予想外ばかりの異世界転生
テンプレから外れた物語を書くのが好きなのだと気付いた今日この頃。
輪廻転生。
仏教では解脱できない者がするものであり、最近流行りの小説では何らかの不可思議な力によって魂だけが異世界に行ってしまうものである。
さて、皆様に質問である。
今の俺は果たしてどっちに分類されるのだろうか。
「ようこそいらっしゃいました。罪を背負いし者よ。
さあ、異世界転生の準備は万端ですか?」
後ろで無造作に纏められた紫紺の髪を揺らめかせ、瑠璃色の瞳でこちらをキッと睨み付けている少女が、何故か白装束を着て立っていた。もし彼女が異世界風の衣装でも身に付けていたら「異世界ファンタジーか」と納得できるのだが、何度瞬きしようと目を擦ろうと変わらず。
ただ一つ変わっていくのは、俺がそういったことをする度に段々眉間に皺が寄っていくことだった。
「………あの、ちょっと。すいません」
あまりの衝撃に現実逃避をしようとしていた俺は、射抜くような視線をこちらに向けている少女に声をかけた。
体感としては5秒くらいだが、あからさまに嫌そうな顔をしていることから推測してかなり時間は経っているだろう。
「貴方は私の存在を知覚するのに27.831秒もかかるのですか。突然の出来事に思考が停止したと仮定しても、長過ぎます。ですがまあ良いでしょう。これから謝罪とお願いをするのはこちらの方なのですから」
秒数長っ!そして細かっ!
…ちょっと待て、彼女は今謝罪とお願いと言ったか?そんなの、今日初めて会った人がするべきことではないはずだ。
「もしかして今謝罪されるような状況になってるの」
気になって質問すると、彼女は首肯し、平然とした顔で俺の体が今置かれている状況を詳細に話し始めた。
「端的に言えば貴方は死にました。整備不良の軽自動車が貴方に突っ込んだとのことですが、そちらに関しては私の不手際ではなくそちらの世界の方々によるものですのでご了承下さい。謝罪するのは別件です。
………気になるなら事故現場を見てみますか?」
「やめてくれよ!もういいよ!」
もっと思いやりを持って発言して欲しかった。
と言うか死因がまさかすぎる。普通こういうのは「私のせいですテヘペロ!だから代わりに転生させちゃうよ」って感じじゃないだろうか。何で当たり前のように普通の流れで俺が死んでるの。
腹立たしさより前に空しさがあった。真面目に生きて来たのにこんな呆気なく人生が終わるとかあまりに悲しすぎる。他人に迷惑をかけたことなんて殆どないから因果応報な訳がなくて、つまりこれは単純に運が悪かったというだけ。
「っざけんなよ…何で俺なんだよ!」
「何故と言われましても。人生は理不尽なものです」
私には関係ないです、みたいな顔で言いやがって。
こんな奴等が沢山いるからいつまで経っても救われない人がいるのだ。恵まれた環境に胡座をかいて恵まれない他者に目を向けないから、いつまで経っても世界はこんなにも醜いのだ。
「憤怒…これは私に対するものですね。何故ですか?私は貴方に一切の害を与えていません」
不思議そうな顔でこちらを見つめるその瞳には、先程のような険しさもなければ害意もない。あるのはただ純粋な好奇心だけだ。
何故ですか、か。そんなの決まってる。
「あんたに共感能力がないからだよ。俺が今何を考えているのかどうせあんたには分からないんだろうけど」
そう言うと、彼女は首を傾げて当たり前のように答えた。
「恐らく理解しております。だからこそこの提案をしたのです」
ほら、と彼女が虚空を指さすと、数秒前まで真っ白だったはずの空間にミシリと亀裂が入った。そして、突然に黒と青のマーブル模様になったり、かと思えば一面コスモスが咲き乱れる花畑になったりと目まぐるしくその在り方を変え始めた。
何だ。何なのだこれは。
「なん…」
「予め言っておきますが、先程の発言を訂正するつもりはありません。そのつもりで聞いて下さい。
私は高位世界の住人ですが、それはあくまでそちらに比べて高位にあるからそう呼ばれているだけです。自由に手出しできるのは従属世界であって下位世界ではありません。ですので私の世界の下位に位置するそちらで苦しさに喘いでいる者を、私は殆ど救うことは出来ません。従属関係にない世界に下手に手出しをしてしまうと、世界の境界が崩壊して両世界とも消滅してしまいますので」
専門用語が多過ぎてよく分からないが、頑張って彼女の言い分を整理すると「人生が理不尽なのは事実であり、それに苦しむ俺達を助けたくても助けられない」ということらしい。
じゃあ何で転生なんてシステムを作れているのだろう。
「最初に罪とか言ってたのは何だったん…?」
「転生する原因となるもの、なのですよね。異世界転生という枠組みは様々な書物によって形成されていたのですが、その対象となる者の定義がなかなか見つかりませんでした。なのでその原型となった、仏教における転生の定義を調べたのです」
やはり意味が分からなかった。そのような回りくどいことをする意味があったのだろうか。
疑問に思ったため詳しく話を聞いてみると、どうやら既存の枠組みを利用すればこちらにある程度の干渉が出来るのだということらしかった。それともう一つ、
「手伝って下さるとすれば、対価は必要でしょう?もしこの方法でそちらの歪みを元に戻せれば、世界の調和を乱さない範囲で願いを叶えて差し上げることが出来ます。例えば生き返りたい、とか。勿論その後の保障も万全ですよ」
胸が高鳴る。
世界の調和を乱さない範囲でと言っていたが、それは裏を返せば『調和を乱さなければ』どんな願いでも叶えてくれるというお伽噺のような契約だ。
嘘みたいだ。本当に手に出来るのなら、きっとどんなことでも…
ん?どんなことでも出来る?
「じゃあ何でその力を使って歪みを戻さないんだ」
そう呟いた瞬間。先程までまったくの無表情だった少女の顔に、くっきりと笑みが浮かべられた。
完成された彼女の美貌だが、先程までは目に見えて表情が動くことがなかったからか何も心を動かされることはなかった。が、今は徐に動揺してしまっていた。
「よくぞ聞いて下さいました!」
「近っ…ちょっ、何なんだ!突然どうした!」
それを例えるならば、家の近くの道路に金銀宝石が大量に落ちているところを目撃したような感覚だ。
綺麗だ欲しいと思うより先に、何があったんだという困惑が出てきてしまう。
「既に干渉された時間より前に遡れないからなんです!」
「は、はぁ…?」
「これが謝罪しなければならないことなのです。
貴方が承諾すればこれから歪みを戻すため異世界に転生してもらうことになるのですが…ぶっちゃけ言ってその歪み、完全にこちらの不手際なんですよね」
正直言おう。俺の感想としてはそれがどうした?である。
誰がどんな経緯で歪みを生じさせたのかはどうでも良い。それをどうにかすれば、死ぬはずだった命を救ってもらえるのだから万々歳である。
「何で俺に謝るの?それがなくても俺は死んでたんじゃないの?」
一応確認の意味を込めてそう尋ねると、彼女の口から予想内の返答と想定外の言葉が紡ぎ出された。
「はい。それはそうなのですが、私が謝る理由としては…歪みが広がるとそちらの世界が消滅してしまうからです」
「は?」
何でそんなことに!
「私の世界の住人が禁忌を犯し、そちらの世界に干渉して極小の隕石を降らせたのです。その結果それが一人の少女の近くに落ちてしまい…」
そうか、それで彼女を死なせてしまったと。だが彼女はこちらの世界になくてはならない存在だったのだろう。だから世界は軋み始め、歪みを生み出して…
「彼女の魂は時々体を離れ、その意思に関係なく下位従属世界へ干渉してしまうようになったのです。このままでは各世界が独立し、最終的にはその全てがそちらの世界とぶつかり合って消滅します。そうなれば私の世界もその被害を受けて半壊します」
全然違った!けどスケールがめっちゃでけぇ!
「これを引き起こした元凶、つまりは上層部が、私に全てを丸投げした挙げ句『この件は聞かれない限り答えるな』という呪いをかけまして。もし貴方が何も考えず転生を了承、もしくは拒絶してしまったらどうしようかと思ってたんです」
哀れだ。あまりに哀れだ。俺に人生は理不尽であると言ったのは別に身勝手な考えによるものではなく、その理不尽を現在進行形で経験中だったからなのか。
と言うか説明なしで異世界転生とか危なすぎないか?今の話を聞く限りでは、いくら高位世界とは言えあまり突飛なことは出来なさそうだ。だとすると、チートと呼べるような転生特典を与えられることもないのではないか?
「生存確率が…」
「はい。この質問がなければかなり低かったです。
こちらは高位世界なので、一応は下位従属世界に送り込まれる魂に対してどんな特典でも付与出来るのですが、能力値が高過ぎるとその世界から排除対象に認定されて魂が摩耗してしまいますのでアウトです」
現にそれで数人やられたらしい。
転生を受諾したは良いが、即座に「チートな転生特典を」と望む者がいたとか。詳しく話せない彼女はそれでも危ないということは伝えようとしたらしい。けれど事前知識を知らない彼等は彼女が能力を渡し渋っていると勘違いして、隙を見てそのまま奪い取っていったらしい。
「油断しました。せめてその危険性を伝えられていれば…」
「過ぎたことは仕方ないよ。それより、結局あんたは俺に異世界転生させて歪みを正して欲しいってことで良いわけだな?」
今の話が本当なら、少なくとも彼女自身は悪くない。同じ世界出身だからという理由だけでこれ以上謝罪を乞うのは酷だろうし、それにこのままでは埒があかない。
意向を確認するべくそう問うと、彼女は目を見開いて答えた。
「はい。ですが、本当に良いのですか?これから行く世界は下位従属世界、つまり私が手を出せないところです。
…生存の保障は出来ません」
律儀なのか馬鹿なのか。恐らくどちらもなのだろう。
使い潰せば良いはずなのにそうしない。もし俺が今断ったとしても、きっと彼女は了承してくれるのだ。でも、
「このまま何もしなかったら俺は死ぬんだろ?だったら生き残ってる可能性が高い異世界転生に賭けるのは当然のことだよ」
だからこそ何かしたい。
どうせ消える命だったのだし、一度くらい誰かのために命を懸けて何かをしてみたいのだ。
「………承知しました。それでは、異世界に転生していただくにあたってのご説明を。
記憶は継承されたままとなります。また、ステータスは転生後の周囲の環境に応じて変化することがあります。夢による同調は出来ますが、世界自体への介入はできません。任務は異世界改変を阻止しつつ、標的の魂から干渉能力を引き剥がすこととなります。
以上となりますが、宜しいでしょうか」
「ああ」
了承すると、彼女は優しげな笑みを浮かべて手を振った。
「それではご武運を」
意識が遠のいていく。視界が暗闇に包まれていっている。
ああ、これが転生というやつなのか…
ーーーーーご武運を。優しい人。
完全に意識を失う間際、そんな言葉が聞こえた気がした。
「起きろ。坊主」
目が覚めたのは、銀髪の美青年が俺を抱き上げた瞬間だった。
どうやら無事に転生できたらしい。良かった良かった。良かったんだけどさ、抱っこって普通の転生ものでは美人な母親がするものなんだよね。
…うん、不満とかアリマセン。だから赤子たる俺の感情を察して睨み付けないで欲しいな。俺の父親であろうそこの人。
そんなこんなのやり取りが続いて数分後。俺は彼に、ただの赤子相手であればかなりテキトーと言える抱き方をされながら異世界というものを見て回っていた。
やはり想像していた通り全体的に石や土が多く、俺が元いた世界に比べて科学のかわりに魔法が進歩している世界のようだ。ちょっとわくわくするが、これはあくまで任務である。あまりはしゃいではいけない。
「そんなにばたつくな。落ちるぞ」
いけねっ!無意識ではしゃいでどうすんだ!
しっかりしろ俺。夢の同調がまだない今、ここで一体何をすれば良いのかは分からないが、ともかく目立たず馴染むのが先決だ。
そう思っていたのが甘かったと知るのは、それから数年後。
「王様!今日の収穫はね、とっても良かったの!」
「聞いたか?王の横にいるあの子、元は捨て子だったんだよ。それをああも見事に育て上げたらしいぞ…さすが王だ」
「ああ、この前も…」
やばい。俺、実は王様に拾われていたらしい。
よく分からないけど多分俺が異世界改変してるよね!?任務どうすんの?このままいくと俺が世界を滅ぼすんじゃね?
頼む、説明を!誰か現状を説明してくれえええぇぇぇ!