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吉光里利の化け物殺し 第二話  作者: 由条仁史
プロローグ
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プロローグ

 雨が降っている。


 ざあ、ざあ、ざあ。そんな傘の外の音と、ぼたたたた、という傘の上の音。そしてそれとは対照的に傘の中はとても静かなものだった。肌寒い気もして、少し暖かい気もする。雨に濡れた傘は冷え、私の手を少し凍らせる。私の体を冷えた雨から守ってくれる。


 少し湿った制服。湿気に細い髪がまとまる。濡れているのか濡れていないのか。しっとりとした冷たい肌。足元のローファは惜しげもなく水滴を着飾る。


 私はそれを見ている。

 いつも通りの冷ややかな目つきで。


 こっちに引っ越してきてから毎日通っていた薄暗い路地。コンクリートの外壁を両側が飾り、アスファルトにも亀裂が見られる。室外機が覗き、コンクリートブロックが雑多に置かれている。近道だからと入っていったのが初めだったか。


 不気味だという感情はあったものの入りたくないとは思わなかった、そんな道。何も特筆すべきところはなかった。ただボロいマンションの林立した場所にできた、なんでもない隙間だ。何かがある以上仕方なくできている隙間。

 そこに魅力を感じることはないし、また嫌悪感を抱くこともなかった。


 もう、2週間ほど前になるのか。

 私はここで化け物と出会った。


 ……それからというもの、毎日のようにこの化け物に困らされている。何が困るかってこの路地をいつも通れなくしていること。私のいつもの道をふさいでしまっていることだ。もちろんこの道を通らなくったって家には帰れる。遠回りになってしまうものの。だからこれはちょっと困ったこと、といったレベルのことだ。大したことではない。


 化け物と、ほとんど毎日戦うようになった。

 これが一番の迷惑だ。


 ジャックとルート、という化け物によって異能力を身に着けた人たちが私に近づいてきた。そして私は彼らと化け物退治をすることになった。化け物退治なんて、そんなおとぎ話にしか出てこない言葉を、まさか現実で使うことになるなんて思ってもいなかったのだけれど。

 ただまあ、化け物退治という言い方は少し楽観的な言い回しだ。


 本当にそれは戦いなのだ。

 日本刀で、手裏剣で、重力で、生命で。そういった非現実的なこと同士の戦い。あの化け物、この世ならざる化け物と戦う。それは人と戦うのとはわけが違う。


 なにせ、殺しても、死なないのだから。


 毎日とはいかないまでもそれと近い日数、私は化け物に遭遇し、そしてその化け物を倒してきた。もちろん戦ったのは私ではないが――しかし、一向にそれがなくなる気配がしない。化け物は殺しても現れる。その場で化け物はいなくなるかもしれないが、それだけだ。その場しのぎにしかならない。


 だから、つまり――


 今日も、出会ったのだ。


 透明か不透明かもわからない、それでいて形だけははっきりとした、それでも形状が化け物としか言い表しようもない化け物に。


「…………」


 いつも私に向かって近づいてくる化け物。私にはどうやら化け物を引き寄せる力があるらしい。だから私の周りでことごとく化け物が現れるわけだが――化け物に悩まされているのだ。なぜこんな能力を自分が身に着けてしまったのかは知らない。化け物に触れると能力を得るらしいが、私は触れたことさえないのだから。

 2週間ほど前に化け物に出会ってから、ずっと。

 追いかけられてきたが、それでも触ることはできていない。


「……今日は、追ってこないんだ」


 しかし今日は、少しおかしかった。

 すごく澄んだような透明。それでいてとても真っ白な不透明。無色というのだろうか。そんな、いわば純粋ともいえる色をしていた。いつもならば赤とか黄色とか緑とか、そんなカラフルな色彩をしていたのに、今日はほとんど色合いがなかった。


 そして何よりも、私がこんなに近くにいるのに、何も反応してこなかった。

 ……いつもなら反応して、私を追いかけてくるのに。

 そうしていつもなら私は逃げるのに。


 今日は追いかけてこなかった。

 だから、私は化け物のすぐそばにいた。傘をさして、化け物と向き合うようにいた。


「…………」


 いつも、思っていたんだ。

 どうして、化け物は人を襲うのか。特に私を狙って、ということだが、どうして化け物は襲うのか。いつも疑問に思っていた。


 それが化け物の存在意義と言われればしょうがないかもしれない。けれど、人なんて襲ってどうしようというのか。考えられる可能性としては大量にあるが、どれも非現実的なものばかりで、ならば非現実的なものだと決着していいのだろうか。


 ジャックはおそらくそうしている。彼の戦う理由は化け物に依存している。化け物がいるから戦う。そこに化け物がなぜいるのかという疑問は必要ない。

 ルートはそのあたり少し考えているようだ。化け物をどうすればきちんと殺すことができるのか。復活することなく倒すことができるのか。


 私も少し考えていたのだ。

 なぜ、化け物は現れるのか。


「…………絶望、か」


 人の絶望の塊が化け物なのだという。

 なるほど、それならすべてが説明できる気がした。

 どこから現れるのか、絶望から。

 なぜ人を襲うのか、絶望しているから。

 負の感情の具現だから人を襲う。実に分かりやすいことだった。子供向けの勧善懲悪もののように、悪は悪として存在するのか。


「…………」


 でも、じゃあ。

 このおとなしい化け物は一体何なのだろう。

 どんな絶望があるというのだろう。

 なにもしたくないという絶望?

 動かない理由は、動くことによって生まれた絶望だから?


 そもそも、絶望ってなんだ?


「……知らないよ、そんなの」


 私はつぶやいた。

 化け物は聞いていた。


 ただ雨の音がぱらぱらと私たちに降り注いでいた。自然は何も言わない。ただその役目を一心に果たすために。化け物も何も言わない。何も役目がないというように。


 そして――轟音と、瞬きとともに。

 空を突き刺すような音とともに。

 化け物はパンとはじけて、あっけなく消えた。


 そこには、ジャックがいた。

 もちろん傘は、差していない。


「…………」


「……ジャック」


「化け物を見つけたら連絡しろって……いつも言ってんだろ」


 ジャックは私に背を向けてそう言った。


 私は何も答えなかった。


 雷の音が、遠くで響いていた。

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