Ⅰ
「…………」
呆然と、するほかはなかった。
当たり前だろう。
だって、今まで全く感じたことのない気持ちだから。
いつもの平静な心情で、いられるはずがない。
「……さとり」
紗那が私に声をかける。
その声も届かない。
もう、誰の声も私には響きそうになかった。心の空白は音を震わす空洞ではなく、まっさらな真空。温度すら伝わらない、誰にも触ることのできない領域。
私のいつも通りでもあった。誰とも、何も関係しない。いつもの学校での私の行動と全く同じだ。誰とも会話しない。誰とも意識を交わさない。あくまでも孤立。あくまでも無縁。
私は、そういうやつだっただろう。
「さと……」
紗那の肩の上に、ルートさんの手が乗るのが見えた。二人は少し目くばせした後、私から遠ざかっていった。私には何も関係ない。
……場所は、レンドくんのいた児童養護施設だった。今日は、レンドくんの法事だ。あのあと、何があったかはよく覚えていないものの、ルートさんの部下がいろいろやっていた気がする。紗那は、カノンちゃんの肩を抱いていたと思う。
多くの子供たちが涙を流している中で、プレイヤーズのメンバーもその中にいた。そして、場違いにも私もいる。場違いにも、場違いにも……
私は、どうしてこんなところにいるのだろう。
私がいるべき場所は、ここじゃないのに。
ここじゃないなら、どこなのだろう。
私の居場所。
そんなもの……
「なんで、私じゃないんだろう……」
立ち上がり、外に出る。数人が何か私を見た気がする。見たければ見ればいい。私はどうともしない。どうも思わない。
他人の目は、もう気にしない。
昔からそうだったように。
結局私は、独りぼっちが当たり前で、独りぼっち以外に私の居場所はないんだった。誰かの隣だとか、誰かの前だとか、そういうところではないんだ。人の周りに私はいない。
いてはいけない。
結局、誰かを傷つけるだけ。残酷なことに、世界はそうなっている。
はじめから、知っていたことだろう?
それでもプレイヤーズにいたのは、私の何が原因だ?
なんだよ。
リーダーとか呼ばれて、自分の居場所を確保できて、それで幸せだったのかよ。甘えるなよ。吉光里利。よしみつ、さとりィ!
自分で自分を律する。拳を握る。
「はぁ……」
ため息だけが空気にもれる。玄関を過ぎて、遊具のそろった庭に目をやる。こんなに楽しそうな場所で、人の死なんて恐ろしいことが起きるものか。
こんなにのどかで、のんびりとしたところで。こんなに平和そうな世界で。
人が死んだり、化け物が出てきたりするんだもん。
……違う世界、だったりしないのだろうか。
この世界はあくまでも牧歌的な、緩やかにのんびりと時間が過ぎる。そんな平和な世界そのものであり、あらゆる危険から解放された、楽園のような場所なので合って。
レンドくん——友くんが死んだ、あの血みどろな世界ではないと。
そんなこと。そんな夢物語、起こりうるはずもないのに。
違う世界だったら? 笑わせる。どこのせかいでも私は私だろう。誰とも関わり合いを持たない。孤独で、独りぼっちの私。誰から干渉されようと、誰にも干渉されない。そういう信条。
そうだったはずだ。
「よう、リリ」
「…………」
ジャックが後ろから話しかけてきた。
何の用だよ。
何の用だよ!
私はお前に用はない。
いいから私のそばから消えろ。私のいる世界から消え去れ! 誰の顔も見たくない。誰とも今は関わりたくない!
「お前も、落ち込むときは落ち込むんだな」
「……そりゃ、そうだよ」
落ち込んでいる、のか。私は。
他人のことなんて全く考えてもこなかった私が、今更誰か一人の人間の死で、これほどまでに落ち込むなんて。無責任。いや、都合がよ過ぎる。それだったら、その前に紗那が死にかけたときも、同じような反応を取っていてもいいはずだ。
……人の死というのは、これほどまでに大きいのか。
決定的に。
残酷に。
「……カノンちゃんほどじゃないけどね」
「……ああ」
ジャックも、悲しんでいるのか。そう思った自分が、また嫌になる。愚問だ……ジャックほど人の心を大切にする人が、人の死に悲しまないわけはない。
「とにかく、今は悲しめるだけ悲しんでおこうぜ。また後のほうで響いて来たら、厄介だ」
「……打算的だね」
「やるべきことをやるだけさ……化け物を殺す。それだけだ」
ジャックはそう言って、施設の中に戻っていった。
……私も無意識に、中に入っていった。
何のためにとか、どうして、とか。そんなことはまったく考えないで。
ただ、場違いに思えて。
この世界が、浮遊した何かに思えてしまって。
私は、何もできなくて。世界の歯車からはじき出されてしまって。
そんな私に、いったい何ができるのか。ここにいて、いったい何ができるのか。
「……できるわけ、ないじゃん」
ぼそり、と、自分にも聞こえないくらいか細い声で呟く。
甘ったれるな。自分が何かができるかだって? 何を言っているんだ。今更。お前にできることは何一つないんだよ、吉光里利。お前にはただこの状況を、浅薄にもぼうっと見ていることしかできないんだよ。
誰の言葉も、誰の声も届かない。
お前は、そういうやつだ。
……自分の言葉が、自分に反響する。




