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吉光里利の化け物殺し 第二話  作者: 由条仁史
第2章 能力兄妹
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「……えっと、えっと」


 おろおろしてみんなを見渡すカノンちゃん。この場にいる全員が今やカノンちゃんを見ており、逆に言えばカノンちゃんは10の瞳に囲まれていたわけだ。小学生……しかも内気な子にとっては恐怖だろう。高校生である私、紗那、ジャックはまだいいだろうが、ルートさんは本物のヤクザだからとても怖いだろう。知り合いだからと言ってその恐怖感は拭えないだろう。


 むしろこの子自身、他人を怖がってしまう性格の持ち主なのだろうか。そうだったら仕方がない気がする。


「お……お兄ちゃん……」


  泣きそうな顔になりながら、カノンちゃんはレンドくんのほうを縋りつくように見る。レンドくんはそんなカノンちゃんの様子にも慣れているのか、なんでもないかのようにカノンちゃんの頭を撫でる。


「お、お兄ちゃん? え? 苗字は違うよね?」


「まあ、違いますよ。ただ、兄妹のように過ごしてきたので……」


「な、なるほど」


「それにしても、カノン。しゃんとしなさい。ほら、自分の能力を説明するんでしょ」


「で、でも……でも……」


「まあまあ、カノンの能力は、説明しにくいからな」


 ルートさんがフォローに入る。


「どういう能力なんだ?」


「言葉の上だけで説明するなら、情景を共有する能力……ってところか」


「情報を共有?」


「パソコンか何か?」


 ジャックも紗那もルートさんの言葉を分かっていないようだった。もちろん私もわからないのだけれど。そこまで私も理解力のある方ではない。


「そうだな……難しいよな。カノン、やって見せろ」


 ルートさんはそう言うけれど、当のカノンちゃんはそれでもぽーっとしていた。しばらく沈黙が流れて、カノンちゃんはビクッと体を震わせた。


「あ、はい! はい! ……えっと、えっと」


 カノンと呼ばれたのは今日が初めてだったのですぐには反応できなかったのだろう。というよりも、カノンちゃんは反応があまり良くない方なのかもしれない。どこかぽーっとしているというか、それでいて慌てやすいような。不安定な精神状態だ。毎日苦労が絶えないだろう。


「ど……どなたにすればいいでしょうか」


「ん、リーダーにすればいいだろ」


「リーダー……えっと、リリお姉ちゃん……?」


 リリ……お姉ちゃん?  初めて呼ばれる呼称に、私は戸惑いを隠せなかった。少し言葉を詰まらせる。


「リリ――お姉ちゃんんん!?」


 紗那が私の呼称に過剰なまでに反応する。なんだなんだと、私も驚いてしまう。もちろんカノンちゃんもびくんっ! と驚く。ここまで驚いていては毎日がかなり苦労するだろうが、この子は大丈夫だろうか。そんなことは関係ない。どうして紗那は叫んだのか。紗那の行動には訳のわからないところが多々あるから困る。


「あああぁ~! いい! いい! その属性! 妹属性! ああぁ~! かわいい!」


 言動のすべてに感嘆符をつけているとも思えるような、すっごくキラキラな目をしている紗那。とびっきりの笑顔。恍惚とした表情とはこのことを言うのだろう。体を震わせながらくねらせて、カノンちゃんのことを少し危なっかしい目で見る。その、変態チックな目で。


「サニーおねえちゃん! って呼んでいいよ!」


「さ……さ、サニーおねえ……ちゃん?」


 びくびくした様子で、半ば怯えている様子で、カノンちゃんは紗那の言葉を復唱する。ただ言われたように言っているだけで、そこにお姉ちゃんに向けての思慕というものはまったくなかったのだけど。


「うおおおおおおぉ!! いい! 良い! 本当に良い!」


 テンションを上げ続ける紗那だった。うわぁ……と周りの冷たい視線が紗那に集中する。ジャックでさえ、ルートでさえそんな目をしている。レンドくんは、変わらず微笑を讃えている。


 そこまで妹属性とは良いものなのか。理解できない。私に兄弟姉妹がいないから、というのが原因だろうか。いや、紗那も一人っ子なのだった。ならばそれは関係ない。ただ、私とは違う価値観で生きているということか……幼い女の子からお姉ちゃんと呼ばれることに快感を覚えるようになるとは、まあ理解できないわけではないけれど、それでもおかしいとは思う。


 頭か、何かか。

 人格か?

 少なくとも、今の紗那の震えている様子を見る限りではそう思ってしまう。


 ……怖っ。


 そんな紗那に怯えつつ、カノンちゃんは私の手を握る。その瞬間――頭の回路が何かに接続した――そんな感覚がした。自分一人で完結するはずの、完結しているはずの思考回路が、他人のそれと陸続きになったような。奇妙な感覚に襲われた。自分の考えていることがそのまま伝わるような。自分の思っていることがそのまま相手にも伝わり、相手の思っていることがそのまま自分にも伝わる。


 相互関係のあるコンピューター。というよりも二人で一人のような。明らかに自分ではないものが自分と共生しているような。そんな感覚さえした。


「これが……」


「わた、わ、私の能力……情景移植(プラントビジョン)です」


 言葉で会話するのが無駄なように思えてしまうほど、この思考回路がつながっているように感じる。そう……べんり。おや、カノンちゃんの思考が私の思考に混ざっている。あわわ、よろしくお願いします。ああ、こちらこそよろしくお願いします。思考の中であいさつするなんてこれほどまでに奇妙なことがあるだろうか。そのくらい言葉ですればいいのに。はい……そのとおりですね。ごめんなさい。いや、別に責めたりしているわけないよ。とても便利な能力だって思っているだけだよ。便利ですよ。はい。言わなくても伝わるのは、とても簡単でいいです。簡単、か。確かに。それで会話ができるんだったらこういうしどろもどろの話し方になっても無理はないか。しどろ……? いや、いいよ。ところでこの能力って頭の中で話すだけなのか? い、いいえ、そんなことないです。思ったことを共有することもできますよ。思ったことの共有? 正直、そのイメージができない。たとえば、昨日の晩御飯とか覚えてますか? 昨日の晩御飯? そうだな。なんだっけ。野菜炒めでも作ったんじゃなかったっけ。ああそうだ。野菜炒めだ。キャベツと人参、そして玉ねぎを炒めてお好み焼きソースで味付けしただけのお手軽もの。おいしそうですね。あこがれちゃいます。カノンちゃんは普段どんなものを食べているんだろう? 私のご飯ですか? だいたいカップラーメンになっちゃうんですけどね。友お兄ちゃんと一緒に食べます。へえ、仲のいい兄妹だな。いや、兄妹じゃなかったのか。


「……さっきから二人して黙り込んで、何の話してるのー?」


 紗那が私たちを覗き込んできた。突然お姉ちゃんが話しかけてきたのでびっくりします。おや。そんなにびくつかなくてもいいのに。別に怖い人じゃないんだから……多分。

 私はカノンちゃんから手を放す。立ち上がって、ルートさんと目が合う。


「どうだった?」


「便利な能力……じゃないですかね」


「へぇー。私にもやらせてやらせて!」


 紗那がしゃがみ、カノンちゃんの手を握る。いきなり手を握られたカノンちゃんは軽く後ろへ下がるほど驚いた。


「おおおーすごい! すごいってこれ!」


 紗那が、感嘆の声を漏らす。


 ……私は、とても安心していた。

 心の奥底は、どうやら見られていなかったようで……私のどす黒い部分が、カノンちゃんにばれなくてよかった。


 私の、心の真っ暗な部分。人を人とも思わない、薄情な部分を。

 こんな小さな子供に、見られなくて本当によかったと思う。


 私は誰にも知られないように、深く、息をつく。


 カノンちゃんの能力に対する感想は、感嘆よりもむしろ……安心だった。

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