喫煙室
閉鎖病棟のお話です。
みなさんは、精神病院や閉鎖病棟と言う言葉にどんな想像をしますか?
そこは、ちょっと面白く、ちょっと不可思議な、不思議な不思議な空間です。
その閉ざされた病棟の中、デイルームの一角には喫煙所があった。 2畳ほどの空間はガラス張りで、中には灰皿と椅子と換気扇という、至って普通の喫煙所である。
だが、一つだけ普通とは違う設備がある。
チェーンで吊るされたライター。6時半から23時までの間しか吊るされない。
病棟内では煙草は自己管理だが、火気やガスの充填されている物は持ち込めないのだ。
入り口に吊るされたライターで火をつけ、煙を燻らせる。
入ってくる喫煙者は、皆個性的だ。
気難しい顔のお婆さん。一本頂戴、一本頂戴、とせがんで来る。
優しい顔のお父さん。ニコニコしながらハァーと溜息をついている。
ギャルメイクの少女。巻いた金髪に派手なネイル、高いヒールを履いているが、どう見ても未成年だ。
大人しそうな青年。遠くを見つめながら、スパスパ吸ったと思えば足早に立ち去って行く。
チンピラ風の男性。僕の病状やどうして来たのか、然りに聞いてくる。
ガラス越しに見えるデイルームでは、小学生の少女が勉強をし、主婦が2人で立ち話をし、お爺さんとお婆さんがテレビを眺め、優しそうなお爺さんと先程のチンピラ風の男が将棋を指し、虚ろな目をしたお爺さんがごにょごにょと言っている横で、車椅子のお爺さんが「すみませーん!看護婦さん!すみませーん!」と叫んでいる。
なるほどなるほど、とんでもない所に入院してしまったな…
早く出ないと。出て働かないと。と、テレビを眺めながら、病室に戻ってベットに寝転びながら、漠然と考えつつも一日は過ぎて行く…
次の日の昼食後、喫煙所で一服しているとチンピラ風の男がやって来て、将棋を指そうと誘って来た。 将棋は小学生の頃ファミコンでやった事はあるし、実物も家にあったので駒の動かし方や詰め方は分かる程度の腕前。ほとんどはドミノ倒ししかしなかったが…
将棋を指したり他の人の棋譜を見たりしながら、少しずつ感を取り戻しつつも楽しんでいた時、同年代の男性に声を掛けられた。
彼の名はヒロちゃん。なんでもODをして練炭自殺を図ったらしい。
ヒロちゃんは中々テンションの高い人だった。 話も盛り上がり、笑いあっていた時にデイルームから外へと続く唯一の扉が開かれた。
数人の看護師、医師に囲まれて、その女性は入って来た。
「触らないで!近寄らないで!分かったから!大丈夫だから!」
どう見ても大丈夫ではない。僕とヒロちゃんは顔を見合わせ、元気な人が入って来たねと笑い合った。
その女性は、4人部屋では無い部屋へと連れて行かれた。 僕とヒロちゃんの名付けた別荘と呼ばれる部屋。保護室である。
保護室とは、自己や他人に危害を与える可能性のある人を隔離する為の部屋であり、作りはそのまま牢屋である。
廊下から繋がるドアを開けると、中には更に通路があり、独房のような鉄格子の付いた小部屋が4つほどある。 各小部屋には仕切りがあるが、鉄格子越しには通路になっている為に音は筒抜けである。
小部屋にはベッドとトイレがあるだけの、まんま独房だ。 また、男女混同で入れられる為、女性には最低最悪の環境である。
ヒロちゃんと、怖い怖いと笑いながら女性を見送り、また談笑へと戻る。 あの女性が僕の立ち直る切っ掛けになるとは知らずに…
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