オーバードーズ
弾丸ツーリングからモヤモヤした気持ちのまま過ごしていたのだが、一ヶ月後の1月中旬、再び深夜のツーリングに出かけた。
死ぬ前に一度は訪れたかった、島根県の出雲大社へとバイクを走らせる。
北九州から山口県を抜け、島根県へ。
念願だった出雲大社でお参りをし、そのまま鳥取へ。露天風呂に浸かり、今度は岡山県へ。
また温泉に浸かり、深夜の国道を広島県に向かう。
早朝5時、あまりの眠気に負けて、マイナス1度の寒空の下、公園のベンチで仮眠を取り、その日の夜に地元北九州へと戻って来た。
その足で親友の元へと訪れる。
親友は、僕が年長の頃からの付き合いで、心を許した唯一の親友だった。が…今から自殺しますとは言えなかった…
旅の思い出を話し、笑い合い、最後の別れを言う。
「また遊びに来るよ。またね!」
そう言い残し、そのまま幼少期に遊んだ山へと入って行く。
展望台のベンチに座り、ありったけの薬を手に取った僕は、大きく溜息を吐いた。
これで楽になれたら良いな…
そう思いながら、僕は薬を飲み干した…
気が着くと、ベッドの上で眠っていた。真っ暗な部屋だったが、薄っすらと光の漏れる扉が見える。ここがどこかは分からない。
腕には点滴がされており、酷く足元がフラつく。だが、猛烈な尿意に襲われた僕は、トイレを探して光の漏れる扉を開いた。
点滴が吊るされたスタンドを杖代わりにして『トイレ』と書かれた個室に入り、用を足す。
先程居た部屋に戻るが、まだ足元がフラつく。
とても眠い…頑張って部屋に戻ると、スタッフがやって来た。
「気が付きましたか?ここがどこか分かりますか?どうしてここに居るか分かりますか?」
矢継ぎ早に質問され、ボンヤリした頭で状況を思い出す。
「恐らく病院です。ODしましたがなぜここに居るかは分かりません。」
そう言い残し、僕は再び眠りに就いた。
翌朝、今度は猛烈な便意で目が醒める。
昨日よりは幾分頭も冴えてはいるが、まだ少しボンヤリしたままトイレへと向かう。
便器内が真っ黒に染まった…僕はイカになってしまったのかと錯覚するが、恐らく胃洗浄を受けて活性炭を投入されたのだろう。これは2日ほど続いた。
展望台でODをした後、巡回に来た警察に発見されたらしい。僕は寒空の下、パンツ一枚で寝て居たそうだ。
警察官が問いかけるも、反応は鈍く行動も異常だ。覚醒剤や薬物を使っていると思った警察官は、僕のバックを調査した結果、精神科薬のODだと分かったそうだ。
その後、僕は救急搬送されて胃洗浄を受け、また閉鎖病棟へと転院されたのだ。
また死ねなかった。僕はまた生かされてしまったのだ…
反省と後悔。
回復への希望が失われた僕は、またこの閉鎖病棟に入院したのだった。
誰と仲良くするでも無く、一人でひっそりと3ヶ月過ごした。
僕は絶望のまま退院させられ、独りぼっちの生活に戻って行った。
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