僕は死んだ。
この作品は、とある精神病患者の物語です。
同じ苦しみを持つ人の希望となり、励みになればと思います。
2013年4月4日。僕は死んだ。
幼い日々を過ごした、今は空き家になっている、古い一軒家。毎日見ていた風景を眺めながらしゃがみ込み、浅く速く、呼吸を繰り返す。
「ハッハッハッハッ… 」
意図的な過呼吸で血中二酸化炭素濃度を上げていく。
苦しい…寂しい…そして、悲しい…お母さんごめんなさい。
ガッ!と立ち上がり、電気メーターに引っ掛けた三重の輪にしたロープに首を通す。
「さようなら」
膝の力を抜き、ロープに体重を掛ける。
穏やかな山が騒音に包まれて行くような、頭に響く耳鳴り。絶望の底に落ちて行くように、辺りはどんどんと暗くなって行く…
青空。
透き通るような青空に、白い雲が流れて行く。
重い腕を伸ばす。その雲を掴むため…。
無音の世界に、次第に音が戻って来る。風の音、鳥の鳴き声、遠く離れた小学校の校庭で遊ぶ子供達の笑い声。
そして訪れる喉の強烈な違和感。
「がはっ…ゴホッゴホッ」
血を吐き出しながら、現状を知る。生きている。失敗した。死にたい。死にたい。ごめんなさい。死にたくない!
色々な感情が混じってパニックになりながら、ヨロヨロと隣家に辿り着く。
「助けて下さい!自殺しました!失敗しました!助けて下さい!ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…」
やがて、救急車とパトカーのサイレンが静かな山奥に響き渡った。
担架に乗せられ、救急病院に担ぎ込まれる。
検査の結果、縊頸痕以外の外傷は無し。
診察室で待機中、母親に連れられて嫁と子供もやってきた。
「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」
呼び出してしまってごめんなさい。死のうとしてごめんなさい。逃げ出そうとしてごめんなさい。助かってしまってごめんなさい。
翌日、通っていたクリニックからの紹介で、大きな精神病院へと入院になった。
病棟の扉は施錠され、病棟内を伺うことは出来ない。
閉鎖病棟。TVの中でしか見たことのない、閉ざされた空間。
おかしな言動の人、奇声をあげて騒ぐ人、虚ろな目でうろうろする人。
そのような世界を想像していた僕は、まるで飲食店のホールの様な、和気藹々とした笑顔が溢れるデイルームを見て、呆気にとられる。
同年代の男性や、少し年上な主婦。優しそうなおじいちゃんに気難しそうなおばあちゃん。真面目そうな女子大生にギャルメイクの少女。
老若男女が入り混じる、比較的古いその病棟は精神科急性期病棟。
イメージと余りにも違うその様相に戸惑いながら、付き添ってくれた親族に別れを告げる。
そして閉ざされるドア。もちろん施錠され、自由な出入りは出来ない。
その日の夕食。久しぶりに食べる煮魚の懐かしい味に喜び、自殺未遂を行ってしまった事を後悔し、精神病院に入院してしまった事に情けなくなり、涙を流した…