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吉光里利の化け物殺し 第二話  作者: 由条仁史
第1章 諦観
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「リリがリーダー? うん、いいんじゃないのか?」


 ジャックはあっさりと承諾した。


「ほら、ジャックもこう言ってるよ」


 紗那もその言葉に同調する。


「いやいや、無理だって」


 放課後、いつもの路地の前。そこで私たちはいつも落ち合う。私が帰ってくるときに合わせて、ジャックはここで待っている。そういえばこんな状況が前にもあったなと思う。その時はジャックとデキているんじゃないかと紗那に冷やかされたっけ。そんな考え方がどうして最初に出てくるのかはわからないが、そうしている紗那はとても楽しそうな顔をしていたのを覚えている。


 そして今回も、私を囃し立てて遊んでいる。

 ……こういうのは嫌だけど。


「まー、リーダーは誰でもいいと思うけどな。そんなもの、化け物を殺す上では何も変わらねえし」


 そもそもジャックはリーダーが誰かということにあまり興味がないようだ。ジャックはこのチームについて化け物と戦うこと以外あまり考えていないらしい。というか、プレイヤーズという名前を知ってるんだったか? 私はジャックと連絡を取り合うことはあまりないので、知っているとしたら紗那が教えるしかない。紗那もとりあえずジャックの連絡先を知っているはずだから、プレイヤーズという名前は紗那経由で伝わるだろう。果たして伝わっているのだろうか。


「ちょっとまってちょっと待って、私がリーダーなんて無理だって! ルートさんだよ、ルートさんのほうが統率力あるしさ、一番リーダー向きでしょ! 絶対にルートさんのほうがいいと思う!」


「ははははは、そこまで嫌がることはないだろさとり。リーダーっていったって何もすることはないんだし、別になってもいいんじゃないか? お前、責任感はあるだろ」


 また責任感に関して言われた。だから責任感なんて私にはちっともないって。いざピンチになったら私逃げだすよ? 見捨てるよ? それでもいいの? って私がいずれ追われるんだった。化け物は私によって来るんだった。つまり私がピンチになったらもう終わりじゃないか。誰も私を助けてくれる人がいなくなってしまう。


「ほらほら、ジャックも推薦してくれてるんじゃん」


「いや、無理だからそんなの。リーダーなんて。第一責任感なんてないし」


「いや、あるだろ。つーか、責任感なんて必要ないだろ。こんなグループで。あくまでも化け物を殺すためのチームだ。化け物とは生きるか死ぬか。いざとなったらリーダーとかそんな無意味な上下関係なんかなくなっちまうって」


「う、まあそうだけどさ……」


 いざとなったら人間はただの生物に戻る。動物に戻る。死の危険を感じれば人は何をしだすかわからないという。落ち着いている人が落ち着きをまるで失ったかのようになるように、普段しないことをするようになることがあるらしい。


「どうしてもっていうならルートさんに確認してみれば? 全員が了承すれば多数決で決まるでしょ? ま、半数とっている以上で私たちの勝ちなんだけどね」


「勝ちって何なの、勝ちって」


 何と戦っているんだ。


「そりゃあ、さとりをプレイヤーズのリーダーにする戦いだよ」


「そういう戦いする?」


 プレイヤーズの目標は化け物と戦うことだったと思うが、その前にチームリーダーをだれにするのかで戦うとは……。何のためのチームなのか分からなくなってしまう。


「えーと、ルートさんは……っと、これだ」


 紗那はケータイをポケットから取り出し、ぽちぽちぽち、と操作して耳に当てる。


「もしもーし、ルートさんですかー?」


 気の抜けたような、それとも気の置けないような口調で紗那は電話の向こうの人に話しかける。気の置けない口調で話せる人じゃないんだけどなぁ。ルートさんって。ヤクザだし。ヤクザと気の置けない話し方をするなんて、命知らずとしか言いようがないと思う。普通の女子高校生にできることではない。


「あー、お忙しい中すみません。プレイヤーズのことなんですけど、ちょっといいですか? ほんのちょっとだけ」


 ちょっとだけ、と言いながら紗那は実際にも指を狭めるジェスチャーをする。その様子が見えているわけでもないのにそういうジェスチャーをするのはどういうことなのだろう。伝わらないことは分かっているはずなのに。


「ああ、はい。リーダーを決めないかって話になったんですけど……。……え? はい、はい……。……ははは、はーい! 分かりましたーありがとうございましたー!」


 やたらと上機嫌になりながら、紗那は電話を終える。スマホをぽちっと押して、ポケットにしまう。にやにやしながら、私のほうを見る。なんだよ。何かあったのか?

 電話の内容を察するに、私をリーダーにしたいという話は出ていなかったようだ。紗那はその提案をすることはなかった。


「ルートさん、オッケーだって!」


「……へ?」


 何がオッケーだって?

 私がリーダーになるという話はなかったみたいだったけれど。ルートさんは一体何を紗那に話したのだろう。


「ルートさんも、さとりがリーダーになることを認めてくれたよ! やったね!」


 一瞬耳を疑った。最後の綱が、頼みの綱が切れてしまった。そう思いながら、私はもう一度紗那の言葉を聞きなおそうと言葉を紡ごうとする。


「それは、どういう」


「だからー、ルートさんも賛成ってこと!」


「え、ええええっ!?」


 嘘でしょ。ルートさんなら「そんなこと決める意味はない」とか、「だったらまとめ役である俺だろ」とか言ってくれると思っていたのに。予想と言うか期待と言うか、何を期待していたのだろうとは思うが、裏切られたようでショックだ。


 というか、本当にそう言ったの?

 紗那の聞き間違いじゃないのか?


「聞き間違いじゃないの……?」


「ううん。そんなことないよ。だってルートさん言ってたよ『それならリリにするほかないだろう』ってね」


「う、嘘ぉ……」


 紗那のしてやったりという表情から察するに嘘はついていないのだと思う。でもだからこそ嘘ではないのかと考えずにはいられない。というか、私はそう考えたい。なんだって? 私にするしかない? 私以外に適任がいないってこと? どういうことだろうか。ひょっとするとルートさんにはルートさんなりの考えがあって私を指定したのかもしれない。私には到底想像がつかないけれど……。


「な、なんで?」


「んー? なんでかは知らないよ。『今更何か考えることでもあるまい』って言ってたし」


「考えるまでもないって……」


「おうおう、じゃあ本当に、リリがチームリーダーってことで決定なのか」


「え、えええ!?」


 決定だって!?

 そんなこと、絶対に無理なのに。リーダーなんて器になれる気はしないし、そもそもジャックやルートさんのことをリードできる気もしないんだけど。あんな我の強い人たちのことをどうやってリードすればいいというのか。まあ、私より我が弱い人なんていないんだろうけど。ならば本当に牽引力がないんじゃないか? 私には。


 とか、そんな言い訳じみたことを脳内では叫んでいたが、実際に口から出てくる言葉と言えば、言葉にならない言葉。つまり何も言えずにいた。


 ジャックはもう私がチームリーダーになることを納得しているようであり、紗那は今更断ることもできないからあきらめろというような微笑を称えてくる。この場で納得していないのは私だけのようだ。


「あー、えーっと……もう、認めるしかないのかな」


「そーだよ。もう諦めな。さとりはリーダー! うん、いいんじゃないの?」


 何がいいのか。


「ははは。いいじゃねえか。リーダー。俺たちの司令塔にでもなってくれよ」


「し、司令塔!?」


 そっちのほうがよっぽど無理だ。私が人を指図できるわけがない。指示して誰かを動かしてきたことなんてないのだから。今まで誰かに何かをお願いするなんてことはあまりなかったのだから。


「おぉーいいね。司令塔。私たちが戦って、さとりが……あ、そうだ。わたしもさとりのこと、リリって呼んでいいかな」


「えっ……まあ、別にいいけど」


 もうその呼び方にも最近慣れつつあるので、私は簡単に了承できる。今更この二人に私が何を言ったって通用しないだろうからね……もうどうにでもなれ。状況には流されよ。長いものには巻かれよ。投げやりな気持ちにならざるを得なかった。


「リリが司令塔、私たちが戦う。うーん。いいね! このコンビネーション!」


「そ、そう……」


 だから指令なんかできないって。


 人との戦い方も知らないのに。知っているのはその場のやり過ごし方だけだ。化け物とどう対処すればいいのかわからない。どう戦うかなんて分かるわけないだろう。そんなんで指令なんてできるわけがない。


 でももう、そんなことを言うかどうかにかかわらず、この場の雰囲気は決定してしまっているようだった。


 私ももう諦めつつあるしね。


「分かったよ……私がリーダーになればいいんでしょ?」


「うん! 分かればよろしい!」


 どこから目線だよ。


 そう思いながら、私は今日何度目かも分からないため息をついた。

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