表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吉光里利の化け物殺し 第二話  作者: 由条仁史
第6章 平静
16/32

「…………」


 呆然と、するほかはなかった。

 当たり前だろう。

 だって、今まで全く感じたことのない気持ちだから。

 いつもの平静な心情で、いられるはずがない。


「……さとり」


 紗那が私に声をかける。

 その声も届かない。


 もう、誰の声も私には響きそうになかった。心の空白は音を震わす空洞ではなく、まっさらな真空。温度すら伝わらない、誰にも触ることのできない領域。

 私のいつも通りでもあった。誰とも、何も関係しない。いつもの学校での私の行動と全く同じだ。誰とも会話しない。誰とも意識を交わさない。あくまでも孤立。あくまでも無縁。


 私は、そういうやつだっただろう。


「さと……」


 紗那の肩の上に、ルートさんの手が乗るのが見えた。二人は少し目くばせした後、私から遠ざかっていった。私には何も関係ない。


 ……場所は、レンドくんのいた児童養護施設だった。今日は、レンドくんの法事だ。あのあと、何があったかはよく覚えていないものの、ルートさんの部下がいろいろやっていた気がする。紗那は、カノンちゃんの肩を抱いていたと思う。


 多くの子供たちが涙を流している中で、プレイヤーズのメンバーもその中にいた。そして、場違いにも私もいる。場違いにも、場違いにも……


 私は、どうしてこんなところにいるのだろう。

 私がいるべき場所は、ここじゃないのに。


 ここじゃないなら、どこなのだろう。


 私の居場所。

 そんなもの……


「なんで、私じゃないんだろう……」


 立ち上がり、外に出る。数人が何か私を見た気がする。見たければ見ればいい。私はどうともしない。どうも思わない。


 他人の目は、もう気にしない。

 昔からそうだったように。


 結局私は、独りぼっちが当たり前で、独りぼっち以外に私の居場所はないんだった。誰かの隣だとか、誰かの前だとか、そういうところではないんだ。人の周りに私はいない。


 いてはいけない。


 結局、誰かを傷つけるだけ。残酷なことに、世界はそうなっている。


 はじめから、知っていたことだろう?

 それでもプレイヤーズにいたのは、私の何が原因だ?


 なんだよ。

 リーダーとか呼ばれて、自分の居場所を確保できて、それで幸せだったのかよ。甘えるなよ。吉光里利。よしみつ、さとりィ!


 自分で自分を律する。拳を握る。


「はぁ……」


 ため息だけが空気にもれる。玄関を過ぎて、遊具のそろった庭に目をやる。こんなに楽しそうな場所で、人の死なんて恐ろしいことが起きるものか。


 こんなにのどかで、のんびりとしたところで。こんなに平和そうな世界で。

 人が死んだり、化け物が出てきたりするんだもん。


 ……違う世界、だったりしないのだろうか。

 この世界はあくまでも牧歌的な、緩やかにのんびりと時間が過ぎる。そんな平和な世界そのものであり、あらゆる危険から解放された、楽園のような場所なので合って。

 レンドくん——友くんが死んだ、あの血みどろな世界ではないと。


 そんなこと。そんな夢物語、起こりうるはずもないのに。

 違う世界だったら? 笑わせる。どこのせかいでも私は私だろう。誰とも関わり合いを持たない。孤独で、独りぼっちの私。誰から干渉されようと、誰にも干渉されない。そういう信条。

 そうだったはずだ。


「よう、リリ」


「…………」


 ジャックが後ろから話しかけてきた。


 何の用だよ。

 何の用だよ!

 私はお前に用はない。

 いいから私のそばから消えろ。私のいる世界から消え去れ! 誰の顔も見たくない。誰とも今は関わりたくない!


「お前も、落ち込むときは落ち込むんだな」


「……そりゃ、そうだよ」


 落ち込んでいる、のか。私は。

 他人のことなんて全く考えてもこなかった私が、今更誰か一人の人間の死で、これほどまでに落ち込むなんて。無責任。いや、都合がよ過ぎる。それだったら、その前に紗那が死にかけたときも、同じような反応を取っていてもいいはずだ。


 ……人の死というのは、これほどまでに大きいのか。

 決定的に。

 残酷に。


「……カノンちゃんほどじゃないけどね」


「……ああ」


 ジャックも、悲しんでいるのか。そう思った自分が、また嫌になる。愚問だ……ジャックほど人の心を大切にする人が、人の死に悲しまないわけはない。


「とにかく、今は悲しめるだけ悲しんでおこうぜ。また後のほうで響いて来たら、厄介だ」


「……打算的だね」


「やるべきことをやるだけさ……化け物を殺す。それだけだ」


 ジャックはそう言って、施設の中に戻っていった。


 ……私も無意識に、中に入っていった。

 何のためにとか、どうして、とか。そんなことはまったく考えないで。


 ただ、場違いに思えて。

 この世界が、浮遊した何かに思えてしまって。


 私は、何もできなくて。世界の歯車からはじき出されてしまって。

 そんな私に、いったい何ができるのか。ここにいて、いったい何ができるのか。


「……できるわけ、ないじゃん」


 ぼそり、と、自分にも聞こえないくらいか細い声で呟く。


 甘ったれるな。自分が何かができるかだって? 何を言っているんだ。今更。お前にできることは何一つないんだよ、吉光里利。お前にはただこの状況を、浅薄にもぼうっと見ていることしかできないんだよ。


 誰の言葉も、誰の声も届かない。

 お前は、そういうやつだ。


 ……自分の言葉が、自分に反響する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ