二階堂朋子
~二階堂朋子~
目覚ましとともに起きる。いつもの朝だ。ただ、いつもと違うのはしばらくバイトを休むという事だ。貯金はある。いざとなったら使えるお金だってある。なのに、何かをしなくなると途端に不安になっていくものだ。
そう、火野は感じていた。卒論の準備を進めるのもいいかもしれない。いや、荻みどりにつきっきりで学校に行くのもいいかもしれない。
そう布団の中でまどろみながら考えていた。ゆっくり起きる。荻みどりを起こ
さないように起きる。
今日は食パンをトースターで焼くのではなく、フライパンで焼こうと決めた。バターを塗った面をフライパンにあて、チーズを乗せる。次にバターを塗ったパンを乗せる。バターは外側に塗っておくのだ。
いい匂いがしたらパンをひっくり返す。少しフライパンにふたをして、その間にお湯を沸かす。カップスープとコーヒーと紅茶を用意する。
いつもと少しだけ違う朝ご飯。少しだけ気分を変えたいと思った。ここ数日ゆっくり朝ご飯を食べた記憶がない。
用意が終わってテーブルに並べていると荻みどりが起き出した。
「今日はおいしそうな匂いがするね」
そう、この食パンの焼き方はたまにしかしない。普通にトースターで焼くほうが早いからだ。
でも、今日はそこまで急ぐことはない。だから、火野はこの焼き方にしたのだ。
「うん、今日からしばらくバイトも休みだしね。それにこの数日色々あわただしかったから。たまにはいいかなって」
そう言いながら火野はパンをかじった。中のチーズがとろけているのがわかる。いや、朝はこういう雰囲気がいいのだ。
こういう落ち着いた雰囲気で朝ご飯を食べる。それを望んでいたのだ。そう思っていたらインターフォンが鳴った。
時計を見る。8時を少し過ぎた所だ。火野はため息をついた。荻みどりはまたもそもそと服を着替える。外に飛び出しても大丈夫なように服を着込むのだ。
火野はやり過ごそうかと思っていたが、何度もインターフォンが鳴る。
仕方がなくゆっくり火野が立ち上がりドアスコープから外を見る。スコープから見えたのは少し茶色の肩までの長さをした女性が立っていた。顔に見覚えがある。そう、この前会った二階堂清美に似ているのだ。だが、サングラスもかけていない。大きくくるんとした瞳をしている。
火野はそっと扉を開けた。
「久しぶり。覚えている。私よ。二階堂朋子よ」
そう、二階堂清美の妹、朋子がやってきたのだ。
「話ししたいんだけれど、早い時間にごめんなさいね。どこかに外出される前に捕まえたかったから。もしよかったら指定された時間にまた来るけれど。でも、わかってほしいの。だって、行方不明の姉と会ったのがあの10年前にいなくなったやっくんだって聞いたから会いに来ちゃった」
そう、笑いながら朋子は話す。ふと、振り返ると後ろにすごく睨んでいる荻みどりがいるのがわかる。火野は言う。
「ああ、30分後でいいかな?ここから大通りに行ったところにデニーズがあるからそこで待っていてくれ。30分後に行くから」
そう言ったら朋子は「これを」といってメモを渡してきた。
「これは?」
「私の携帯。後で連絡してね。でも、あれから10年だものね。そりゃ、やっくんにもかわいい彼女ができるわけだ。でも、彼女やっくんのことどれだけ知っているのかな。ふふふ。じゃあ、待っているから。あんまり待たせすぎないでね」
そう言って、朋子去って行った。ブーツを履いているのか心地よくコツン、コツンという音がする。
音が遠ざかるのを聞いていると荻みどりが食器を片づけにきた。
「おい、俺の朝ご飯は?」
「変わりに食べておいてあげた。また、私留守番なの?」
荻みどりはほっぺたを膨らませながらそう言っている。火野が言う。
「じゃあ、一緒に」
「いかないわよ。知っているでしょう。私は出来るだけ外に出たくないの。特に陽のあたる時は特に」
火野はわかっていた。だからこそ二人で引きこもるって決めたんだ。火野は荻みどりと付き合う選択をした段階で友達付き合いを諦めた。
そう、決めたんだ。
「うん、今度この街の外に出よう。ちょうどバイトも休みなんだ」
「そうね、それならいいわ。ちゃんと計画立ててね」
「わかったよ。じゃあ、行ってくる」
そう言った火野だが、その約束はかなり早い時に実行されるとはこの時まだ知らなかったのだ。
大通り沿いにデニーズはある。だが、念のため違う場所に行っているかもしれないので火野は携帯に電話をした。
「もしもし、今から向かうよ」
「うん、待ってる。禁煙席で窓側にいるから」
電話を切る。火野は歩きながら思い出して。10年前。二階堂清美に二人は振り回されていた。たまに苦笑いをしながら朋子と笑っていたことを。そういえば、清美にばれないように手をつないだことがあったな。
そう、あの時確実に火野は朋子に恋をしていたのだ。だが、それは声に出せなかった。清美が怒るからだ。
でも、あの事が、父の自殺があってから離れ離れになった。確かにそこまで遠い距離じゃない。けれど、会いに行くことはなかった。
顔はやはり姉妹なのか清美と似ている。けれど、髪が長かったせいか、それともサングラスのせいか、清美はどこか怖い雰囲気があった。
いや、あの時のままなのだ。魔術や儀式にはまり、怪しいことをして、そして人を脅かすのが好きなままの、子供のままだったのだ。
だが、朋子は違う。いや、10年前もそうだったのだ。清美に言われて悪戯をしていたけれど、黒ミサや、召喚儀式をしていたけれどそこまで乗り気じゃなかったはずだ。
話しをしたい。この10年間に何があったのかを。それに、記憶が曖昧なのだ。火野にとっても。鎌倉から離れる時に何があったのか。思い出せずにいる。何か決定的な何かがあったはずなのに、ぽっかり黒く世界がかすんでいるのだ。
そう思いながら階段を上がりデニーズの扉を開ける。
視界に入ったのは窓側に座ってこっちに手を振っている二階堂朋子だ。目鼻立ちがはっきりしている。美人顔だ。だが、少し顔色がわるい。目が疲れているのだ。
「待たせてゴメン」
「いいよ。だって、お姉ちゃんの情報を持っているって聞いたから」
そう、言われてこの10年のことを想像した。もし、あの時の10年前のあの時と変わらずに二階堂清美が居たのならこの朋子は振り回されてきたはずだ。
けれど、心配をしているのだ。何があったのだろう。
「ああ、3日前にいきなり家にやってきたんだ。そして、観光をしたいと言ってきた。見たいと言ったのは城と水族館。でも結局水族館には行かずじまいだった。初めはここから少し南に行った妙高市に行ったんだ。雪が見たいって言っていた。いや、この上越もかなり雪が積もっているけれど妙高はスキーやスノボをするような場所なんだ。でも、結局雪合戦くらいしかしていない。それから高田城を見に行って、別れたんだ。
それでその後俺はバイトに、あ、コンビニでバイトをしているんだけれど、そこに客としてふらっと清美は来たんだ。聞いたらその日はホテルに泊まって、翌日帰ると言っていた。俺が知っていることはこれだけなんだ」
火野は話しながら、吸血鬼になったことや両親を殺したことは言わない方がいいと思い省いた。朋子が言う。
「お姉ちゃんは何か言っていなかった。例えば自分が人でない何かになったとか」
伏し目がちに、目を潤ませて朋子はそう言ってきた。火野は深く、深く息を吐き出した。
「ああ、言っていた。自分が吸血鬼になったと。歯もとがっていた。本物かどうかはわからない。でも、あの雰囲気、一瞬感じた雰囲気はなんと表現していいかわからないけれど恐怖を感じた。それと、」
火野は悩んだ。両親を殺したという表現を言うべきか。それに、その犯人として警察から疑われているのは清美ではなく火野自身だ。言い訳と思われるのだろうか。火野は首を横に振った。
「清美は自分が両親を殺したと言った」
「そう」
そう言って、朋子はすでに冷めきっているだろうコーヒーを飲み干した。朋子が言う。
「ねえ、お姉ちゃんは約束のことって言っていなかった?」
「ああ、言っていた。結婚をするとか、大海原に出るとかってやつだよな」
「それだけ?だって、あの時の約束はまだあったでしょう」
そう言われて、火野は思い出そうとした。両方といや、どちらかと結婚をするということ、あの船で大海原を旅するということ、他に何があったというのか。思い出せない。
「ゴメン。大事な約束だったはずなのに、思い出せないんだ。でも、たとえ覚えていたとしてもあの約束はかなえられないよ。俺にはもう守りたいものがあるから」
そう、火野は決意したのだ。あの須藤と決別すると決めたのだから。そう、荻みどりがあんなことになった原因は火野にもあるのだ。
だからこそ火野は荻みどりを支えると決めたのだ。だからこそ、火野は変わると決めたのだ。普通にバイトをして、倹約した生活をする。仲たがいではない、普通に話して須藤と別れた。だが、いつまた絡みに来るのかわからない。お互いが弱みを持ち合っているのだから。
須藤との出会いは偶然だった。いや、あの時は本当にお金に困っていたのだ。そんな時にちょっとしたことをするだけでお金が入るという噂を聞いた。
たとえば、電車の中で証言をするとか、威圧するときの人数集めの一人として公園に行くとかだ。
何をしているのかはわかっていた。だが、自分が決定打ではない。その他大勢の一人だ。だからこそそこまで罪悪感はなかった。けれど、荻みどりの父親を陥れた後、その娘が学校で話したことがある荻みどりだと知って考えが変わった。
自分が行ったことで人生がこうも変わる人間がいる。そう思うともう須藤に手を貸すことは出来なくなった。
「もう抜けたい」そう言ったらあっさり須藤は承諾をしてくれた。最後の報酬分を辞退するだけでだ。
自分がやったことは偽証罪だ。それはわかっている。須藤を追い詰めることは自分の罪を認めるという事でもある。
そうしようと思ったことは火野にはあった。だが、今よりもっとひどくおびえていた荻みどりを一人にするわけにはいかない。そう思ったからこそ火野は何も言わず、荻みどりのために時間を割くと決めたのだ。
例え目の前にいるのが初恋の相手。二階堂朋子が居たとしてもだ。
「ふ~ん、そうなんだ。でも、私はまたやっくんと会えてうれしいよ。変わっていないね」
火野に向かって優しい笑顔を二階堂朋子は見せる。朋子は更に続ける。
「お願い。私は不安なの。よかったら鎌倉に一緒に来てほしい。私は事情があって鎌倉に戻らないといけないの。家のこともあるから。知っているでしょう。うちは家が大きいだけじゃないの。父も母もなくなって、姉の行方不明。だから親族が来て大変なの。私に遺産を任せきれないと言ってくる。誰も悲しんでなんていない。思っているのはお金のことばかりよ。だからお願い。あんな場所に一人でいられない。支えてほしいの。だから受け取って」
そう言って朋子はテーブルに封筒を置いた。火野は手に取り中身を見る。そこにはチケットが入ってある。行先は直江津から東京までだ。
「これは」
「来てほしいの。鎌倉で待っているから」
そう言って二階堂朋子は出て行った。
目の前に鎌倉行のチケットがある。もちろん1枚だけだ。帰りの分は入ってい
ない。悩んだ末、火野は鎌倉に行くことを決めた。
そう、荻みどりを連れて。
説得に時間はかからなかった。荻みどりは遠出が好きなのだ。この直江津にいる限り周りの目を気にしてしまう。だから早朝に時間を変えてチケットを取った。
鎌倉には久しぶりだが、大船のビジネスホテルを取り、周りの観光もする予定だ。
荻みどりは寺社めぐりが好きなのですでに鎌倉に行く話しをしてからテンションがあがっている。荷物をキャリーバッグに入れている。服を選び、ネットから観光場所を調べてはまとめている。
家にプリンターがないから調べてからスマホに情報をまとめている。すでに荻みどりのスマホはマップだけではなく、移動ルートや甘味所などの情報でいっぱいになっている。
「旅行、旅行。楽しみだね」
火野は久しぶりに荻みどりの笑顔を見たように感じる。ここ数日特に火野が外出をしていたため、部屋から一歩も出ず、明かりもつけずに過ごしていたのだ。
よっぽどつらかったのだろう。
早朝の直江津駅は寒かった。吐く息は白く手袋を取って改札にチケットを入れる時にかなりかじかんだ。
電車に乗り込み窓の外を見る。白い世界だ。スキーやスノボをする人が利用しているシーズンだが、始発ということもありすいていた。
火野は窓を見ながら構内で買ったサンドイッチと紅茶を飲んでいる荻みどりに話しかけた。
「なあ、吸血鬼っているとしたらいつから日本にいるのかな?昔話で吸血鬼みたいなのって日本には居たのかな?」
火野は思っていた。もし、吸血鬼がいるとするのならば日本にもそういう伝記があるはずだ。だが、そんな話しを聞いたことがない。周りを気にしているのかサングラスをかけた荻みどりが言う。
「日本にはそれらしい記述はないわ。特に女の吸血鬼の話しなんて。でも、血や生気を吸う類のものはいっぱいいるわよ。まずは牡丹燈籠ね。これは有名よね」
そう言われてもピンとこなかった。
「牡丹燈籠って?」
そう聞くと荻みどりは楽しそうに話し出した。
「牡丹燈籠はね、若い女の幽霊が男と逢瀬を重ねたけれど、男性にひょんなことから幽霊であることがばれ、幽霊封じをした男を恨んで殺すという話よ。
まあ、この幽霊話に、仇討や殺人、母子再会など、多くの事件と登場人物を加え、それらが複雑に絡み合う一大ドラマに仕立て上げたから有名になっているんだけれどね。
その話しは旗本飯島平左衛門の娘であるお露が浪人の萩原新三郎に恋したあげく焦れ死にをしてね、お露は後を追って死んだ下女お米とともに、夜な夜な、牡丹灯籠を手にして新三郎のもとに通うようになってやつ。
新三郎の下働き、関口屋伴蔵によって、髑髏を抱く新三郎の姿が発見され、お露がこの世の者でないことがわかる。このままでは命がないと教えられた新三郎は、良石和尚から金無垢の海音如来をもらい魔除けの札を張るが、伴蔵の裏切りを受け、露の侵入を許してしまう。これが基本ね。
後は、飯島家のお家騒動や伴蔵と女房お峰の因果が追加になったりならなかったりするの。まあ、後特徴としては日本って幽霊は足がないはずなのに、この牡丹燈籠は下駄の音が聞こえるの」
楽しそうに荻みどりは話している。気が付くと火野のサンドイッチも食べている。
「おい、それ、俺のだろう」
「気にしない。私の講演料だと思えばいいのよ」
もぐもぐ食べながらそう荻みどりが言う。缶コーヒーを飲みながら火野は言う。
「確かに言われてみればその牡丹燈籠って聞いたことがあるな。なんか女の所に通っていたら骨の髄までしゃぶりつくされるって話しだよな。でも、それって吸血鬼の眷族を増やすという話しからは遠いな。それに生気と血ではちょっと違うし」
「あら、そう?じゃあ、血を吸う妖怪だと磯女とかいるよ。まあ、呼び方は磯女子、海女、海姫、海女房、濡女子とか色々地方によって呼び方が違うけれどね。
地方ごとに似たような伝記があるから近い何かがあったのかもしれない。
この磯女。外見は、上半身は人間の美女に近いけれど、下半身は幽霊のようにぼやけていて、龍やヘビのようになっているの。
常人と変わりないなどの説があり、背後から見るとただの岩にしか見えないともいわれる。全身が濡れており、髪は地面に触れるほど長く垂れているともいう。
この髪に包まれると血も生気も吸われるっていうの」
「やっぱり生気を吸うんだ」
火野は缶コーヒーを一気に飲んだ。すでにサンドイッチはなくなっている。後はチョコレートがあったはずと思い出した。ビニール袋に手を突っ込むとそこにはあるはずのチョコレートがなくなっていた。すでに荻みどりによって開封されている。チョコレートを食べながら荻みどりが言う。
「まあ、後は飛縁魔とかも血を吸うわね。飛縁魔も有名よね。飛縁魔は仏教から出た言葉なの。確か『絵本百物語』にそう書かれてあるわ。女犯を戒めるため、さらに女の色香に惑わされた挙句に自らの身を滅ぼしたり家を失ったりすることの愚かさを諭す言葉とされるの。
飛縁魔は、外見は菩薩のように美しい女性でありながら夜叉のように恐ろしく、この姿に魅入った男の心を迷わせて身を滅ぼし、家を失わせ、ついには命を失うとあるの。中国でかつて夏の桀王を惑わせて贅沢をしたという妹喜、殷の紂王を堕落させたという妲己、周の幽王の妃でありながら周を滅ぼす元凶となった褒姒といった王の妃たちが、この飛縁魔に例えられているのよ。まあ、伝説上では彼女らは飛縁魔ではなく、九尾の狐とも言われているけれどね。
この飛縁魔って名前は火の閻魔でもあるの。火炎地獄の裁判官という意味でもあるのね。そして飛縁魔というのは空飛ぶ魔縁であり、縁や因縁に悪い障害をもたらす天魔やマーラの暗示でもあるの。後は丙午生まれとされる八百屋お七が天和の大火に関連していることから、飛び火して大火事となる飛炎魔を意味しているともいうわ。
実際血を吸うと言われるようになったのは昭和・平成以降の妖怪関連の文献からなの」
火野は途中から聞いていなかった。とりあえずこの手の話しをすると荻みどりが止まらないことだけは昔からだ。この手をすごく調べているのだ。まあ、それも仕方ないことなのかもしれないが。
そういう意味では二階堂清美と荻みどりは話しが合うのではと思っている。いや、そういう子に惹かれるのかもしれない。火野が言う。
「だが、そこに不老不死というキーワードがないんだよな。不老不死にあこがれていたんだよ。二階堂清美は。いや、あの頃の俺らと言った方がいいかもしれない」
ちょうど話していると乗り換えである上越妙高についた。電車を降りると肺の中にひんやりとした空気が入ってくるのを感じられた。
荷物を持ち階段を上がっていく。コンビニがあったので火野は立ち寄りお菓子と菓子パンと缶コーヒーを購入した。荻みどりが言う。
「まだ食べるの?」
「いや、俺はあんまり食べてないから」
そう言いながら火野は一緒に紅茶も購入した。
「飲むだろう」
「ありがとう」
そう言って二人は階段を降りて電車を待った。しばらくして電車に乗り込む。先に菓子パンを火野は頬張る。荻みどりが言う。
「もし、不老不死が存在するのなら、それは記憶の継承でしかないと思う。肉体が滅びずにずっといることなんて不可能だもの。まあ、本当に人ならざるものがいたとしたら別だろうけれどね」
「おいおい、今までずっと吸血鬼や妖怪がいることを前提で話していたんじゃないのか?」
火野は突っ込みを入れた。だが、そう言いながら確かにもし、永遠に死なない人がいるとしたらそれは記憶の継承なのかもしれない。
そう言えば、何かの本で読んだことがある。人は二回死ぬと。一つは生命が終わる時、もう一つは忘れ去られた時。逆に言うと誰も自分を認識しない世界に行った場合、それは生きていても死んでいるのと同じなのかもしれない。
そういうことを思っていたら荻みどりがこう言ってきた。
「私は学術的に調べているの。でも、目の前に吸血鬼も妖怪もいない。だからちょっと二階堂清美には興味があるの。だって、本当に自分を吸血鬼と思っているのなら話しを聞いてみたいじゃない。それにもし、それは本物だったら私は感動だわ。そのメカニズムを知りたいもの」
目をキラキラさせながら荻みどりが話す。それからたわいもない話しをした後、火野は卒論用に必要な文献を読み進めた。荻みどりは横で鎌倉の歴史についての学術書を読み進めている。
すでに、観光ガイドは読み終っているので、次は鎌倉の歴史を読み進めているのだ。特に寺社めぐりをするのであれば、並行してその時何があったのかを知って起きたいのだ。
東京駅で乗り換えて鎌倉まで行く。だが、鎌倉駅を降りて火野と荻みどりを待ち構えていたのは会いたくない人物。そう。そこにいたのは刑事の井口と大内が居たのだ。