Tomorrow=Today
【第69回フリーワンライ】
お題:
明日へ
フリーワンライ企画概要
http://privatter.net/p/271257
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
息が切れる。それは自身が手を引く息子も同様だった。
だが立ち止まってはならない。
“奴ら”がやって来る。今は見えないが、追ってきているはずだ。
いないかも知れない、などとは決して思わない。希望的観測は足を鈍らせるだけだ。それは万に一つの幸運を取り逃す愚挙だ。
家も、財産も、友人も、全て捨てた。その引き替えの万に一つを決して手放してはいけない。手放していいはずがない。
「パパ、痛いよ」
「すまない」
と口にはするが、思わず力の入った手は緩めない。
この子だけは。
彼らは開拓移民だった。希望を抱き、希望に溢れた新天地に入植してきたはずだった。環境改善されたばかりの第二のフロンティア。しかし気付けば、不当に搾取される労働者と成り果てていた。それでもいつか、いつかは立場が回復すると信じて働いた。
取り返しの付かないことになるまでは。
妻に先立たれた。
劣悪な労働、醜悪な環境、名ばかりの福祉、そして盲目に従っていた自分の代償として。
愚かな自分を叱責することは出来る。それはなんの解決にもならない。行動しなければならない。
集落を捨てた。地域を捨てた。これから国を捨てる。そんなことをみすみす見逃す“奴ら”ではない。
“奴ら”とは『昨日』だ。
いや、“奴ら”を『昨日』にしなければならない。
ちらりと腕を見る。デジタル時計は午後二十三時前だった。
急げ。急いで『明日』へ。
枯れた川を渡って、石の林を抜ける。
この辺りは原生地だ。呼吸が苦しいのはそのせいもあるだろう。
どれだけ移動出来ただろうか。“奴ら”とどれだけ離れただろうか。
ふと、目を焼かれて俯いた。今のは? ライトが視界を横切ったのか?
素早く目を凝らした。“奴ら”か!
「止まれ!」
その呼びかけは流暢な標準語だった。
見ると、ほとんどフレームだけの車体の偵察車両に、三人の兵士が乗っていた。後部座席の男が立ち上がってライトを翳している。助手席の男が呼びかけてきたようだ。警戒しながら降車してくる。
鈍色と暗灰色の迷彩服。つや消しされた小火器はユニバーサル規格のものだった。部隊章は判別出来ないが、その隣のマークには見覚えがあった。赤と青の二つの円をオリーブの葉が囲んだ紋章。
統一宇宙軍の地上駐屯部隊。
「パパ」
囁き声に手を引かれる。見やると、息子が腕時計を見ている。
はっと気付いて、自分の右手首を覗き込む。腕に巻かれたウェアラブルコンピュータは、乱れたバイタルサインと現在時刻を表示している。
ピピッ
甲高い電子音が鳴り、GPSと連動した内蔵時計が時刻をオンタイム修正した。
にわかには信じられなかった。
23:10が、00:10に変わった。
それが意味するのは、日付変更線、つまりは国境線を越えたということだった。
「ははっ」
自然と笑いが込み上げてきた。
ここは『明日』だ。
『明日』は『今日』になった。
『Tomorrow=Today』了
実在の地名だと問題ありそうなのでこんな感じに。あと、日付変更線を越えて云々も地域に当てはめるのが凄く面倒だったので。
結局どこなのかは察していただければ。