Ⅲ
※人死に注意
――そこからの出来事は、まるで時間が停まっているかのように感じられた。
まず聞こえたのは、レンドくんの声だった気がする。
何と言っていたのだろう。
私には何を言っていたのか、ちゃんと聞き取れなかった。
あの暴風で耳がやられてしまっていたのだろうか。
……いや、そういうわけでもないのだと思う。ただ単に、とっさのことで、聞き取るよりも前に出来事が過ぎていただけのことだ。
レンドくんの声と同時に全員が土煙のほうを向いた。まだ油断していなかったレンドくんだからこそ発見できたことなのだろうけれど、その発見があったから、その次の出来事が起こった――いや、そんなわけない。
あの爆発、あの爆音の最中であっても――化け物は、まだ生きていたなんて。
誰が想像できようか。
むしろ、発見できたことが幸運であると評価しなければならないだろう。
あの攻撃が終わって、みんな一安心していたから。
確かに、油断という点ではそういうことなのだろう。しかし、別にあの攻撃の後に油断していなかったとしても、防げなかったのかもしれない。
土煙の中から、何かが飛び出す。化け物の口と思しきところから、何かが――飛び出す。それは例えるならば弾のようで、例えるならば砲弾のようで。それなりの速度をもって私のほうへ向かってきた。
私のほう――というのが果たして、私の能力、化け物の引き寄せによるものなのか、それとも単に人がいる方向を狙ったものなのかは分からない。どちらにせよ、方向的には私の方向へ向かってきた。
その砲弾は、砲弾並みの速度もって、砲弾のような重量感をもって、私のほうに突っ込んできて――そして、
止まった。
停止した。
――いや、厳密には停止してはいない。
停止ではなく、少しずつ動いているのだ。
砲弾が突っ込んできた衝撃から、無様に尻餅をついてしまった私にはその痛みを認識する暇もなく、その砲弾に目が奪われていた。
その砲弾に意識を集中させるほかなかった。
いや、砲弾は動いているが、それはどうでもいい。その砲弾が、得体の知れない、透明か不透明かもわからないものの真っ黒なそれであることを認識するも、そんなことはどうでもいい。
だって、その砲弾の先には――レンドくんもいたのだから。
そこからは一瞬だった。
そう、一瞬をコンマ一秒とするなら、それは一秒のことだった。
それでも一瞬であることには変わりない。
その一瞬は、私にとっては数瞬に引き伸ばされて伝わることになる。
レンドくんが必死な表情でその中に入って。
もう距離がない。本当にぎりぎりだったのだろう。路地裏の細さ。そして砲弾の速さ。
十分の一になった今だからこそ分かる。その弾がどれほど速かったのか。
レンドくんは弾があるところだけを遅くするよりも、弾の射線上にある空間をまとめて遅くしたほうが賢明だと判断したのだろう。
その判断はとても正しい。
しかし、その判断は同時に、誤りだったことにも気づかされる。
いや、やっぱり誤りではないのかもしれない。被害を最小限に食い止めるために、レンドくんは私を突き飛ばして、能力を発動させたのだから。
カノンちゃんや私を押し飛ばして、被害を最小限にしたのだから。
時間が十分の一になった時間亡失の空間の中で、レンドくんはできる限りの回避行動はしていた。その様子は、十分の一の速度ではっきりと見ることができた。
しかし、それはそれまでだった。
砲弾を発見できたかどうかは、砲弾を回避できるかどうかには関係ない。
つまり。
レンドくんは、
砲弾を――
回避できなかった。
ぐんぐんと砲弾がレンドくんの首筋へとのめりこんで回転がそのままレンドくんの肉にそのまま食い込んで破裂するようにずぶずぶと進み肉の破片がバリバリに細切れになっていくように血しぶきとその中にある何やら白いものが飛び散る肉や血液がしぶきを上げてきらきらと舞い上がりそれでもまだ透明か不透明かもわからない砲弾は黒色の軌跡を描きながら人間の肌色の風船を貫き赤い中身を継続的にばらまこうと一心不乱に心なく進んでともすればぐちゃあと音がしそうなでもその閉じられた空間ではまったく音はこちらに伝わらないわけで当然伝わるべきにおいも伝わってこないわけでそれはまた非現実なスローモーション映像が人の体をずたずたにずたずたに純粋に貫いていく様子――
はっきりとぼたぼたと肉が落ちたのは、レンドくんが絶命したと思われる瞬間だった。
そりゃあそうだ。死んだ状態で、能力を使えるわけはない。
だから、はっきりと認識することができた。
レンドくんは――死んだ。
化物との、戦いで。
私の、目の前で。




