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初期練習作(短編)

私はわたしを愛したい

 人類の普遍的な欲求の源は、

「自分を愛する」ことなのだと理解した。

ネネ子という名前で一生が始まり、

いろいろと苦労したあげく、

名前を変えることを決意したのはつい先日だ。

私は今日から新しい名前にしよう。

そうだ、パパ子が良い。

私にぴったりの名前だ。

そう思った。


 「マジ言ってんの?

ちょっと考えてからにしたら……」

友人の忠告が心に響く。

「ネネさあ、このままでも可愛いよ」

だとしても、その名前は受け付けない。

私にはぴったりの名前があるのだ。

パパスからとったパパ子。

それしか思いつかない。

だって、私は一人息子が跡を継ぐような、

立派な人物になりたいのだ。

もはや性別なんてどうでもいい。

呆れてものも言えない友人を置いて、

家に帰ることにした。


 「ただいま」

玄関に「おかえり」の響きはない。

それはそうだろう。

私は、自分以外の誰も、家に入れたりは出来ない。

どうしてかって?

それは、わたしが悪魔の弟子だからだ。

悪魔はパパスと名乗っていた。

部屋には有害そうな図書が山と積まれている。

実際に悪魔と契約し、魂と引き換えに弟子にして頂いた。

息子は精神病院に入れてしまった。

それ故、知るすべは無いだろう。

全ては、神の御心のままに。

わたしは無我夢中で、息子の引きこもりを治そうと試みた。

それが全て失敗して、もうこの方法しか残されていないのだ。

神頼みをしたら、悪魔が来てこう言った。

「お前が全てを知ったら、お前は自己を愛するだろう。

しかし、このままだと、お前は息子だけを愛するのみだ。

それでは、彼はずっとこのままだ」

その日から、わたしは全てを知るために契約して、

その悪魔の弟子になった。

あれ以来、ずっと研究漬けの生活が続いている。

若さの秘薬、術の効用、呪いの対処、

気味の悪い物質も、実験材料として様々に調合する。

わたしはこの生活にのめり込んでいった。

なんだか楽しくて仕方ない。

まるで本来の自分に還ってきたようだ。

わたしは、息子のことも忘れて研究に打ち込んだ。


 しばらくすると、本当に息子の状態が安定してきたと、

病院から喜びに弾んだ電話がかかってきた。

わたしは適当に相槌をうち、電話を切ってしまった。

先方は変に思ったかもしれないと、ふと思った。

しかし、今なべの中にある物体の方が大事である。

わたしはまた調合に没頭し始めた。


 次の年の春。

息子は元気に、私立の小学校に通い始めた。

寮生活だが、何とかやっていけるだろう。

わたしは抜け殻のように、最近ぼんやりとしてばかりだ。

何か間違ったことをしたような気分だ。

だって、何もかもがわざとらしく感じられる。

そしてネネ子という名前が、心に響いて仕方ないのだ。

わたしは私自身を思い出そうとしている。

私は、実際は悪魔の弟子ではなく、平凡な母親である。

悪魔というものは、自分自身の内にあるもので、

ふとしたときに表に出てくるものなのだ。

私は以前の生活に戻ることにした。


 その頃、魔界では、悪魔が魂をつかんで喜んでいた。

「あの母親、うまくやってくれたようだな。

おかげでこの通り、美味しい魂も手に入った。

あいつらの運命はすでにこちらが頂いた。

なぜなら、あの母親は"わたし"を失ったのだから。

本当の自分自身をな」

悪魔は腹を抱えて笑っている。

「息子はよい悪魔になるに違いない。

まあその方が、簡単に生きられるだろうさ」

悪魔は闇に消えていった。

後には母親の息子に対する愛情が、

地面にうっすらと光り、取り残されていた。

それはいずれ、神に拾われることになる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い。 おちも考えさせられ いい。 書き慣れた、あるいは沢山の本を 読まれた成果なんでしょうかね 他の作品も読んでみたく なりました [気になる点] 特に 思いつきません
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