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第7章 ライブラ王国と天秤の上の少年少女 10話

 コブラは老婆をおぶって、彼女の部屋に入った。

「悪いね」

「いいや、いいさ。それより、詳しい話を聞かせてくれないか?」

 お婆さんを座らせると、いまだにお婆さんは震えていた。

「あぁ。邪龍の話かい。この国はね? ドラゴンに守護していただいていたのさ。けれどある日、人間が言いつけを守らずにドラゴンが眠るとされる祠に入ったそうじゃ。そこからじゃ、ときおり地響きが起こり、咆哮が響き、鎮めようと祠へ入っていった兵士たちは血みどろで帰ってくる。中には死んだものもおる。それゆえ、もはや誰も止めには入らない」

 誰も止めに入らなくなってからしばらく経っているのが、お婆さんの憔悴しきった姿で推測できた。

「婆さんはドラゴンを一度見たことがあるのか?」

「いや、わしは行けないよ。あんな恐ろしいところへ」

「それもそうか」

 コブラはお婆さんから話を一通り聞くと、椅子から立ち上がる。

「ありがとうな婆さん。身体には気をつけろよ」

「旅の方。どこへ行くんだい?」

「ん? そうだな。とりあえずその祠に行こうかなと」

「やめておいたほうが良い。お主も生きていられるかわからぬぞ」

「俺は多分祠に来るためにここに来たんだ」

 婆さんはそう言い放つコブラを見て首を傾げた。コブラはそんな婆さんに別れを告げて家から出てゆく。コブラはキャンス王国を見渡し、祠があるとされる方を探す。

「ダメだ。思い出せねえ。どっちだっけな」

 コブラは頭を掻きながらとりあえず国外へ向けて走った。町の皆はみなどこか上の空の感じで生きている。もしもロロンが人を殺せば、邪龍に落ちれば、この国は力に怯える国になっていたと言う光景をありありと見せつけられてしまう。

 走るコブラに一人の女性がすれ違う。その者もまた気力の抜けた歩き方をしていたが、その翡翠色の髪にコブラは見覚えがあり、思わず足を止めて彼女に振り返った。

 翡翠色の髪の女性は黒いロングドレスを身に纏っている。

 彼女もそんなコブラに気付いたのか、冷たい目でこちらを睨んでいた。

 コブラは驚きで目を見開いた。彼女にこんな目をされたことは一度もなかったが、その端正な顔立ちは見間違えることはなかった。

「ロロン?」

「貴方は、誰でしょうか?」

 冷たい声がコブラに突き刺さる。ロロンはこちらを見下すような目で睨みつける。

 目も鋭くなっており、放つ威圧感が本来の彼女のとは全く違う。覚えがあるとすれば、それはレオ帝国の帝王だった男、ホムラが放っていた殺気そのものであった。

「私の散歩の邪魔をするのですか?」

 ロロンが身体をコブラに向けて、コブラへと歩んでいく。その間もコブラを睨みつけている。

 コブラは彼女の残酷な目を反らしたくなったが、ここで負けてはいけないと睨み返す。

「何者です?」

「旅の者だ」

「なぜ私の名を?」

「怖いか?」

 ロロンが苛立ちで眉を細めて、コブラの腕を掴んだ。

 ポキと軽い音が響いた直後、コブラは激痛で悲鳴を上げて膝をついた。

 握られた左腕がだらんと垂れ下がる。

「目障りです。私にかまわないでください」

 コブラの悲鳴など気にせず、ロロンはコブラに背を向けて歩き去っていく。コブラはそれを引き留めようと考えたが、腕の痛みのあまりに言葉が出ない。

 次第にロロンの姿が見えなくなっても、腕の痛みがひどくて動けない。

「あら、これはいたそうね」

 倒れて蹲っているコブラの頭上から声がする。なんとか顔を上げると、自分をこの世界に連れてきた天使。マアトの姿があった。マアトはコブラを見ているようで、彼の左目のみをじっと見つめている。

「治してあげましょうか?」

 彼女はコブラの返事も聞かずに自分の持つ長い杖でコブラの垂れ下がった左腕をポンと叩く。すると、痛みがスッと消えてコブラは戸惑った。左腕を動かそうとすると、意図通りに動いた。

 痛みで溢れていた汗を拭いながら、コブラはマアトを睨みつけた。

「どうなってやがる。あれは?」

「ん? どうって、貴方への罰ですよ。これは」

「じゃあなんで俺の腕を治した」

「もっと苦しんでほしいからに決まってるでしょう?」

 マアトはほくそ笑んでコブラを見下ろした。

 コブラは自分よりも背の高い女性に慣れておらず見上げて睨み返すのみであった。

 コブラは立ち上がりながら、思い出す。冷たい目の少女ロロン。コブラにとってロロンはアステリオスが連れてきた優しそうでからかい甲斐のある女性であった。

 だからこそ、あのような人を見下す目をする人間ではなかったとコブラは思い出すだけで絶望にも似た震えを感じた。

 ロロンはやろうと思えば簡単に人を殺すことが出来る。それを身体で実感した瞬間にコブラは否定したいのにロロンを恐れる震えが止まらなかった。

「神を前に真を偽り、忘却することは、大罪である。その大罪者には真の罰を与えよ。それが私の正義です。貴方に聞きます。貴方はリブラと知り合いだったの?」

 マアトがコブラを睨みながら問いかけてくる。コブラはいまだ震える手をなんとか止めて、彼女を見つめる。

「あぁ。幼い頃にオフィックスの孤児院にいた。ついさっき再開するまで忘れていたけれどな」

 マアトの舌打ちがコブラにも聞こえた。

「やはりあなたは罰を受けるべき大罪人のようですね。己が何者かも忘れ、己を救った者を忘れ、己が持つ狂気をも忘れた愚かな者」

 マアトが杖の先をコブラに向ける。

「さぁ! ここからが貴方の選択です。貴方たちが連れていたロロンは、旧時代の遺物にして怪物であるドラゴン。それは全てを破壊しうる厄災の象徴。今ここにいるロロンは人を殺め、その快楽に溺れた邪龍。自分が破壊したものたちの絶望をその目で見るために町を徘徊する。彼女の残酷な一面なのです。貴方は彼女に何をしますか?」

 マアトは突きつけるような強い言葉でコブラに言い放った。

 コブラはその言葉を受け止めきれず表情が固まる。

「では、検討を祈ります。何度でも死んでください。その痛みを永遠に味わえるように私が何度でも戻してあげますよ」

 そういってマアトは背を向けて離れていった。

 コブラはいまだその場から立ち尽くしていた。

「アステリオスだったらなんかうまい言葉とかでもおもいつくのかねぇ?」

 こんなことならば、アステリオスがロロンを手懐けた時の話をもっと聞いておくべきだったと、コブラは大きく溜息を吐いた。

「とにかく、ロロンが向かった先に祠があるんだろう。行くか」

 頭の中でグルグル考えていても仕方ないとコブラはロロンが去っていった方へと走っていた。



 最初は町のヤンチャな若者たちだった。彼らは防具も付けずに祠へやってきた。簡単に追い返すつもりであった。軽く炎を噴き、脅かして帰らそうとしていたが、少年たちは面白がって、帰らなかった。

 だからこそ、ロロンはやりすぎた。簡単に払ったその一撃が少年の予期せぬ動きに、ロロンの攻撃は少年に直撃し、彼は流血して命を落とした。少年たちは恐れて逃げていったが、その時、ロロンに過ぎったのは、興奮であった。逃げる少年たちに火球をぶつけて燃やした。

 ロロンが邪龍になった瞬間であった。

 そこからは、なぜ自分がここまでの力を行使せずに堪えてきていたのかもバカみたく考えはじめ、今でも怯える人を見て光悦感に浸っていた。

 ロロンは国を出て、祠へ戻る。

 思い出されたのは自分の名を呼ぶ一人の少年の顔であった。私を見ても怯えた表情をしなかった腹立たしさからロロンは彼の腕を握りつぶした。

「名を呼ばれたのはいつぶりか」

 ロロンにとって名を呼ばれたのはヤクモ=オフィックスとの星巡り以来だった。

 それも一度か二度のみで、記憶の彼方へと消えていく。

「ようやく思い出したぜ」

 ロロンは驚いて振り返る。そこには先ほど腕を潰した少年がこちらを見てニッカリと笑っていた。

「あなた、腕はどうしたの?」

「天使様のご加護ってやつでな」

「ここへは何をしに来た?」

 コブラはロロンの言葉にニヤついた。この道中で考えていた問いかけがそのままやっていたからだ。

「何しに? あんたを盗みにきた」

 ニヤリと笑うコブラの表情がロロンには鬱陶しかった。人間の姿のままコブラを握りつぶそうと突撃をかけるロロンの攻撃をコブラは躱す。

 ロロンの頭の上で見事な逆立ちをして彼女を煽る。

「貴様ぁ!」

 ロロンが怒鳴る。普段見ない彼女の姿にコブラはヘラヘラと笑いながら「おぉこわ」と煽るのみであった。

 ロロンはドラゴンの姿になって暴れまわる。コブラはからかうように笑いながらも、動きは必死にロロンの攻撃を躱した。

 ロロンは血眼になってコブラを殺そうとした。コブラからすればそちらの方が躱しやすかった。星巡りの時とは違う。殺意に満ちた攻撃はしっかりと自分を狙ってくる。だからずっと逃げていれば当たらない。

 と言っても少しでも気を抜けば彼女の力に押しつぶされる。コブラは上手く躱して彼女の尻尾からよじ登っていく。

「元仲間だから知っているんだよなぁ! お前の弱点!」

 ロロンは必死にコブラを振り払おうと身体を振るおうがコブラも必死にしがみつく。

 コブラはそのままよじ登る。背中にいる小さな敵を攻撃しづらく手をこまねいている隙にコブラは彼女の背中に辿りついた。

「ひゃっ!」

「邪龍になってもここは変わらぬかほれほれー」

 コブラは悪戯をする子どものような声でロロンの背をくすぐった。ドラゴンから高い声が響く。聞き慣れた声だ。そこからドラゴンが悶絶する。あまりに耐えられなくなったロロンはドラゴン帯から人間帯に戻る。

 コブラはしがみつけなくなる前に離れて距離を保った。

 くすぐられすぎたロロンは怒りながらコブラを睨む。その目は笑いすぎで涙が浮かんでいる。

「何をするっ!」

「くすぐった。あんたそこ弱いだろう?」

「だからなぜ知っている!」

「知っているものは知ってるんだよなぁ」

 コブラは脅すように指をわきわきと動かしながらロロンに笑みを浮かべにじり寄る。ロロンはそんなコブラが恐ろしいと言った様子で後ずさりをしている。

「ロロン」

「なんですか」

「お前は破壊衝動があるんだろう?」

「それがドラゴンの本懐です」

「あぁ。それは多いに結構。俺も壊したいもんがいくつもあるんだ。どうだ? 一緒にこないか?」

「一緒に? 何を言っているのですか?」

「だから、こんなところで怯えた人間殺すよりも、壊しがいのあるものはたくさんある」

 ロロンはコブラの微笑みに不審感を覚えて眉を細める。

「貴様、私が恐ろしくないのか?」

「あぁ。恐ろしいね! だが、あんたは俺を殺せない。さっき証明しただろう」

 ロロンの目に少しだけ光が灯った。確かにこの男は自分が全力で潰しにかかっても全ての攻撃をいなした。

「それに、俺の仲間は誰もあんたの力なんかじゃあ潰れない。死にゃしない。安心していい。そんで、楽しいもんぶっ壊そうぜ」

 ロロンはもはやコブラに対して警戒心が消えていた。自分はこの者を知っているような気がしたのだ。それにこの男の後ろに映る。小さな少年の面影にロロンは酷く心が温かくなった。

「私は、人を殺したのだぞ? 何人も殺めた。それを喜びもした。良いのか?」

「あぁ。俺は善人じゃないんでね。殺したくなったら俺を殺してかまわない。まぁ、逃げるがな」

「……。つくづく腹の立つ男だ。殺してしまいたい」

「あぁ、なら俺が死ぬまでは他のものは殺せないな」

 コブラの言葉に思わずロロンは失笑してしまった。その笑みはコブラが普段見ているロ論と同じく可愛らしさのあるものであった。

「どうだ? 答えは。俺と一緒に旅に出ないか?」

「そうだな。ここを壊すのも飽きたところだ。貴様を殺すまでは一緒も良いでしょう」

 ロロンはコブラの手を伸ばす。コブラは微笑む。

「あぁ。じゃあまず手始めに、あの質素な城をぶっ壊してから旅に出よう」

 そういってコブラはロロンの手を握った。すると、ロロンの脳裏に今までの旅が全て思い出される。アステリオスとの出会い。レオ帝国での死闘。ドーラとの再会。道中の皆との思い出。自分がコブラたちの仲間になった瞬間。

 思わずロロンは失笑した。

「あんな悪趣味な城。二度も破壊したくありません」

 その表情を見て、コブラは、ロロンが自分たちの良く知る彼女に戻ったことを理解した。

「戻ったな」

「コブラ。私、聖堂で気を失って――」

「あぁ。なんかすっごいダークな美人になってたぞ。あれならアステリオスも一発だな」

「なっ! な、何を仰っているのですか」

 自分の普段着ないようなあでやかな黒のドレスを身に纏っていることに気付いたロロンは赤面して慌てふためいている。その様子にコブラは思わず爆笑してしまう。

「はっはっは! やっぱロロンはそっちのほうがいいな」

「ちょ、ちょっと私色々把握できていないのですが!?」

 一人状況を理解出来ておらずにあわあわしているロロンを後目にコブラは自分の頭上を見上げる。

「おーい! マアトとか言ったか? これでこの東の神殿の試練は達成だろう?」

 コブラがそう叫ぶと上空からふわっと羽を広げてマアトが降りてくる。ロロンは初めてみる彼女の姿に関心を示して「きれいな方ですねぇ」と小さくコブラに呟いた。

「えぇ。コブラ。どうでしたか? 自らの知る者が人を殺め、悪に落ちた姿を見せつけられ、その牙が己に向く恐怖は?」

「あぁ。たまんねぇ罰だったな」

「えっ? 人を殺める? えっ」

 マアトとコブラの会話にロロンだけが入っていけていない。

「彼女が罪人でも、貴方は彼女を連れてゆくのですね」

「あぁ。関係ないね。俺はこいつに楽しい記憶しか貰っていない。過去何をしていようが関係ない。俺にはこいつが必要だ」

「そう。愛されているのね」

 マアトがそう言ってロロンを見つめていると、ロロンはいまだに話しの流れを理解出来ておらずに首を傾げて慌てている。

「俺よりこいつを愛しているやついるけどな」

「ちょ、ちょっとコブラ!」

「悪い悪い。アステリオスも助けてやらないと」

「アステリオスがどうなっているのですか?」

 彼の名を聞いた途端にロロンはコブラの肩を掴んでぐわんぐわんと揺らす。その衝撃がトリガーとなったのか、コブラは力が抜けていくようにその場で座り込んでしまった。

「だ、大丈夫ですかコブラさん!」

「貴方の攻撃を躱すのに体力の全てを使ったのね。はぁ、仕方ない。我が神殿の休憩室をお貸ししましょう」

 マアトは溜息を吐きながら、自身の持つ杖を振るった。すると、ロロンと、彼女に抱かれているコブラと、マアトを光が包む。

 邪龍を怯え憔悴しきったキャンス王国は静かに消滅していった――。


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