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その後の店内ではアレンは死闘(瀕死だった)を繰り広げていた。
「、、、コ、コーラル侯爵」
「やぁ、アレン君じゃないか。君も何か見に?あぁ、ミレアに何か贈り物かい?結構なことじゃないか」
アレンはこれはまずいと、とりあえず話をあわせて店からの逃走をはかろうとする。
「は、はい。でもミレア嬢が気に入るものがなさそうなので、、」
「そうか、この店のものはミレアにはまだ早いかもしれないな」
そこに割って入ったのはミレアの母親である。
「あなた、違うわよ。こちらの方はね、私に髪留めを送ってくださるのですって」
ね?そういってましたわよね?と詰め寄られる。
「えっ、、、それは、、あの、、」
焦るあまり何も言えなくなってしまった。
「髪留め?どういうことかな、なぜ君が私の妻に贈り物を?」
「いえ、特には意味は、、はい、ないです。すみませんでした!」
「すみませんとはどういう事だ?」
コーラル侯爵は大分お怒りのようだ。
「まさか、、お前!」
アレンへ何か言おうとしたが妻に「あなたは黙っていてくださる?」と言われその後出番はなかった。
そしてミレアの母親が一つの商品を手に取る。
「ほら真っ赤な宝石のついた髪留めとはこれよね?似合うかしら?せっかくですからいただきますわ。どなたかこれを包んでくださる?」と侯爵夫人は店の者に髪留めを渡す。
買えるわけがない。いろんな意味で。
「あの、ここで失礼させていただ」
「あら?お支払がまだでしてよ」
「、、はい」
こうして高い買い物をさせられたアレンだったが当然支払えるわけがない。実家の名前でつけ払い。身分はコーラル侯爵が保証した。アレン、、、ボロボロどころではすまないだろう。
「用が済んだのならお帰りになったら?それともまだ何か贈り物をしてくれるのかしら?」
「いいえ、、はい。失礼します」
アレンはこれからの事を考えてか大分顔色が悪い。
「まっすぐお家に帰るのよ。いいわね」
「、、はい」
『カランカラン』
こうしてアレンは侯爵夫妻から解放され、これから恐ろしい目に遭わされるだろう両親の待つ自宅へと帰って行った。
ミレアの母親はアレンが出ていってすぐ店の者に話しかける。
「ちょっといいかしら?ごめんなさいね。この商品はコーラル家で購入させていただきますわ。間違ってもマレシュ侯爵家に請求などしないでね。あなた、いいわね?」
「もちろんだよ。で、アレン君はなぜ君と?」
「ぷっ、いじめすぎたかしら。それにしてもハンカチは傑作だったわ。ふふふっ。私の顔知らなかったのかしら?一度会っているはずだけど」
「おい、一体なんなんだ」
「あなた、彼はダメよ。ミレアにはふさわしくない」
侯爵は急に真剣になってそう告げた妻に何も言えなくなってしまった。
店での買い物を終えたあと、帰りの馬車でハンカチの件からの一部始終を聞かされたコーラル侯爵は怒りが頂点に達する。が、「あなたの見る目がどれだけないのがが良く分かりました」と言われ深く反省することになる。
++++
一足先に家へ着いていたミレアは帰って来た両親を出迎える。
「お父様、お母様お帰りなさい。ねぇねぇ二人のお出かけは楽しかった?何処へ行ったの?何かお食事はしたの?」
なんとも言えない顔をしている二人。父親の顔色が悪いようだ。
「お父様?」
「ミレア、すまなかった。私が間違っていた。あれはダメだ」
「あれ?お母様?」
「この人のことは気にしなくていいのよ。それより見てほしいものがあるの。ミレアのために沢山買ってきたのよ。気に入ってくれるといいのだけれど」
ミレアはテーブルの上に並べられたものの中に気になるものを見つける。
「これ素敵だわ。これはお母様のでしょ?とても似合うわ。さすがお父様ね」
「そ、それは、、、」
ミレアが手に取り父親にみせたのは、真っ赤なガーネットがちりばめられた髪留めだった。
アレンはセンスがあるらしい。
その日のうちに婚約の話は立ち消えとなった。