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吉光里利の化け物殺し 第二話  作者: 由条仁史
第3章 胸焼け
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 ドリンクバーにはレンドくんも一緒についていた。レンドくんも私同様、複数のグラスを持っていた。ちなみに私は2つ。紗那とジャックの分だ。私の分はない。飲み終わっていないグラスをわざわざ持って行こうとは思わない。レンドくんも2つ。レンドくんの分と、カノンちゃんの分だろう。


「リーダーも大変ですね」


 リーダーが注ぐ分も自分が注ぐと、まずレンドくんはジャックのジュースを注いでいた。本当にいい子だ。自分が頼まれてもいない仕事をするだなんて。こういう真面目で礼儀正しい子はそういない。今まで全く見たことのないキャラクターだ。


「……大変って?」


「いや、大変でしょう。あんな人たちをまとめるなんて」


 大変か、確かに、見方によってはそうだ。私自身としては大変なことは、あまりないと思っているけれど。……いや、結構あったか。化け物に会ってから、かなり多くの辛い思いをしていた。本当に、いろいろと。


 ジャック、紗那……まああとこの場にはいないけれどルートさんか。個性的なキャラたちで、私がまとめられる気もしない。私みたいな、無個性キャラは誰かの傘の下にいるのが一番だと思う。誰かの傘の下……というたとえは誰かに依存しているようにも聞こえるか。私はそんなことは嫌だ。だから、私は誰かと関係を持たない。誰とも何も干渉せず、つかず離れる。人との距離は保たず遠ざける。人と無関係でいるのが、私のスタンスだったはずだが。


 周りを見る――相変わらず油の臭いが漂う薄暗い店内だ。こんなところに私が来るようになるとは。まったく考えもしなかったことだ。自分がここまで、他人とかかわり、そしてともに行動するようになるなんて。焼肉屋に来るほど仲の良い人間関係を作ってしまうとは。


「まとめてるつもりはないけどね。あの人たちをまとめ上げることなんて、まったくできるとも考えてないし……使いっぱしられるくらいでいいと思うよ」


 自分でもなかなかに下手(したて)な発言だと思う。自らを卑下した発言。そういうことを言うやつはどうかと思っていたが、私が言うとは……まあ、別にいいけど。そこに変なプライドを持っているつもりはない。


「はは、確かに。ジャックさんも紗那さんも、自分を貫いていますもんね。正直、ある種の尊敬も覚えます」


 バカにしているというのが実情なのだろうと考えてしまうのは私の考え方がおかしいからか。でもどこかオブラートに包んで発言している感もある。はっきりと疲れる、とか嫌だ、とか言わずに婉曲的に物事を伝えるのだ。尊敬を覚えるという言動、なるほど、他人のことを悪く言わない……。いや、悪く言えないのか。

 つまりレンドくんのキャラクターは、そういうものなんだろう。他人のことを悪く言わない。そこにいる人間がどんな人間であろうとも、自分よりはいい人間だという。尊敬できると思う。それが意図的なキャラクターなのか、本当にもとからの性格なのか。それはわからないけど。


「尊敬、ねぇ……」


 私自身、ジャックや紗那を尊敬――したことはあるだろうか。いや、逆か。尊敬しなかったことはないのか。私は誰よりも嫌な奴だ。自分のことを卑下している……というのが無理に自分を悪く言う、ということであるのならば、私にそれは当てはまらない。私は無理せずとも、だれよりも劣った人間だ。誰も私と仲良くならない。私は誰とも仲良くできない。


 尊敬されようがないだろう。

 誰からも。

 絶対に。


「……そうだ、そういえばレンドくん」


「はい、何ですか?」


「どうして化け物と戦うの?」


 化け物と出会い――そして、戦うまで。一体何があるのか。私には到底理解できないところだ。誰かに絡まれたからと言って、売られた喧嘩は買わない。そこまで感情的にはなれない。心のない奴だと思われるかもしれないし、それは実際そうなのだろうけれど、だれでもちょっと考えれば分かることなのだ。そんなことに時間と労力をかけてどうするのか、と。自分の時間を費やして、どうにもならないことに足を突っ込むだなんて。


 判断能力が変わっていると言えるんじゃないだろうか。


 その点で言えば、ジャックやルートさん。ひいては紗那はそう言った頭のおかしい部類に入るわけなんだけど。……私の周りの人全員か。そうなるとこの考え方は少しおかしいのかもしれない。私の考え方がおかしいだなんて、今更な気はするけれど。


「どうして、ですか……」


 レンドくんはジューサーのボタンから指を離し、トングで氷を一かけらずつコーラの中に落としていく。炭酸が入った氷にまとわりつく。液体に少し透明な立方体が一つ、一つと入っていく。


「そうですね……どうしてプレイヤーズに入るのか、という意味でしたら、それはルートさんが誘ってくれたから、ですね。それしか言いようがありません」


「誘って?」


「はい。先週ほどですかね。いや、四日前ですか。ルートさんが私たちのいる施設に来ましてね。化け物を倒す能力者集団を作りたい、と言われまして。ならば入ろうと」


「……その、なんで入ろうと思ったの? 断るって選択肢もあったんだよね?」


 そんな面倒に付き合っていられるか。私だったら断るだろう。……まあ、その場の勢いにもよるか。この場合の勢いというのは、私の勢いではなく、勧誘する側、つまりルートさんが私を勧誘して来たら、という場合においてのルートさんの勢いだ。ルートさんがもし、私に有無を言わせないくらいの威圧感をもっているならば、私はそれに流されるだろう。一言の反論もしないだろう。


 でも、実際には自由意思による決定ができるはずだ。この幼い二人に決定権もなく、無茶なお願いをさせるわけにはいかないだろう。いくらヤクザとはいえ、そのくらいの常識、人間的な考え方はルートさんにもあるはずだ。私に人間性があるかと言われれば、微妙なくらいだけど。


「はい、もちろん、実際に断った人もいました」


「レンドくんは……あと、カノンちゃんは、どうして?」


 どうして、そんな誰かの思想を聞くなんてことも、私にはなかったはずだ。そこまでするほど、私の興味は他人に向いていなかった。私も変わったのだろうか。


 ……変わる、ねえ。

 いままで散々変われなかったのに、今更どうして。


「……あの、このことはかなめには内緒にしてほしいんですけど」


「うん」


「実はですね。僕は自分から誘いに乗っていたわけではないんですよ」


「え?」


 自分で志願していたわけではない? 化け物と関わろうなんて好きでやろうとしている人以外は思わないだろうに。自分でしたいと思わなければ、こんな数奇なことはしないだろうに。


 あ、そうか、他人から強制されたら、そうなるだろうか。私みたいに、誰かに流されて……いや、そうでもない。自分で選んだはずだ。自由意思があるはずだ。


 ということは――なんだ?

 どういうことだ?


「どういうこと? ルートさんが強制したわけではないんでしょ?」


「はい」


「……?」


「はは……まあ理解してはくれないでしょうけどね。いや、理解というより納得ですか。実はですね……かなめのほうが志願したんですよ」


「……ああ」


 かなめちゃん――カノンちゃんの志願。それによってレンドくんも志願することになったと。


 そういうことか。確かに、理解はできたが納得はできない。レンドくんとカノンちゃんの関係についてもそうだし、そうでない部分。つまりカノンちゃんはなぜ志願したのかという疑問がある。そこが納得できない部分だ――まあ、理解できない部分とも言っていいかもしれないけれど。


「それで、レンドくんも志願する……いや、それもどうして?」


「かなめは……僕の妹なんですよ。実の、妹」


「……え? え?」


 レンドくんと、カノンちゃんが、兄妹? 確かにそういう風には見えたけれど。苗字は違ったから違うと判断した――えっと、なんだっけ。


 友くんとかなめちゃん……あれ、下の名前は出るけど苗字が出てこない。まあ、覚えていることのほうが今まではあまりなかったんだけど。むしろ紗那やルートさんのほうが……いや、ちょっと待って。紗那は星宮紗那でしょ、ジャックはともかくルートさんは龍斗さん。龍を(はか)る。そう書くけど、苗字は……しまった。思い出せない。


 そうだった。私は他人の名前をろくに覚えられない人間だったのだ。


「浜崎友と、花坂かなめ、苗字は違いますけど、それは単に、家庭の事情というやつです」


「……そうなんだ」


 苗字はともかく。家庭の事情か。そうなったら私がどうこう言えるような問題ではない。単に聞きに徹することしかできない。


「もともと同じ家に住んでいてよく遊んでいたんですけど、両親の離婚とともに苗字も変わって……そして、僕の家が化け物に襲われて、施設に入った。で、そこにはかなめもいたといわけです」


「……かなめちゃん――カノンちゃんは」


「僕と同じように、化け物に家族を殺されたんでしょう。花坂家で何がどうなったのかはわかりませんけれど……そうして、僕とかなめは同じ施設に入ることになったんです。その意味では、化け物は別れていた兄妹を再会させた、立役者とも言えるのかもしれません」


「…………」


 化け物のことをお手柄だと、よくやってくれたとは、まったく思わない。確かに、家庭の事情によって離れ離れになってしまった兄妹を、再び引き合わせるなんてそれは素晴らしく良いことなんだけど、評価されるべきものではない。そこに善意はないのだから。ただ結果がそこにあるだけで、関連性や因果、誰かの意図を考えるのはただの妄想だ。化け物に善意があって引き合わせてくれたのか、なんて考えるのはただの無駄だ。


「化け物に感謝なんか、全くしませんよ」


 私の考えをそのまま映したかのように、レンドくんはそう言った。


「純粋にかなめに再会できたのはうれしかったですけどね……まあ、かなめのほうは僕を覚えていなかったんですけどね。まだ幼稚園にも入っていなかったから、覚えていないのはまあ当然と言えば当然なんですけどね」


 はにかみ笑いをしながら最後の一杯を注ぎ終わる。氷を入れる。4つのグラスのうち二つを私に手渡す。両方コーラだ。


「だから、化け物退治に、プレイヤーズに加入をしたんだ。妹のために……」


 妹のために自分も危険な目に遭おうとする。理屈の上で言えばこれほどまでに愚かな行動はないと言えるけれど、さすがの私もその人間の情を介さないほど血液が冷え切っているわけではない。家族が危険な目に遭いそうな時に、自分が体を張ろうとする愛情はすばらしいものだ。


 うらやましいものだ。


「……で、カノンちゃんはどうして? どうしてプレイヤーズに加入したの?」


「さあ。それは僕も知りませんけどね。聞くタイミングがないというか……あのかなめのことですからね。どういうときに声をかければいいのか、自分でもまだよく分かってないんですよ。実の兄なのに――」


 実の兄。血はつながっているだろうが、心がつながっているかは別か。信頼関係が結ばれているからと言って、自分の情報をあけっぴろげにできるわけでもないし。


 ……本当に。家族って、なんだろうね。

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