ノブの無い部屋
「車に跳ねられた!助けてくれ!」僕は叫んでいた。意識は朦朧としている為、記憶は曖昧だ。
遠くからサイレンが聞こえ、救急車がやって来た。救急隊員に状況を説明するが、意識は朦朧としている。ODした事、お酒を飲んだ事は伝えたが、車に跳ねられたのは定かでは無い。自分からぶつかって行ったような気もする。
次に覚えて居るのは、入院していた精神病院のロビーで車椅子に乗せられている所だった。
意識は朦朧としているし、顔は無表情だ。何の感情も無いし、周りの声も聞こえない。
僕は部屋へと運ばれて、衣服を全て剥ぎ取られる。手際良く病衣に着替えさせられ、先生が目の前で何か言っている。
何も考えられ無い僕は、先生に一言だけ言った。
「死にたいです」と。
先生は何かを言っているが、理解は出来ない。眠い…僕は目を閉じ、深い眠りについた。
どれくらい時が過ぎたのだろうか。再び先生の声で目覚めた。まだ意識は朦朧としているが、少しは考える事が出来る状態だった。
「おはようございます。ここがどこか分かりますか?」先生は言った。
「多分病院です」初めて見る部屋だが、少しは覚えている。
「貴方は自傷行為を行いましたので、精神保健福祉法29条に則り、措置入院させましました。希死念慮はありますか?」先生は強い口調で尋ねる。
「死にたいです。」正直に答えた僕は、そのまま眠りに着く。
先生は何かを言っているが、まだ眠たいのだ。
次に目覚めた時は、頭はハッキリしていた。強烈な尿意を覚え、トイレを探す。
6畳程の部屋には衝立があり、そこには便座も蓋も無い、ステンレス製のトイレが備え付けられていた。扉もなければ個室ですら無い、ただ衝立があるだけのトイレ。
天井には半球型のドームが付いている。恐らく監視カメラだろう。
壁は柔らかな素材に覆われ、少し柔らかな床にはシーツの掛けられていない青いマットレスと、シーツの掛けられていない薄い掛布、カバーの無い枕が転がっているだけだった。
扉はあるが、ドアノブは付いていない。そう、ここは保護室である。
トイレ前に立った僕は、病衣を下ろす。ゴワゴワした違和感から気付いていたが、やはり紙おむつを履いている。何とも言えない懐かしさが込み上げ、少し笑ってしまった。
青いマットレスに座り込み、窓を見てみる。
鍵のかかった窓の外には、時計が置かれていた。そこは出窓になっており、奥にはもう一枚窓があった。この時計に苦しめられる事になるとは、この時は思ってもみなかった。
時刻は8時。朝食の時間だ。お腹は空いている。
8時5分を回った頃だろうか、扉が開かれた。
スタッフはおもむろに、段ボールの箱を持ち込んで来た。これがテーブルのようである。
段ボールのテーブルに給食が載せられた。スタッフはお茶の注がれた紙コップを置き、部屋を後にした。ガチャンと閉まった鉄扉から、ウィーン…カチャンと音がする。オートロックのようだ。
朝食を食べ終わった頃、スタッフが再びやって来て、下げて行く。何かあれば呼んで下さい。と言われたが、ナースコールは見当たらない。
マットレスに横になり、ゴホンと咳をした。
ポーン…「どうしました〜?」天井から声がする。そう、音声反応式のインターホンだ。これにも後々苦労する事になる。
そのまま眠りに着く。どれくらい経っただろうか、扉が開き仲の良いスタッフが入って来た。
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