ったのは、キヨが目覚めて最初に目にした木造の教会であった。

 中は掃除されキレイであったが、こまめには管理はされていないのだろう。椅子などの設備がボロくなっていた。

 コブラはキヨを椅子に座らせると、自分はその隣でだらんと寝転がった。

「最近はおれたちを気味悪がる大人もいるんだから、無暗に外に出歩かないほうがいい。シスターが来るまでここで大人しくしてようぜ」

 聖堂の椅子で寝転がるコブラの顏を見つめながら、キヨは耳を澄ませる。この教会の中には、まだ何人か人がいる。全員子どもの声だ。

(この教会。子どもたちを匿ってるのか)

 と言っても、およそ教会としての機能はしていないことがよくわかる。

 キヨはどうして良いかわからず、コブラの呼吸を聞きながらポツンと座っている。

 この身体の少女の感情であろうか。このような静かな時間にとても心地よさを感じている。

 コブラの寝息が大きくなっていくのがわかる。彼の顔を見てみると、目を閉じ、眠りについていた。キヨは幼いコブラの寝顔を見て思わず微笑んでしまう。

「ほんと、あんたは昔っからそうなんだね」

 コブラの髪をそっと撫でる。粗野に見えて、しっかりと守ってくれる。横にいてくれる。コブラが自分に対してしてくれていたことは、幼い頃に、別の少女にしていたのだとわかる。

 教会の扉がこんこんと音がなる。その音と同時にコブラがカッと目を開けて素早く身体を起こした。まだ警戒している目だ。敵を睨んでいる時のコブラの目にそっくりである。

「私よ。みんな」

 その声を聞いて、奥の部屋にいた子どもたちがどっと出てきた。

 数にして数人。8、9人だろうか。彼らは声の主に向かって駆けていき、扉を開ける。

 そこには修道服を身に纏った優しそうな女性がいる。

 キヨは驚いた。その女性はリザベラなのだ。

「り、リザベラ?」

「あら? 貴方に私の名前を教えたかしら?」

「さっきこいつ外うろちょろしていたから、盗み聞かれたんじゃないのか? シスター」

 キヨが漏らした言葉に驚いたリザベラに対して、コブラは挑発するようにニヤりと笑った。

「あら、貴方たちまた無暗に外へ出たの? 危ないと言ったでしょう?」

「俺は止めたぜ? けどこいつが外へ出てたんだ。連れ戻すしかなかった」

「そんなこといって、貴方が外に抜け出していたから、この子を見つけられたんじゃない?」

 リザベラが明るく微笑みながらコブラの頭をわしわしと撫でている。

 キヨは今だに状況を飲み込めずに呆然と立ち尽くしている。

 自分の世話役をしてくれていたリザベラがこの教会で子どもたちの相手をしている。

 そしてコブラと知り合いであったことに驚いた。

「そうだ。コビー、ちょっとおいで」

 リザベラは一人の少年を手招きで呼ぶ。少年は首を傾げてる。

「貴方の家族が見つかったわ」

 リザベラの言葉を聞いて、少年は嬉しそうに飛び跳ねた。

 他の子たちも喜んでいる。

「良かったなコビー」

「うん!」

 コブラがコビーと呼ばれた少年の肩に手を回して一緒に喜んでいる。

 キヨは今がどういう状況かさっぱりわからず呆然とその光景を見つめているしかなかった。

「解説が必要でしょうか? 姫?」

 突然後ろから声がして慌てて振り返る。

 そこにはバランスがいた。しかし、彼の出現に驚いているのはキヨのみであった。他のモノたちはコブラも含め、バランスの存在に気づいていない。それどころかキヨの異変にも反応しない。

「おぉ、我が神子様は幼き頃もお美しかったと見える」

「神子様?」

「えぇ、今の貴方の姿です」

 キヨはしばらく考えて理解した。自分の身体となっているこの少女こそ、ライブラ王国で出会ったリブラなのだ。

「じゃあ、コブラとリブラさんって幼い頃からの」

「えぇ。そのようですね。この後、何かがあり、神子様はこの国を去り、命からがら彷徨ってライブラ王国に辿りついた。その両の目に銀河を宿して」

 キヨは今の自分の顔を見ることができないことを悔やんだ。きっと今までのこの目はコブラの左目と同じようになっているのだろう。

「ここはどこなの?」

「オフィックス王国の旧教会のようですね。今は使われていない。そこに、両親を失い、身寄りのない子どもたちが集合して住処にしていたのだろう。そして彼らを匿っていたのが、あのシスター。あなたのお知り合いですか?」

「えぇ。あれは私がお姫様をしていたころの世話係。リザベラよ」

 キヨの言葉にバランスは少しわざとらしく目を見開いて驚く。

「ほぉ、あのリザベラですか。ヤクモさまのお隣にいらした。はぁ、人は変わるものですね」

 バランスの脳裏に浮かぶリザベラはまだ若く、ヤクモの隣で粗野な態度を取っている少女であったが、今この場にいるシスターにはそのようなそぶりは一切なく、やさしさに満ちた表情をしている。その変わりようがおかしく、思わず失笑してしまう。

「どうやら、コブラ様とリブラ様は共に親も不明、リブラ様はその異様な目であまり周囲の子たちとも溶け込んでいなかったようですね。この後、他の子どもたちは貰い手を手に入れて家族を得ますが、コブラ様とリブラ様は、最後の最後まで、この教会にいたようですねぇ」

「最後って?」

「君も経験したんじゃない?」

 バランスが指をパチンと鳴らす。すると光景が変わる。キヨの辺りは明るくなる。優しい光ではない。炎に燃えた光だ。

 教会が炎に包まれている。キヨは恐怖した。すぐにコブラを探し、叫んだが、コブラは姿を見せない。シスターも姿を見せない。

「ど、どうしよう」

 気が動転したキヨはとにかく走った。

 壁の外へ外へ――。一人で走った。壁の外へ走った。

「まとめますと、リブラ様の結末はこのようになっております」

 バランスがそういうと、キヨは閉口した。この頃に、自分はセバスチャンと共に国の外へ出ていた。

 リブラもまた、あの日の被害者であった。その事実に胸が苦しくなる。

「では、あらかたわかったところで、戻りましょうか」

 バランスがまた指を鳴らすと、景色が変わった。

 先ほどまでいた教会だ。皆でコビーを祝っている。

 リザベラが持ってきた食事を皆で囲んで食べている。

 そこにコブラもいる。

 キヨは先ほどバランスに見せられたものが頭から離れず、食事が手に付かない。

「どうした?」

 コブラが心配そうにのぞき込んでくる。キヨは慌てて自分のパンに齧りつく。

 それでもコブラはまだ心配そうにキヨを睨みつけてくる。

 コブラはキヨの耳元に顔を近づけた。

「この後、抜け出そうか」

 キヨは思わずビクりと驚いた。言っているコブラも、言われている自分も幼い子どもだと言うのに、なんだかその言葉に意味を見いだしてしまうのは、キヨがロロンから借りた恋愛ものの本を読んだからであろう。

 キヨは無言でコクリと頷いた。

 教会の子どもたちが眠りにつくと、リザベラは教会から出ていった。

(こうやって、オフィックス城とこの教会を行き来していたのね)

 キヨは寝たふりをしてリザベラが去るのを待っている。

「よし、行くぞ」

 コブラが寝たふりをしているキヨの肩を揺さぶる。

 キヨも他の子どもたちが起きないようにゆっくりと起き上がると、コブラと一緒にこっそり教会を抜け出した。

「こっちだこっち」

 コブラに指示されるままついてゆくと、家と家の間の路地に入っていく。

 真夜中の路地は真っ暗で、森とはまた違った不気味さがあったが、コブラが近くにいると思うと不思議と恐ろしくはなかった。

「足元気をつけろよ。俺が登った通りに登れ」

「うん」

 コブラはそういって、足場を探りながら慣れた足取りで家の壁を上っていく。

 キヨもそれについていく。この少女の身体はキヨ本人のものほど身体能力が高くないのか、登るのに少し苦労する。コブラは心配そうに見つめながら、手を伸ばしてくれる。

 キヨはそんなコブラの手を取って、何とか屋根を上る。

「見てみろよ」

 コブラの指す方へ見ると、感動で目を奪われる。

 この頃のオフィックスは『ウロボロス』が建設されているが、まだ途中で高さが完成時に及ばない。

 故に、高い屋根の家に登れば、壁を超えた外の自然が見える。

 キヨはその光景に興奮した。ふと、隣のコブラを見ると、彼の目は銀河でもなんでもないのに、星のように煌びやかに輝いているように見えた。

「どうだ? 機嫌は直ったか?」

 コブラは屋根に座り込んで、語りかけてきた。キヨ本人は機嫌など悪くなっていないのだが、きっと、この身体の少女、リブラは機嫌が悪かったのだろう。

「安心しろ。俺はいつまでも、お前のお兄様だ」

 コブラはキヨの――リブラの頭をわしわしと撫でる。

 キヨはなんだか恥ずかしくて、目をぐっと閉じる。

 そして何より、ここまでコブラに甲斐甲斐しく世話をされているリブラが少し羨ましくなった。

 キヨは自然と自分が昔住んでいたオフィックス城を見つめた。

 コブラはその様子にニカりと笑った。

「やっぱりなりたいか? お姫様に」

 キヨはコブラの言葉に目を丸くして彼を見つめた。コブラは無邪気に笑う。

「いつか、俺が王様とやらになったら、お前がお姫様とやらになりゃいい。そのためにはまずはこの国を出ないとな」

 コブラはじっと城を見つめている。その眼差しは真剣なものであった。

 キヨはそんなコブラの目に心を奪われる。

「私は……」

 コブラとリブラは、この町で生きていた子どもたちは、自分たち王族の争いに巻き込まれて、家を失い、家族を失った。

 キヨもコブラと同じくじっと城を見つめる。けれど、今の自分にはこの光景を体験してもどうして良いかわからなかった。

 コブラが自分にしてくれていたやさしさはきっとリブラに対して抱いていた感情なのだろうとキヨは理解する。

 それと同時に感じる、自分の意志の中にあるもやもやとした感情の答えが見つからない。

 リブラはお姫様になりたかった。兄が欲しかった。コブラはそんなリブラの兄であろうとした。それが、今の自分との付き合い方に直結している。

 キヨはふと思いついた。

「ねぇ、お兄様」

 自分はキヨではない。リブラでもない。ただの少女である。

 目の前の少年もコブラでも、兄でもない少年である。

「お兄様は何になりたいの?」

「俺か?」

 コブラは首を傾げた。うんうんと唸る。

「お兄様も、王様もナシね」

 キヨは畳みかけるようにいうと、コブラはうぐっと困った表情をしてさらに唸る。

「俺のやりたいこと……かぁ。なんだろうな」

「あのね、お兄様」

 困り果てているコブラの態度を見て、キヨの中にモヤモヤとしていた感情の答えが見えて、キリっとした表情でコブラを見つめる。

「お兄様。私、自分で女王になってみせるから、お兄様が王様になる必要はない」

 キヨははっきりとコブラに言い放つ。コブラはそんなリブラに驚いて目を丸くした。

「カハッ! 自分でなるか! お前がそんな強気なこと言うとはなぁ!」

 コブラは大きな声で何度も笑う。そんなコブラをキヨはまだ睨んでいる。

「ねぇ、お兄様? お兄様は何になりたいの?」

「俺のなりたいもの」

「うん。私は、リブラは、なりたいものになるよ。だからお兄様も、コブラもなりたいものになりなよ」

「コブラ? 俺のことか?」

「えぇ、カッコイイと思わない?」

「確かに、すっげえカッコイイ名前だな。いつか名乗るときがきたら、名乗るか」

「うん。だからコブラ、貴方のやりたいことができたら、私に聞かせてね」

 キヨがコブラに言い放った直後、視界が暗転する。


 気づくと自分の姿は元に戻っていて、懺悔室の中にいた。

「貴方の答えはあれですか?」

「あれでよかったの?」

 キヨはいまだに不安そうに隣の懺悔室にいるであろうバランスに語りかける。部屋から彼の声が響く。

「えぇ、オフィックスの王の娘であり、コブラ様と今隣にいる貴方に、リブラ様のことを知ってほしかったのです。その上で貴方の意志を聞いて見たかったのが私の試練です」

「それは試練なの?」

「えぇ、試練ですよ。この試練は本来、自分が謝罪すべき罪を見せられるものなのです。今の試練ならば、あなたが関わった事件のせいで人生が大きく変わった方の幸せな情景を見せるものなのです」

「そう……」

 キヨは懺悔室で立ち上がり、扉を開く。

 バランスもキヨが出たのを確認して自分の部屋を出る。

「私、決めたわ。リブラさんが憧れたオフィックスの姫として、そしてコブラと共に旅をするものとして、リブラとコブラが一緒に見た光景の先にいる私が出来ることをやる。それがこの試練で私に課せられる使命なのでしょう?」

 キヨがバランスをじっと見つめる。その目は澄んでいて何かを覚悟した目であった。

 バランスは微笑みながら膝をつき、キヨに敬意を払う。

「えぇ、その通りです。オフィックスの姫、キヨ様。貴方の心の赴くままに、神子リブラ様を、コブラ様を、お救いください。それがこの四大天使が一人、バランスの望みです」

 キヨはそういって頭を下げてきているバランスのことをいまいち信用していなかった。しかし、あの光景を見せられて、自分が成すべきことを理解したキヨにとって、彼の存在は些細なものであった。

「じゃあ、私先に中央神殿に行ってくるから。リブラさんはそこにいるんですよね?」

「えぇ、そのはずです。お気をつけて」

 バランスは最後まで礼節を持って頭を下げ続けている。キヨはそんな彼に背を向け、教会を去り、中央神殿に向かった。


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