表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吉光里利の化け物殺し 第二話  作者: 由条仁史
第2章 能力兄妹
4/32

 日曜日。学校が休みであり、学生にとっては幸せな日。かの聖書でも安息日としっかりと書いてある、らしい。まあ、世間にはそんな幸福な日であるにもかかわらず学校へ出征しなければならない進学校の人もいるわけだけど。本当にお疲れさまだと思う。しかし私の通う学校は進学校でも何でもないただの公立高校だ。忙しいことは何もない。

 だから本来休みであり家に終日こもっているはずだったのに。

 今朝、ルートさんから電話があった。

 いつも通りの時間帯に起きて、いつも通りに朝食を食べて、何もすることなくテレビを見ているときにだ。特に何もすることがない、いつもどおりの日のことだった。予定なんて何もなくて、誰かと会うなんてこともない、いつも通りの日だった。

 そのはずだった。


「もしもし、ルートさんですか。どうかしたんですか?」


 突然の電話に不審を覚えつつ、私はケータイの着信に答える。


「おう、リーダー。今日の予定は空いているか?」


「り……リーダーって」


 呼び慣れていない呼称に戸惑う。そんな名前で呼ばれることになるだなんて、予想だにしていなかったのだけれど。いや、本来ルートさんは私のことをリリって呼んでたっけ。もともと本名じゃなかったね。

 でもリーダーはそういった名前をもじったあだ名とは一線を画しているように思う。名前をもじったものはただの愛称で、ふざけている感じが強い。まだまだ遊びの範疇だ。でも役職名で呼ばれるのはそれとは異なる。立場として当然のことを求められている感じ、とでも言おうか。何とも言えないプレッシャーがある。


「別に私、なりたくてなったわけじゃ……そうですよ。ルートさん、私をリーダーにすること、どうして了承しちゃったんですか」


 ルートさんが私をリーダーに推薦したから、私はチーム、プレイヤーズのリーダーになってしまったのだと言える。ルートさんさえ否定してくれれば、あの場は私をリーダーにするようなことはなかっただろうに。というかルートさん、どうして私を推薦したんだ? そんなことをしてうまくいくとでも思っているのか? 統率力のない人間がリーダーになったところで、良いことなんて一つもないだろうに。そのくらいのこと、ルートさんなら分かってくれていると思っていたのに。


「ああ、お前しか適任がいないと言った」


「…………」


 紗那の言っていたことは本当に本当だったのか。私はあのときルートさんの声を直接聞いたわけではないから、本当のルートさんの意志というのはわからなかった。しかしこうして直接――まあ電話越しだが――耳に入ってくるのであれば受け入れるほかはない。納得するほかはない。


「な、なんでですか」


 訊ねずにはいられなかった。どうしてこんな無謀ともいえることをしたのか。まあ、まだ何も起こっていないから無謀も何も企みもないのだけれど。それでも意図だけは知りたかった。何事かよく起こるであろうチームなので、何事か起こる前に私はリーダーを辞任したいと思う。


「化け物との戦いにおいて重要なことは、まずは情報を集めることだ。あの化け物の倒し方――消滅まで至らせる殺し方を探らなければならない。倒した都度に蘇ってくれちゃあ困るからな」


「ま、まあそうですね」


 情報か。まあ確かに、戦争は情報戦だって聞いたことがある気がする。ああ、あれか、敵を知り己を知れば百選危うからずというか。あの正体不明、意味不明な化け物を理解し、そして倒す。化け物だから、この世のものではないものだから。そんな言葉で化け物に向き合うことをあきらめてはならない。そんな無責任な言葉で逃げてはならないのだ。

 ……逃げたいけど。

 リーダーになるとなればそんなことも言えない。

 モチベーションの低さはチーム随一かもしれない。そこで随一になっちゃいけないんだけど。


「だから、積極的に化け物に関わっていかなければならない。化け物とできる限り接触を取らなければならない。戦う回数を増やすんだ。できるだけ安全に、できるだけ効率的に。そのためにはリリの能力が必要だ」


「は、はぁ……」


 理解することはできる。化け物は神出鬼没だという――私と出会う前からジャックとルートは化け物に出会っていたというのだから――だから、化け物による被害をできるだけ出さないようにするという意味も含めて、私たちの周りに留めておきたい。そのほうが戦いやすいし、ルートさんの言うように情報も集められるだろう。そのためには化け物がこの街に住み着いている理由――私の能力に拠っている。

 私の能力。化け物を引き寄せる能力に――。


「化け物を引き寄せる。そのためにはお前に生きていてもらわなきゃいけない。お前がせめて生きていないと化け物を引き寄せることなんかできない。逆に言えば、俺たちはお前を守らなきゃいけない」


「……ありがとうございます」


「いや、そこは感謝されるところじゃねえよ」


 違ったのか。

 男の人に守ってやると言われたら感謝しなきゃいけない気がしたのだが、今はそういうときじゃないのか。


「まあ、つまりお前しかいないわけだ」


「私しかいないって……」


「ああ、そうだったら、リーダーはリリしかいない」


 そういう話になるのか。

 えぇー。


「守るべき人物を中心に置くのは定石だ。前線に出すわけにはいかない。お前は化け物にとっての顔役だ。チームのシンボルだ。戦国時代的に言えば、天守閣だ。お前はそこで敵を迎えなければならない。もちろん俺たちがあいつを払うわけだがな」


 淡々とした口調でありながら力強い意志をこめた言葉。私はその言葉を聞きながら、ルートさんも良くも悪くも愚直な人なんだなと感じた。化け物のことにまっすぐだ。まっすぐすぎる。心の内に秘めているその熱さはジャックと同じくらいなのだろうけれど、ルートさんの場合はその思いを淡々と、眈々と行動に移している。虎視眈々と――化け物を倒す機会を狙っている。

 私に出会ったのは、ほんの1週間ほど前のことだ。それほど長い時間一緒にいたわけではない。でもルートさんは私のことを貴重な駒として扱ってくれる。駒という言い方は悪いかもしれないが、やはり駒なのだ。駒と繰り手の主従的な関係があるわけじゃない。だって――ルートさん自身が、駒なのだから。

 だから、ルートさんは自分をリーダーにしなかった。

 彼もまた、繰られる側なのだ。化け物に振り回される。駒に過ぎない。


「……リーダーって、何をすればいいんですか? 私、特に何もできる気がしないんですけど」


 リーダーになりたくない一番の理由はそれなのだ。何をすればいいのか? その行動が問われる立場になるのだ。不用意なことはしてはいけないし、行動は常にチームに利するようにしなければならない。そんなの気持ちで何とかなると言う人もいるが私の場合はその気持ちがない。化け物を殺したいという衝動はさっぱりなく、今もあの化け物が本当にいるのか、実感が持てないでいる。そんなことを言い出したらこの現実で実感を本当に持てるものがどのくらいあるのかという話になるのだが。少なくとも私は明確な目的意識を持って化け物を殺そうとは思っていない。

 ただ普通の日常を送りたいのだ。


「作戦の指揮をとるのが、だいたいのリーダーがやることだ。唯一の非戦闘要員だからな。全員に指示を出すのが妥当だとは思う。しかし、そんな役が実際に戦ったこともない、カタギの世界に生きているリリにできるとは考えていない」


「…………」


 カタギの世界。

 そうだった。向こうはヤクザの世界なんだった。


「そうだな……確かに、リーダーといってすることはあまりないと思う。だが、チームメンバーに最も近しいのがお前というのも事実だ」


 それは紗那のことを言っているのか。確かに学校内においては紗那とルートさんは連絡を取りにくいだろう。知り合ったのも、私を通じてのことだし。


「チームメイトの状態把握。そしてそれを全員で共有すること。この間の紗那のような、化け物を生み出しかねないような精神状態じゃ戦いなんてできるわけがないだろ。常に真剣勝負。失敗は一度も許されないんだ。いや……すでに何度も失敗しているようなものだがな」


 失敗。ルートさんの言う失敗は何を指すのだろうか。

 想像したくはないことだが、想像できてしまうことだった。

 あの日、紗那が化け物から受けた傷。化け物の一撃。背中が制服ごとばっくり裂けて、そこから覗いてくるのは肌色ではなく何よりも赤色。鮮血が噴き出していた様子が今でも思い出される。あれをほぼ至近距離で、直接見てしまったのだから忘れるというほうが難しいか。

人間というのは不思議なものだ。覚えていることと覚えていないことの境目がはっきりしない。化け物がいる、とかそういうことはあまり現実味が持てないのにあの日の紗那の負傷だけは覚えている。いかんせん衝撃的だったのだろう。目の前で人が傷を負うというのは。目の前であれほど暴力的なことが起こったというのは人生のうちにほんの数えるくらいしかないだろうから。


「それで本当の用事だが」


「あ、そうでした。えっと、なんでしたっけ」


 ルートさんの話を聞かずに、私がリーダーという役職について質問してしまった。そもそも電話をかけてきたのはルートさんなのだ。何か用事があってかけてきたに違いない。


「お前の家に車を出している。ちょっと来てくれ」


「へっ?」


 車? というとどこかに連れていくのか?

 ルートさんが私の家に車をよこして、そしてどこかに連れて行こうというのか。


「じゃあ、頼んだぞ」


「え、あ、ちょ」


 そこで電話は切れた。用事はそれだけで済んだのか。一分もたっていないかもしれない。私は本当に余計に時間を食わせてしまっただけなのか。ルートさんに悪いことをした。ヤクザがどのくらい忙しいのかはわからないが、多忙なルートさんに時間を取らせてしまった。いや、多忙だというのは私のただの偏見か? 私の質問にちゃんとしっかり答えてくれたので時間はあったということだろうか。ううん。それはわからないな。

 そんなことはともかく私の家にルートさんの車が来る? 車っていうと、普通の乗用車か? いや、そんな気は全くしない。おそらく、あのリムジンだろう。あの黒塗りの高級車が、私の家の前に来るのか?

 ……考えてみれば、そら恐ろしいことだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ