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吉光里利の化け物殺し 第二話  作者: 由条仁史
第9章 ごめん、さとり!
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 近いので、なんとなく階数は分かる。14階……イベントの設営だかで封鎖中と書いてある展望台か。なるほど。上に行けるだけ行って、そこから降りることで私を巻こうとする算段か……でも、私にとってその錯乱はあまり意味はない。幻像創造(アイムクリエイター)の副機能、場所の探知。その機能さえあれば、どこまでもさとりを追える。

 ……能力が切れない限り。私の幻像が、まだ続いている限り。

 いつ消えるか、なんて実験したことはないけれど……精神力だろう。

 一晩、寝ずに起きて、ここまで来たのだから。


「まぁ、一晩で見つけられたのは幸いだけどさ——!」


 エレベーターが開く。14階。ちょうど、鉢合わせをする形にある——私の幻像がすぐにそこにあることが分かる。

 エレベーター内には私以外、誰もいない。

 だから、開いた瞬間に走り出す——


「——っ!?」


 扉が開いた瞬間、さとりの姿が見えた。さとりの——鉄パイプか何かを持っている姿が。

 私にそれを、振り上げている姿が。


「……だぁっ!」


 ぶん、と振り下ろす寸前に、私はさとりに向かってタックルする。

 腰をかがめて、一気に押し込む!


「——ぐっ!」


 さとりのうめき声。耐えきれず、足がスリップする。

 だが、さとりもそこで攻撃をやめるようなたまではない。

 さとりの背中が地面に当たった、その瞬間。体が一瞬浮いたときに、さとりは体の軸を回転させた。


 二回目の着地。私の肩に衝撃がかかる。さとりは体をぐい、と起こし、私に対してマウントポジションをとる。マウントポジションと言っても、胸の上に乗っているから正確には違う。

 でも、武術の素人である私にとっては何もできないも同然だった。


「……っは!」


 肺に、息が入らない。

 くそう!

 ごめん、さとり!

 私はまだ自由な足を思いっきり上に振り上げた——厳密には膝を、さとりの背中に突き当てた。

 さとりは声にならない悲鳴を上げた。上半身がこちらに倒れこむと同時に、腰が浮く。その隙をついて、さとりの股の間を抜ける。

 エレベーターの自動扉が閉まる。

 まわりに人は——いない。


「……くっ。紗那」


「……どーも、さとり」


 おなかと背中を押さえるように、さとりは立ち上がる。私もそれに追うように立ち上がる。


「話をしに来たよ」


「へぇ……話にね」


「うん」


「連れ戻しに来た、ってことだよね?」


「……いや、話をしに来た」


「なるほど、説得、ね……。紗那ならできると踏んだわけだ」


「ルートやジャックの意志は関係ないよ。私の意志で来た。さとりに——話をしに来た。さとりがいなくて、寂しいから来たんだよ」


「……そーゆーこと、やすやすと言うもんじゃないよ」


 さとりは鉄パイプを構えなおす。素人の構えだろうけれど、人を殴りやすい体勢だということははっきりと分かった。

 ……どこでその持ち方を習ったのか。

 とにかく——


「だから、話をしに来たんだって。戦いをしに来たんじゃない」


「…………」


「とにかく、その武器を下ろして」


「……そう、紗那にとっては、この方法は嫌なわけだね」


「……? 当たり前でしょ。誰も痛いのは望んでない。他人を痛めつけようだなんて、そんなの怖いでしょ。……それを言うなら、戦うなら、化け物と——じゃない?」


「……能力戦、ね。卑怯じゃない? 私は能力なんて持っていないのに」


「武器があるじゃない。その。というか、私はただ話し合いをしに来ただけで——」


 はは、とさとりは口をゆがめた。


「ははっ……はははっ! 話し合い? 今更そんなの通じると思ってるの? 話してどうにかなる問題だって、まだ思ってるの? 何のために距離を置いたか、分からないの?」


「……分からないよ。さとりが何をしたいのか」


 さとりは……今も、陰鬱な気分が引いていないのだ。まだ、冷静に考えることができていないのだ。さとり自身は冷静だと思っているのかもしれない。けれど……実はそうじゃないんだろう。

 その心を、私は分からなかった。


「でも、私は、わかりたいと思ってる。わかりたいの! さとりが何をしたいのか! さとりがどう思っているのか! ちゃんと話してくれないと、分からないよ!」


「……る」


 さとりは、言った。


「……うるせぇっ!」


 さとりは私に一歩、踏み込んでくる。鉄パイプも一緒に。

 同時に、私は鉄パイプの軌道の逆をいくように、手で空をなでる——


「幻像創造!」


 かん、金属同士がぶつかる音が聞こえた。同時に、さとりは鉄パイプを手放す。

 私の作り出した幻像で、さとりの持っていた鉄パイプをはじいた——伊達に質量があるわけじゃない。ある程度の大きさであれば、鉄のキューブをはじくということ。普通の女子高生にできるわけがない。


「——っ」


「だぁっ!」


 武器を失い、ひるんだ里利にもう一度タックルをする。目指すは——壁。壁に押し付けてしまえば、もう動くことはできない。


「くっ——ふん!」


 頭に衝撃、たまらず力が抜ける。

 さとりめ……容赦なく殴ってきやがった。そりゃそうか。私も素人には違いないから——

 無様なことに、私は床に倒れこむことになる。早く立ち上がらねば、と思うけれど後頭部へのダメージは相当なもので、私は縮こまることしかできなかった。


「ぐぅ……っ!」


「ふんっ!」


 倒れているところに、さとりの蹴りが脇腹に入る。胃も、肺も。内臓が潰されるような感覚。口の中に血の味が少々する。


「んがっ!」


 ——痛い、痛い!

 これほどまでのダメージを受けたことは、今まで一度もない……親にぶたれても、こうされるほどはなかった。

 私は動けない。

 とにかく痛みに耐えることしかなかった。


「ぐ……っ。つぅ……!」


 私が動けないことを確認してからか、胸元がぐい、と私を引き上げる。

胸元をつかまれた。どうする? こんなこと、一度もない——痛む体に、この対処ができようはずもないのだけれど。


「……はぁ、はぁ——ぐぅっ!」


 息が切れる。対してさとりは涼しげな顔で——私の頬を、殴った。頬の肉と歯がぶつかる。鼻に血液らしきものが上がってくる。

 脳ごと体が引っ張られる感覚。でも、さとりは私の胸元を離さなかった。首が——

 そしてさとりは、つかんでいる腕ともう一方の腕、両腕を使って——私を、投げ飛ばした。

 ここまで、力があるなんて——!

 壁に、床に、私はぶつかった。


「ぁ……がっ……!」


 とにかく、痛い。

 痛い。

 痛い。

 まさか、さとりがこれほどまでに強いとは。私と同じか、それ以下の身体能力だと思っていたのに。

 いや、力自体は大したことはないのだ。ただ、それを日常的に喰らっていないというだけで。慣れていないというだけだ。

 体が——先ほどの攻撃で、体力がほとんどなくなったのか。

 なんてヒットポイントが少ないんだ、私は。

 ゲームや漫画のようにはいかないか……。


「……決着(チェック)


 目を、上げる。さとりが先ほどの鉄パイプをもって——私の顔面に向けていた。


「で……いいよね?」


「さ、と……り」


 鉄パイプは商品用らしく、先端がとがっているということはなかったが、それで頭を殴られてしまえば——もう、おしまいだ。

 命が。

 おしまいだ。

 さとりは——それを、振り上げる。

 目をぎゅっと瞑る。

 どうして——こんなことに——


「……なんて、ね」


 からんからん、と音がする。鉄パイプが床に落ちる音だ。

 ゆっくりと、目を、開ける。鉄パイプはちょうど、私の足元にあった。

 さとりは、背を向けて、エレベーターへ向かって歩いていた。

 私はその背中を、ただ見ているしかなかった。

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