Ⅱ
「…………」
髪を切ってもらい、服も男物でそろえた後、私は駅のほうへ戻っていた。東北方面へ行くにはどの電車に乗ればいいだろうか。電車に乗ることがあまりない私にとっては、このように大きな駅は迷わないほうがまずは第一条件だ。
でも、それよりも先に考えなければならないことがある。
目の前にいる、彼女――紗那だ。茶髪の、短髪。白いシャツの上にデニムのジャケット。
「……私を探してるのか」
きょろきょろ、と田舎出身よろしく顔をいろいろな方向へ向けて、何かを探すような素振りをしている。もちろん紗那は田舎出身ではないだろうし、きょろきょろするのは私を探しているからなんだということは分かる。
私目当てであることは簡単に分かる。今日は平日だ。普通ならば学校に行っている時間帯だ……そして大阪に来るなんてそんな用事、そうそうないだろう。用事があるとしても、私が関係ないのだったらここで探す必要性はない。
ある程度、あたりをつけているということか……ルートさんの情報か、厄介だな。紗那一人では私を見つけることは難しいだろうから、ルートさんの部下が何人か、この近くにはいるだろう……となると、相当厄介だな。近くの駅まで歩いて行き、そこからまた電車に乗ったほうがいいだろうか。その途中で見つからないか、分からないが……それ以前に、ここの近くの駅なんてものを、私は知らない。
ネットカフェは本当に何のために行ったんだ。どうでもいいことしか調べられていない。この近くの情報なんて、すぐに離れるから必要ないと思ってしまっていたが、間違いだったか。
「……待つか、抜けるか、だね」
紗那がここからいなくなるのを待つか、もしくは私が紗那を切り抜け、切符を買い、改札を通るか。どちらが早いか。紗那以外にも探している人がいるかもしれないから、ここから動くかは分からない。紗那がこの駅の内部を探しているだけかもしれないし……どうだろうか。
自分の姿を見る。パーカーに、下はジャガーなんたらとか言うもの。一応男物らしいが私も着れるようなものを選んだつもりだ……それほど背が高いわけではないけれど、それでも背の小さな男には見えるだろう。一応帽子も買った。髪は全部刈り上げるのは何か嫌だったのでそれなりに短く……少し髪の長い男子程度にはなったはずだ。鏡を見ても、自分が自分のように思えなかった。
家出したから、自衛のため……だったけれど、これは一種、返送になっているのではないだろうか。なら、紗那の目を欺いて、このまま券売機、そして改札へ行くことができるのではないだろうか。
「隠れてても、見つかるだけか……」
ならば、進もう。私は人ごみへ入っていく。
券売機へ。先ほど隠れながらいくらの切符を買えばいいのかは分かっている。最短時間でお金を入れて、タッチパネルを操作。軽快な音とともに切符が出てくる。
振り返り、改札のほうへ。慣れていなくても慣れている風に切符を入れて、取る。数回しかやっていないことだけれど、少しずつ慣れている気はする。
かしゃん、かしゃん。後ろは振り返らずに、先へ進む。さて、何番だったっけ……。
ちらりと後ろを見る。
紗那が、こちらを見ている気がする。
――まずい、気付かれたか。
私は何事もなかったように元の方向へ歩く。見つかったならば、早急に進まないといけない。都会だから、とりあえずどこかに出ればすぐに電車は来るだろう。バスとは違うのだ。
気付かれたかどうか、ただ一瞬見えただけだから分からないけれど……そう考えてもいいだろう。危機感は持っていて悪いことはない。
「さとりっ!」
人の喧騒の上を行く、大きな声が聞こえた。
まずい。本当に気付かれた。変装はどうやら効かなかったようだ。外見に普段から気を使っていないから、外見が変わったとしてもたいした変化ではないということか。まずい、まずい。見つかったということは大人数に知れ渡るということか。ルートさんの部下がどのくらいいるのか分からないけど。
早歩きをする。
後ろを見ると、紗那は早々に改札を通っていた。どうしてこんな早くに――ああ、定期券か。カードだったらただ触れるだけで通れるから。紗那は人ごみをかき分けながら、走ってくる。まずい、早く逃げなきゃ。
私も走る。
どこでもいい、とにかく電車に乗り込むのだ。
「さとり、待ってって!」
紗那が追ってくる。私はこういう追いかけっこをする奴じゃなかったのに。追いかけっこだなんて、最近ではあの化け物以外とはしていなかったのに。
化け物との追いかけっこ。それが嫌だから私は逃げたんだろう。なんて、皮肉めいたことを言っている場合じゃなくて、とにかく逃げないと――
「さとりっ!」
がしっ、と後ろから肩をつかまれた。
しまった――と思った。ぐい、と引かれて、私は立ち止まる。
「はぁ、はぁ……よかった、見つかった」
「……何?」
捕まってしまった。ならもう観念するしかない。でも、こんなところで終わるわけにはいかなかった。こんなところで、私は連れ戻されるわけにはいかない。もう、プレイヤーズのメンバーにかかわるわけにはいかない。もう、嫌だから。
「何って……連れ戻しに来たんだよ」
さも当然のように紗那は言う。
連れ戻す? あの、化け物との戦場に? そんなの御免だ――私のトラウマを再起させるようなところに、いてたまるか。友達と久しぶりに会えたという感慨はまったくない。そもそも、私は友達に会えなくて寂しくなるような人格をしていない。そんなに友達思いの人格をしているのなら、私はこんなにねじ曲がった性格をしていない。
「……家出の理由、聞かなかった?」
考えて、私はこの方向で拒絶する方向に決めた。
「私は、化け物退治に不要なんだよ。分かってるでしょ? レンドくんが死んだとき、私は何もしなかった。何もできなかった。化け物を殺すことを手伝うこともせず、ただそこで見ているだけだった。……何もできない役立たずなんて、いないほうがましじゃないの?」
「――さとり、その言い方は……」
「何? 幻像創造。私にかまってないで、化け物を倒してくればいいじゃん。せっかく持っている能力が泣いてるよ。便利な能力を、ちゃんと使わないと」
「……でも、それがあったから、」
「あったから、何?」
紗那の言葉の、途中であっても私は言葉をさえぎる。相手の言っていることを途中でぶつ切りにするのは、精神を攻撃する初歩だ。こういう方法ばかり身に着けてしまった。でも、それがこうして、嫌な方向で役に立つのだ。
「……でも、わかんないよ! 確かに、レンドくんが死んで……それは残念だったけど、でも、家出するほどじゃあ……ないでしょ?」
質問される。そちらから質問してくるか……まあ、紗那はそういう風に自分のやりたいことを一直線にやるからなあ。質問すると決めたときはするか……自分がどう思われようかにはかかわらず。
「……紗那には、関係のない話だよ」
そう答えるほかはなかった。だって、本当に紗那には関係のない話だから。あのことは紗那とは全く関係ない。私が家出した理由は、紗那には確かに関係はない。
……でも、関係はなくても拒絶はできる。関係はなくても、無理やりに作り出すことはできる。これもまた、人を拒絶するためのテクニック。
「……でも、紗那もさ。ちょっとは考えなかったのかな。私が――迷惑がってることくらい」
「それは……」
あるのだろうか、紗那は少し暗い表情をした。
「はっきり言って、邪魔だよ? 化け物も、あんたも」
「…………」
はっきり言いすぎただろうか。でもまあいい。言いすぎてもいい。言いすぎるくらいじゃないと、人は拒絶できない。
「まあ、紗那には分かんないか……分っかんないよね!? ぼっちの気持ちなんて!」
語勢を強めて、少しだけ、リミッターを解除する。
ぱん、と肩に置いてあった紗那の手を、はたく。私は紗那と向き合う。紗那は私のことを、怯えるように見つめていた。
「友達と一緒にいるなんてとても良いことで! 誰とも関わらないって決めたやつの気も知らないで! 何も考えないで私にやすやすと話しかけないでよ! ぼっちにはなぁ、ぼっちでいる理由があるんだよ! その理由も考えないで、のんきに生活しやがって……! いいよなあ、そういうの!」
少し叫ぶようにして、私は言う。
……心の中で、私はせせら笑っていた。なぜか? だって、私が言っていることって何も関係がないんだもん。レンドくんが死んだこと。そして家出した理由、あのことについても。まったく何も関係のないことで私は怒っているのだから。
本当に、愉快である。
「……私がいなくても、あんたは生きていけるでしょ? もう、構わないで。私は、あんたと関わるのも、嫌なんだから」
どん、と心ここにあらずの紗那を突き飛ばして、私はホームのほうへ向かった。
さて、どっちだったか。
「……待ってよ、さとり」
声が聞こえた。そんな言葉で私が止まるわけがない。待ってで止まってくれるならパトカーは要らない。紗那の言葉は聞こえなかったことにして、私はそのまま歩き出す。
「だから――待ってって!」
ずん、と背中に背負っていたリュックが重くなる。思いがけない衝撃で、私は後ろによろけ、たまらず膝と手をつく。
後ろを、振り向く。
紗那の、幻像創造か――
どうやら、紗那も本気らしい。




