表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/28

第7章 ライブラ王国と天秤の上の少年少女 11話

 コブラが目を覚ますと、ロロンが心配そうにこちらを覗き込んでいた。

「ここは?」

「神殿の休憩室だそうです」

 ロロンが優しく語りかける。コブラが辺りを見渡すも、そこにマアトの姿はない。

「あの女は?」

「彼女なら、邪魔をするな。しばらくこの部屋にいろ。と仰ったまま、部屋に出ていかれました」

 コブラはロロンの言葉を聞いて困った。まだ北と西の神殿に向かわねばならない。こんなところで無為に時間を過ごしている暇はないのだ。コブラはベッドからすっと起き上がる。すると、自分の恰好が変わっていることに気付いた。

「なんだこりゃ?」

「マアトさんが、汚い服でそのベッドで眠らないで。と押し付けられまして、私が着替えさせました」

 コブラはいつもの動きやすくボロい布の恰好からきれいで真っ白な生地で出来た服を身に纏っていた。首の辺りには金色の装飾が施されている。この国のモノたちが来ているものだ。

 よく見ると、ロロンもロングスカートという違いはあるが、コブラと似たような恰好に着替えていた。

「あ、あのように足が出ている黒い衣装は、抵抗があったので……」

 異空間での恰好のことを言っているのだろう。コブラはそれよりも、彼女が多分着たかったのだろうなぁと、彼女の言い訳を話すときのような慌てっぷりから見て取れた。

「なんつうか、意外と恰好を気にするよな。ドラゴンのくせに」

「ドラゴンである前に女の子なのです」

「そういうもんかねぇ」

 コブラにはない感覚だった。動きやすければ恰好なんてどうでもよいと考えているが、言われてみればアリエスの時もキヨがドレスを身に纏おうとしていたし、リコリスはあの腿を晒したローブの恰好にこだわりがあるらしい。女性というものはそういうものなのかとコブラは妙に納得した。

「まぁ、この恰好も、悪くはない。ちょっと動き辛いがな。動きやすさなら、レオ帝国の恰好はなんかよかったな。ハヤテがしていたやつ」

「レオ帝国の着物は独特でとても良かったですねぇ。女性の方はあまり動きやすいものではありませんでしたが」

「実はこっそり買っているだろう」

「な、なぜそれを……」

「盗人コブラ様に見抜けぬものはないのだ」

 コブラは悪戯っぽくケラケラ笑った。ロロンは最初恥ずかしそうに頬を赤らめたが、コブラの笑い声につられて思わず微笑んでしまう。

「さて、行くか」

 コブラはそのまま出口へ向かう。ロロンは止めようとしたが、それよりも先にコブラが扉を開いた。この部屋は聖堂と隣接していたようで、扉を開けるとすぐに聖堂の左端に繋がっていた。

 コブラは扉を開いてすぐに足を止めた。ロロンはその動きを予期できず、コブラの背中に小さくぶつかる。

「こ、コブラ。どうしたんですか?」

 ロロンがコブラの頭に自分の頭を乗せて、上から聖堂を覗き込む。

 多くの者が椅子に座り、両手を握り、頭を下げて黙祷を捧げていた。

 聖堂、アストラ神殿の前で、膝をつき、誰よりも低いところから、マアトが黙祷を捧げている。

 コブラには信仰の文化がない。よって、この光景は異様であり、目を奪われるには十分であった。

「神への祈りですね」

「わかるのか?」

 コブラとロロンは彼らには聞こえないように小さな声で話す。

「えぇ。こう見えても元守護竜ですので、クラブの父、カルニコスの代までは私の祠の前で祈りを捧げにきておいででしたよ」

「へぇ」

 ロロンは少し誇らしげに顔を上げた。

「これを邪魔されたくなかったから出るなと言ったのですね。どういたしますか?」

 ロロンが語りかけるが、コブラはその質問を無視した。じっと、祈りを捧げているものたちを見つめている。部屋に戻すのも、このまま進むようにも急かす気になれなかったロロンはコブラと共に、黙祷を捧げている彼女たちをじっと覗き込んでいた。

「主よ。これを以って、奉納とさせていただきます」

 マアトの言葉が黙祷終了の合図であろう。皆がゆっくりと顏を上げた。

 マアトはゆっくりと立ち上がり、振り返り国民全員を見つめる。

 無言で頷くと、国民はゆっくりとマアトの元へ駆け寄り、一人、また一人とマアトに言葉をかけていた。マアトもそんな彼らの言葉を真摯に受け答えしている。

「慕われているのですね。マアトさまは」

「そのようだな」

「まもなく終わりそうですし、覗いていたのがバレぬうちに部屋へ戻りましょう。

「そうするか」

 ロロンの言葉に返事をしているが、心ここにあらずといった様子で、コブラはじっとまっすぐ何かを見つめていた。ロロンはそっと扉を閉めた。




「つまり、僕ら天使は神になる素質の持つ者と、この国のモノを守護することを目的として、神から遣わされている」

「神さまって会えるの?」

 シャマシュとヤマトたちはまだ聖堂で話していた。ヤマトやリコリスはコブラが今どこにいるかもわからず、今回の試練がコブラに対して課せられているものであるならば、自分たちに何も成すことができない。ならばせめてこの国について知ろうと、シャマシュに色々質問を投げかけているのだ。リコリスが飲んでいる紅茶もこれで五杯目である。

 シャマシュはおかわりようの紅茶のためにお湯の準備を始めている。

「残念ながら僕らもお会いできない。確か、バランス――あっ、僕らの仲間の天使なんだけど、彼だけがアストラ様の代からこの国に留まっている天使だから、彼だけは神にあったことがあるね」

「へぇ」

 リコリスはよほどこの話が面白いのか、筆と紙を取り出してシャマシュの言葉を逐一書き込んでいる。ヤマトは正直途中からいまいち話についていけていない。それを悟られぬように誤魔化すように飲んでいる紅茶は既に九杯目である。

「そうだね。君たちの話だと、あのロロンという女性。彼女がおよそ八百年キャンス王国近くの祠でドラゴンとして生きたと言っていただろう?」

 シャマシュの言葉にリコリスは頷く。

「彼女が一人でキャンス王国を救っていたならば、僕ら天使は四人で神子様およびこの国の国民を守らないといけない守護天使ってわけさ。人でもなければ、神でもない。なんとも中途半端な存在だよ。人の身体を借りている僕なんてさらに複雑さ。ハハハ」

 シャマシュは笑うと、自分の作ったクッキーをパキっと噛んだ。

 シャマシュは上機嫌に語る。

「神はこの大陸に自身の力となる星の力を授けた。そして十二の大地が出来た。それぞれが大きな神殿としての機能があったんだろうね。あるいは星の力をその地にとどめるための結界か」

「それがいわゆるアリエスの夢の世界や、ジェミ共和国の双子迷宮ですか?」

 ヤマトは今までの旅の中で遭遇した不思議な現象をシャマシュに語る。シャマシュはコクリと頷き、言葉を続ける。

「そうだね。キャンス王国にドラゴンを退ける星術として人を龍へと変貌させるものがあったそうだし、レオ帝国には神が授けた星の力を刻んだ鉄器があったと聞いている」

 ヤマトはシャマシュの言葉ですぐに「ハバキリ」や「クサナギ」について思い出す。

「そしてもっとも空に近いヴァル皇国と、オフィックスを中心とした場合の真上に位置するライブラ王国は特に星の力――すなわち星術が色濃く残っている」

「ねぇ、シャマシュさん」

「なんだい? リコリス」

「じゃあ、オフィックス王国はなぜ出来たの?」

「それは私も是非、お聞きしたい」

 リコリスとヤマトはじっとシャマシュを見つめる。シャマシュは二人の目を交互に見つめると微笑んで、しかし、その後残念そうに溜息を吐く。

「すまない。中央国オフィックスはヘラクロスが神となった800年前に建国されたのは知っている。だが、それ以上のことを僕は知らないんだ。この国にいる者ならバランスか、あるいはそれこそオフィックスの正統なる王か、そうでなければ全ての書物が集まるとされているカプリ学習院の学長なら、何か知っているかもしれないね」

 シャマシュはそう言って席を立つ。

 リコリスとヤマトは少し残念そうに眉を下げた。

「我が国の歴史を知れるならと思ったのですが」

 ヤマトは少し残念そうに声を漏らした。リコリスは今までの話を纏めるように紙に一心不乱に文字を書き込んでいる。

「シャマシュ殿」

「なんだいヤマト?」

「神子であるとされるリブラ様ですが、彼女はどうなるのです?」

「どうなる……とは?」

「この国には数百年前まで、大地に残った神、アストラがいらっしゃったのはお聞きしました。しかし、そこからこの大地に神は残っていない。そして同じく神子であったとされるヘラクロスは大地を去り、神となった。つまり、リブラ様は――」

「あぁ、リブラ様には近々、神になっていただくつもりだ。テミスもそのつもりで彼女を拾い、育てた」

 ヤマトはじっとシャマシュを見つめる目が険しくなった。

「人は信仰が必要だ。目に見えぬ概念も良いが、やっぱり、目視できるものに導かれたいでしょう? だから僕ら天使はこの国にいる。そしてこの地を去ったアストラ様の威光だけでは国が歪み始めるのも時間の問題だ。この地にはアストラ様を継ぐ新たな神が必要だ」

「それがリブラ様であると」

「そうだね。やっぱり民を引っ張るには、超常の存在でないと。人の身体を借りている僕が言うと説得力はないけれど」

 そういって寂しげに笑うシャマシュに対してヤマトはどういう感情をぶつけて良いかわからなくなった。身に覚えがある。人の安寧のためには人の上が存在しなければならない。

「その黒髪、君はレオ帝国のモノだよね? レオ帝国には確か、僕らで言う神の代替が存在していたよね? 『帝』だったかな?」

 ヤマトはコクリと頷く。国の王であるホムラすらも直接顔を見ることはない。しかし、連綿と続いていており、今もなお存在している最高位の存在、帝。

 先の話はヤマトにとっては帝と重なるようなものだと感じた。

「シャマシュさんは、リブラさんに神になってほしいの?」

 リコリスは顔を上げて、シャマシュに対して首を傾げた。先ほどのシャマシュの寂しげな笑みを見たリコリスが抱いた疑問であった。

「んー、そうだね。人としての彼女と接していると、少し揺らぐけれど、彼女は神になるのが宿命なんだと、僕は思うよ」

「それはコブラも?」

 リコリスが問いかけた言葉にシャマシュは閉口した。しばらく考えて、優しく微笑みかけた。

「さぁ? どうだろうね。それは、この試練でコブラが決めることだよ」

 シャマシュが新しく紅茶を入れるために沸かしていたお湯が音と立てた。




 リザベラは一人、ライブラ王国を闊歩していた。人間の頃には出来なかった屋根から屋根への散歩に少し心が躍ったが、どこを見ても同じような白い石灰の家が並ぶ変化のない景色にすぐに飽きてしまう。

「30年前から何も変わらないね。ここは」

 他の国は違ったようだ。ヤマトやコブラの話を聞いたところによればであった。実際にリザベラが目で見たヴァル皇国なんかは特に発展していたであろう。あのプロテアと言う皇帝の手腕であろう。

 変わりない町。そう思えばそうにしか見えないが、よく目を凝らすとそうではない。30年前は国民全員が神への信仰が深かった。こんな時間になれば大人も子どもも、祈りを捧げに神殿に向かい、町には人の気配がなくなる時間帯であった。実際30年前もこのように難しい話が嫌いだからと外へ出た当時のリザベラはその人の少なさに興奮したものであった。

 しかし、今は子どもたちを中心に若い者が普通に闊歩している。そのことを叱責している親とそれに抵抗する子の姿を見つけた。

(信仰が薄まっているのか)

 リザベラは思った。無理もない。アストラと言う女神がいたという話だが、すでにこの地に現れず、人々を導いているのはおそらく天使たち。神子であると言うリブラも慕われているであろうが、見た目は小さな少女。幼き風貌に、神々しさを感じる大人たちはいても、同じような齢の子にとってはどう凄いのかもわからぬ少女であろう。

 信仰国家ライブラ王国はそれはもう良き国であった。国民から邪気が感じられない。それは皆が一つの神を見ていたからだ。しかし、こうも信仰にブレがあると――。

「近々、大きな亀裂にならないといいけどねぇ」

「えぇ、だから私が神になるのです」

 リザベラの独り言に返事をする少女の声にリザベラは驚き背を向ける。

 こんな屋根から人の声がするとは思っていなかったのだ。

「屋根の散歩、昔からよくお兄様とやっていたので、会えるかと久々にやってみたら、可愛い黒猫と出会えました」

 ニコっと笑みを浮かべるリブラに対してリザベラは嫌なものを見たように表情を歪ませる。

「貴方に是非お会いしたかったのですよ。黒猫さん。こんな屋根で会えるなんて驚きましたが」

「ライブラ王国の神子様が、あたしになんのようだい?」

「ふふ、見た目も声も変わっておりますが、やはりその口調やなんとなくの雰囲気でわかりますよ。」

 リザベラは苦々しく顔を歪ませる。猫の姿になってなおなぜ彼女が自分を特定できるのかわからなかったが故にとても不気味であった。

 それと同時に大きな罪悪感に苛まれて胸の辺りが痛くなる。

 リザベラはわかっていたのである。この少女とコブラが知り合いであることを、そして自分も彼女の目を見てすぐに理解した。

「お久しぶりですね。シスター。なぜ、猫のお姿に?」

 リブラの言葉にリザベラは何かに縛られているかのようにその場から一歩も動けなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ