ファーストコンタクト
別荘に来た女性、その人は出て来た。
奇抜でテンションが高く、前向きで勉強熱心な人だった。
ヒロちゃんとの日課である、喫煙所での馬鹿話をしていた時、その女性はやって来た。
自分が首を吊った時の状況を面白おかしく笑い飛ばしていた時、その女性は言った。
「そんな話して楽しいの?」
楽しい筈は無い。あれ以来、首にタオルを掛けてはいるが、それは首に残る違和感を紛らわす為であり、しっかりとトラウマとして刷り込まれてしまっている。
こんな話を笑い話にしているのは、どうにかして忘れてしまいたいからだ。
女性は名前をみ空と言った。アルコール依存症とそれに伴う合併症を持つ、少し変わった症状を持った女性であった。
アルコール依存症。 みんなの想像するアル中は、いつもお酒臭くて顔が赤く、お酒が切れると暴れ出し、飲んでも素面でも呂律の回らないおっさん。と、言った感じでは無いだろうか?
僕の思っていたアル中と違い、み空さんは至って普通な感じであった。
正直な感想として、思い切ってみ空さんに聞いてみた。 アル中のイメージとかけ離れてるけど、どうなってるの?と…
彼女が言うには、アルコール依存症は、飲まなければ進行しないのだと言う。 そんな馬鹿な。
アル中がお酒を辞めれる筈が無い。お酒を辞めれないからアル中なのだと思っていたが、どうやら違う模様。
ならば、どうやれば辞めれるのか?我慢するのか? 精神病院に入院させ、物理的にお酒と引き離すのか? 疑問は出て来るばかりだ。
彼女は言った、「ハイヤーパワーを信じ、アルコホーリクス・アノニマスの12のステップを実践すれば、お酒は辞められる」と…
「あー、宗教ね。僕は無心論者だから、信仰する神は居ないよ。」
だが、どうやら違うらしい。
確かに、ハイヤーパワーという物を信じて自分を上位の存在に託すと言う理念は宗教的ではあるが、その対象は特定の神では無く、自分が信じる神なのだと。
自由な神を信仰する。初めて聞く信心だ。
抑うつ状態のモヤモヤや、抱えている不安に押し潰されそうな僕は、み空さんの言うアルコホーリクス・アノニマス(通称:AA)という物に興味が湧いて来た。
AAに必要な事はただ一つ、飲酒を辞めたいと言う願いだけであると言う。また、アルコホーリクス・アノニマスと言う書籍(通称:ビッグブック)以外には、お金も必要無い。 なぜならば、メンバーの献金によって運営されているからである。
アル中がお酒を辞めて生きて行く事が出来るのであれば、鬱病を抱えた僕は鬱病を乗り越えて生きて行く事も出来るのでは無いか?
そんな漠然とした考えの元、僕はAAをより深く知って行った。
AAのミーティングに参加し、自分の過去を話し、み空さんにAAについての質問をし、共にビッグブックの読み合わせをしていった。
一方、嫁との話し合いの結果、離婚する事となった。僕は休職中だった為、傷病手当を貰って居たのだが、入院費を支払うと家族の生活費が捻出出来ないからだ。
僕は治療に専念する為、元嫁は子育てに専念してもらう為、納得してもらった。
み空さんとは毎日のように一緒に勉強をした。
AAについての事が大多数のなのだが、時には病棟プログラムに参加してスポーツをしたり、一緒に散歩に出たりもした。
閉鎖病棟とは言っても、休養度と言うランクがあり、病状が安定して来ると外出する事が出来るのだ。 とは言っても、外出出来る時間や回数は限られているし、行き場所や帰院時間を書類に書き、提出する義務がある。
いつしか抑うつ状態は緩和されて行き、元気が戻って来た。AAのミーティングにも積極的に参加し、笑い話が出来るほどに回復していった。
そして、僕はみ空さんに惹かれて行くのであった…
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アルコホーリクス・アノニマスにつきましては、個人の感想が多く含まれています。