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吉光里利の化け物殺し 第二話  作者: 由条仁史
第7章 仕方がないんだ
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「おい、リリ」


 駅前。とにかく逃げようと電車に乗ろうと思って、一番最寄りの駅に来たのだが、そこにはジャックとルートさんがいた。改札の前。とりあえず適当に一番遠いところに行く切符を買って、その電車がちょうどよく、10分程度で来るらしい。ホームで待って居ようと思って改札を抜けようとした、その時だった。


 ……なぜ、ここにジャックとルートさんがいるのだろうか。化け物が出たのなら、私のことは放っておいて一番に駆けつけるだろう。そのときはこの二人がここに来るなんてことはない。

 ひょっとしたら、二人は私を心配しに来たのだろうか? 私が逃げようとしているのを、止めに来たのだろうか? 私ごときを、連れ戻して、どうするのだろうか。


 いや、それ以前に――どうやって、というべきか。私が家を出ようと思ったのは誰にも言っていない。ルートさんが調べたのだろうか。……まあ、方法はいくらでも考えられる。私が紗那のことを調べたように。


「…………」


 私は黙って、二人を見る。駅の中、大都市というわけではないが、それでもそれなりに人通りのある駅だ。私と二人の間も、何人も人が通る。

 その人ごみに紛れて私は姿をくらまそうか。いいや、そんなことをしてどうするのか。すぐに二人に捕まってしまう。それよりもこの膠着状態を維持していたほうがいい。


 どうするのがいいか。

 あの二人には、今は関わりたくない。

 今だけに限った話ではなく、金輪際。これから一切彼らとは関わり合いたくない。化け物だなんて、もう考えたくない。


 というよりも、もう、いいじゃないか。

 散々私のことを振り回して。化け物を引き寄せる能力だなんて言って、私のことを妙に重用して。


「どこに……行くんだ?」


 と、聞いてきたのはジャック。やけに真剣そうで、自分の感情を押し殺しているような声。ジャックならば一も二もなく怒鳴り起こりそうだが、そういうことはしないようだ。隣にルートさんがいるからか。それとも周りに人が多いからだろうか。周りの目を気にしているというのだろうか。


「……どこだって、いいでしょ。私の行きたいところに行く。別にプレイヤーズに、そういうルールはなかったでしょ?」


 プレイヤーズにはルールなんてものは制定していない。そりゃあそうだ。リーダーである私が何も言っていないのだから。ルールを作ろうと、私はしなかったのだから。ただ、理念だけがあっただけだ。化け物を倒す。

 そんな理念だけでまとまっていた。

 だから――理念がなくなった時点で、プレイヤーズの活動は終了。


「リリ。お前のわがままに付き合うほど、化け物は待ってくれない。お前が化け物に、これ以上かかわらないということは、許されない。お前がいないと、いつ化け物が、無作為に人を襲いだすかわからない」


 ルートさんが言う。あくまでも冷静に。分析するように。

 はん。

 私が必要だってか?

 くだらない。


「何のためにお前をリーダーに据えたのか、分かっているのか? お前の能力を起点として、化け物の倒し方を探る。お前がいなくなったら、どうやって化け物を倒すんだ? どうやって、化け物を滅ぼすんだ? リリ――お前の力が、必要なんだ」


 化け物の倒し方。倒しても、倒しても、またよみがえってくる化け物。無限ループに飽き飽きしたこの二人。化け物を早く倒したいという気持ちはあるだろう。


 しかし、私はもう、化け物と関わること自体に飽き飽きしてきたのだ。化け物のことを考えたくない。私はいままで、化け物とは全く関係のない生活をしていたのだ。化け物だなんて、ここ一か月でことが大きくひっくり返りすぎだ。私の生活はひっくり返っている。表も、裏も、ごちゃごちゃになっている。


 化け物を倒すだなんて。私の人生にはいらない。そんな暴力的な生活はしたくない。化け物に出会うことも、もう嫌だ。


 嫌だ。

 嫌だ!

 もう、気にするのも嫌だ!


「……もう、関わらないでよ」


 人の喧騒に飲まれるような、それでも二人に届くような音量で、私は言った。


「――別にさ」


 自分の中で、何かが少しずつ切れていく気がした。平静さ、正常性。そういったものを支えていた柱が、少しずつ消えていくような。


「私、いらないでしょ」


 少し語気を強めて言った。

 二人を、拒絶するように。

 二人だけじゃない。世界そのものを、拒絶するように。


「私ってさ。化け物をおびき寄せるだけなんだよね? でもさ、その化け物だって、私に関係なく人に近づいてくるんでしょ? だったら……私って、何なの?」


 にらみつけるように、二人を見る。

 自分の中にあった何かは、もう完全に崩れ去ってしまった。柱は一本も残らずに、残ったのはガレキだけ。


「私がいることで、化け物に接触する回数が増える? 増えたところで、何? いち早く倒さなければならない。それでいて研究しなければならない。矛盾してるよね。それって」


 少し興奮気味に自分の言葉が紡がれている。他人が自分の口を通して言っているように感じられる。でも、もちろん私の言葉だ。


「まったく進んでないじゃん。化け物の倒し方は分かったよ。効率的な倒し方も。色が関係しているとか、そういうことは分かったよ。でも……だから何? 色は変わるし、飛び道具は出てくるし、化け物に謎が増えていくばかりで……何も、解決できていないじゃん。何も解決できていないのに……プレイヤーズ、続ける意味ある?」


 私って、必要?

 そう言った。


「化け物が出てきた。なら倒します。その繰り返しで、まったく進まないじゃん。同じところをぐるぐるぐるぐる……化け物が強くなるだけで、倒し方は余計に分からなくなっていくだけ。もう付き合ってられないよ。私が必要? どこが? 私が化け物を引き付けるからって――」


 それは、おそらく。

 あのことに起因している。


「――別に、化け物を殺すのに関係はないでしょ。化け物を、追ってきたんでしょ?プレイヤーズでなくても……生活維持組が。ルートさんのやってきたことを、これからも続ければいいじゃん。もう、私を巻き込まないでよ。私みたいな――役立たずを」


 私は半ば嘘も交えながら、二人を拒絶した。


「リリ……てめえ、その言い方は」


「何? ジャック。事実でしょ? 私が何をしたっていうの? ただ、そこにいただけでしょ? そこにいたから、遠ざけるのもなんだから、ただ連れていただけでしょ? まあ、はじめは私を重し代わりに使っていたんだろうけど……もう、その必要もないよね。紗那と、ルートさんの能力があれば。簡単に代用できるでしょ?」


 あの時見た技。あの技ができるのならば、化け物へ多大なダメージを与えることができる。そこに私は、必要ない。

 本来戦いは、そういうものだろう?

 傍観者は、必要ない。闘志無き者は、去れ。


 じゃあ、去らせてもらおう。


「ルートさんも、それでいいでしょ? 私の説得には、失敗した……そういうことだよね? 化け物退治の協力には、その人の意志が必要なんだよね? ……じゃあ、私に化け物退治をしようとする意志はない。だから……もう、関わってこないで」


「……リリ」


 ルートさんが私の名前をつぶやく。つぶやくだけだ。何もできない。そうだろう。


 話を終わらせる話し方は、私の得意分野だ。相手の反論や反応をまったく期待しない。相手への問いかけもなければ、相手の興味を引くような言葉を使うわけでもない。言葉のキャッチボールはしない。相手へボールは投げかけない。ここにあるボールを、地面へぽとりと落とすだけ。

 ……こういうことだけが、得意になってしまった。


「じゃあ、お達者で。リーダーは適当に選んで。私のことは……もう忘れて」


 私は人ごみに紛れて、押し流されるように改札を潜り抜けた。二人は私を追いかけようとしたが、人ごみをかき分けることは難しかったようだ。私は人の間をすり抜けるように、歩みを早くする。


 階段を上り、ホームへ。白く曇った空を隠す武骨な鉄骨には興味を示さずに、私は電車へと、流れるように乗った。


 椅子は、空いていた。私は周りの視線も気にせずに、座ることにする。どんどん人が乗ってきて、数人が車両の中に立つようになる。誰かに席を譲ることなく、私はただぼうっと足元を見る。


 何も、考えない。もう、何も。

 逃げるんだ。どこかに。


 電車のドアが、閉まり、加速を始めた。


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