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吉光里利の化け物殺し 第二話  作者: 由条仁史
第1章 諦観
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「はい! 発表します!」


 過剰に装飾された木々を背にして、紗那はいつもの通りの元気な声で言った。いつもの通りというのが懐かしく感じてしまう。なにせ入院していたのだ。病人である以上あまり元気にはふるまえない。たとえ自分が元気だとしても、病室で寝ているという見た目ではあまり元気には見えない。まあ、病人ではなかったか。あくまでも怪我人だ。背中に一線というなかなかに深手を負っているものの、本人自体はとても元気だった。


 だから元気だというのは、入院する前と比較しての話だ。


 新人賞に落ちて、それから紗那は元気をなくしていた。自分の夢が無残にもなくなってしまい、紗那は心に傷を負っていた。


 いや、その前にも、化け物に出会って相当心労がたまっていたはずだ。それに新人賞の件が重なったから、あんなに落ち込んでいたのだろう。


 心の疲労はとても疲れるらしいから。

 よくわからないけど。


「……発表って、何を?」


 昼休み、私たちは中庭でお昼を食べることに決めていた。紗那のその時の絶望から生まれた化け物はここに現れたが、あれ以来出ていないようだ。私はなんかこの場所は嫌だと感じていたが、紗那はここがいいと言った。罪滅ぼしなのだろうか。自分があの化け物を生んだということを知り、もうそんなことがないように見張っていると、そういうことなのだろうか。


 いや、責任感と言うよりは使命感なのか。化け物がまた中庭に現れるかもしれない。そのときに戦えるのは私だ。だから私はいつ化け物が中庭に出てきてもいいように備えるのだ、と。


 立派だと思う。

 私だったら絶対に逃げるところだ。


「私の能力について発表します!」


「……能力について?」


 紗那はその時の化け物に攻撃されて――それが背中の一線だ――そのときに能力を手に入れた。化け物に触れることで手に入れることができるらしい。いや、そんなポジティブなものではないのか。化け物に触れられてしまうと、能力だなんてものを手に入れてしまう。そういう風にネガティブに言うべきだ。

 と、ジャックは言っていたように思う。


 日常が、日常でなくなってしまうから。

 侵される、いや、犯されると表現していた。


「なんだっけ。アイムクリエイター?」


「そうそう、幻像創造(アイムクリエイター)。私が作るこの幻像について、いろいろ実験して分かったことだよ」


「実験って……」


 こういう時にするものなのか。

 いや、するべきものなのか。事実私の能力(?)、化け物を引き寄せる能力も、実験がなされてとりあえず言えるものとなったのだ。とても疲れた上に、そんな不名誉な能力があると保証されてしまったわけだけれど。


 というか私の能力って、本当に何なの?

 ただの偶然であってほしいと常々思っている。

 でもここで化け物と戦った時には私の能力を使って何とか戦闘場所を変えたのだけれど。引き寄せて、おびき寄せる。囮役として私はうまく立ち振る舞うことができたはずだ。


 ……なんか嫌だな。囮役って。

 一番死にかねないぞ。

 死にたくないのに。


「えーっと、何から話そうか……まずこれだね」


 紗那は手のひらを私に見せる。何もないように見えるが、おそらくそこにあるのだろう。紗那の作り出した幻像が。紗那はそれを、見えないそれをつかむようにする。


「はい、ちょっと触ってみて」


「う、うん」


 私は紗那から見えないそれを受け取る。見えないので受け取った気がしないが、さわってみればはっきりとそこになにかがあるということが見える。少しひんやりとした、金属のような感じか? そして形は立方体だった。手のひらサイズの立方体。金属の直方体の塊をインゴットと言うんだっけと私は思いをはせた。


「意外と重いでしょ」


「ま、まあね……」


 何も握っていないように目ではそう感じるが、触覚ではそこに何かがあるとありありと感じられる。そしてその見えないそれには、重さがある。空気を握っているようにしか目では見えないのに、実際は本当に金属をつかんでいるかのように感じる。金属の重さというのがどのくらいのものかは、いつも持っているわけではないので正確には知らないが、それなりの重さと言えた。むしろ逆か。金属の塊を生み出しているが、ただ一つだけ違うところは、それが見えないということか。


 見えない金属の塊を生み出す。そういう風にも紗那の能力は解釈できるように感じた。


「で、えーと、これだ」


 紗那は制服のポケットから、ポチ袋を取り出した。透明のビニール製のものだ。中には白い粉のようなものが入っている。


 えっ、と私は反射的に身じろぎする。もしかしてその中に入っているのは、嫌まさかそんなことあるわけないよねいかにも茶髪で不良チックだがそういうことはしないはずだ。そういう反社会的なことをする奴じゃなかったはずだ。


 そんな私の動揺した様子を見て、紗那は笑いながら言う。


「ただの小麦粉だって。なんにもやらしいことはないよ。家からちょっと拝借して来ただけ」


「うん、小麦粉だよね……」


 そうだよね。そのはずだ。白い粉なんて料理のものしか普通手に入れることはできないだろうし。


「そうそう、貸して。それでこれを振りかけると……」


 私は紗那に見えないキューブを渡す。紗那はそのキューブに小麦粉をぱらぱらと振りかけた。すると、小麦粉はみえなかったキューブをかたどるように動きを止めた。いや、見えなかったキューブにくっついているのか。小麦粉で何とか形が分かるようになった。


「こうすると形がはっきりと分かるようになるの。これでそれぞれの辺の長さを測ったけど、全部同じ。つまり結構正確な立方体なわけ」


「へぇ……」


「で、この生み出した奴は、自分の意志で消すことができるっぽい」


 紗那がそういうと、小麦粉にまみれた立方体は急につぶれた。小麦粉はそのまま重力に従って紗那の掌の上に落ちる。


「そしてこの立方体は、何個か同時に出すこともできる」


 紗那は小麦粉のついた手を左手とすり合わせる。すると、いくつかの、先ほどよりも小さい立方体が粉にまみれているのが見えた。


「新たに生み出すこともできるから……ほら」


 紗那は左手の上にそのちいさな立方体を置く。いや、左手の上の上だ。左手の上に生み出したであろう立方体の上に置いているのだ。傍から見れば空中浮遊をさせているようにも見える。


「……個数に制限とかはないの?」


「んー、ないと思うよ。100は生み出せたし。小さい奴だけど。でも全部どこにあるかは頭の中に直接入ってくる感じで……どういえばいいのかわかんないけど、なんかレーダーみたいな。GPSみたいなもので頭と直結しているみたいなんだよね。だから把握できる量以上は無理かなーって」


「把握できる量、ねぇ……じゃあ、大きさとかは? 何か関係があるの?」


 紗那の左手の上、左手が直接持っている立方体と、その上の置かれている立方体は大きさが違う。


「んー、それもない気がする。まだ試したことはないんだけど。さすがに大きすぎるものは部屋では出せないよ。密度も計ったけどだいたい鉄とアルミの中間あたりだったからね……あ、水には沈んだよ。お風呂場で試した」


「風呂場でも……熱心だね」


 そこまで実験に熱心になれるか。やはり能力を手に入れたらそれがどんなものであるのか実験したくなるのが人の心情ということなのだろうか。私の能力は化け物をおびき寄せるとかだから、積極的に実験したく思うようなものじゃないんだけど。


「当然! 私もプレイヤーズのメンバーだしね! それなりに戦えなきゃいけないでしょ!」


「プレイヤーズ、か。やっぱり戦わないといけないのか……」


 憂鬱だった。


 あの化け物と戦うということがある種日常として定着し始めたが、それでも戦うということ自体が億劫だった。というか、あの化け物と戦ったって何になるんだ? あの化け物と戦って、そしてあの化け物はよみがえる。そんなんだったら戦う意味はないじゃないか。戦いに意味を見いだせない。そんなんじゃ憂鬱になるのは始めから分かっていることじゃないか。


 ジャックやルートさんはもはや化け物を倒すために生きているようなものだが、少なくとも私はそのために生きているのではない。では何のために生きているのかというと何も答えられようもないのだが、少なくともあの化け物と関わって生きるのは御免だ。


「何のためのプレイヤーズだと思ってるの! あの化け物を倒す! それが第一目標でしょ!」


「確かにそっか……そういう集団だからね。そのための集団か」


「そう! そういうチーム! 頑張るよ! リーダー!」


「……えっ、ちょっとまって、リーダーって、もしかして私?」


「ん? そうでしょ?」


 紗那はさも当然のように言う。そんな話聞いてないぞ。どうして私がリーダーなんだ。そんな器じゃないだろう私は。傍から見てもそれは明らかなはずだ。明らかな人選ミスとなるだろう。


 というかこれは紗那が独断で決めたことなのか。ならば今すぐにでも断らなければならない。


「いや、違うでしょ。リーダーってつまり統率力のある人でしょ? だったら身体能力の高いジャックか、もしくは経済力の高いルートさんでしょ。あ、あとそれを言うなら一番行動力のある紗那じゃない? 私じゃないでしょ。私はリーダーには向いてないでしょ」


 それ以前に集団行動が苦手だ。トラブルが起きることは目に見えて分かるし、そうなったらリーダーが責任を取るようになるはずだ。それを買われてリーダーは選出されているはずだと。責任の所在はどこにあるんだーという言葉を聞きたくはない。その責任の所在は私以外にあってほしい。


「うーん? そういうことないと思うけどな。責任感あるし」


 だからそういうのが嫌なんだって。


「いや、ないから、責任感とか」


「えー、あるでしょ。さとりって真面目だし。課題も遅れて出すことなんてないでしょ? 学校もさぼらないし」


「それは普通でしょ」


「それが責任感があるってこと! 当然のことを当然にするって、なかなかできることじゃないよ?」


 できることだと思う。だから当然なんでしょ。大半の人ができているからそれが当然と言われていることであって、大半のひとができないことは私もできないぞ。当然にできることは当然にするけど、それはやらないと誰かからとやかく言われるかもしれないからといった消極的なモチベーションでやっていることだし。絶対に責任感とかじゃないから。


 他人を背負うという責任感じゃないから。


「と、とにかく、二人にも聞いてみないと。チームだから話し合わないと」


 そこで私以外をリーダーにしないと。


「そーだねー。ジャックとルートにも聞いてみないとねー」


 紗那はあくまでも楽観的な調子で言った。ああ、これは確信している顔だ。私がリーダーになると確信している顔だ。


 そんなこと、絶対にあるわけないだろうに。

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