第 話 身体は神でできている
この僕、竹見一樹は学校に電車で通っている。
僕は駅に住んでいて、学校は駅の中にある。だから僕は家から出るなり駅に着き、家の駅と学校の駅を結ぶ線路の間だけ電車に乗り、降りたらもう学校に着いている。
こんなことは、そう珍しいことではない。実際うちの高校に通う全校生徒6人のうち、少なくとも半数は僕と同様の状況にある。まぁ、そのうち一人は僕の妹であり、もう一人僕の嫁もいるのだから、この計算はいささか詐欺じみてはいるけれど。
ともかく僕は学校に着く。そして作者に語りかける。
「結局、物語は物語することにしたのか」
「うん、どうも、そうらしい」
「何故? 特に理由はない。とりあえず殆ど無いような物語であれ、無いよりはあった方がまだ読みやすいだろうという配慮、あるいは億段だ」
「そのとおり」
「じゃ、俺は学校に通うよ」
「地の文では僕、台詞では俺という設定は、もう守らなくていいよ」
「うん、わかった、俺」
小説は、書けば書くほど価値が下がる。
字余り。
川柳だって、書けば書くほど価値が下がる。
更に字余り。
僕は踊る。アンパンマンマーチを歌いながら、踊る。そうしてそのことを僕に書かせて、僕の価値を落とす。
奈落の底に突き劣る。
「「作者の死」という言葉があるそうよ」
すっかり美人になってしまった宇野さんは教室に着くなり僕にそう告げる。
僕は授業中にも関わらず、教科書とノートを広げる。そしてキーボードに「作者の死」と打ち込み、検索する。教科書のモニタに検索結果が出現し、ノートにその中からウィキペディアの検索結果を表示する。
ふん、なるほど。
ここから5行ほど改行する。その間にあなたたちは、僕と同じように計算してみるといい。と言い、それから黙って改行する。
さて、検索いただけただろうか?
と、僕は僕の体に書き記す。
「お兄ちゃん、また書いてるの」
「うん、どうも、そうらしい」
僕は小説だ。だから僕は紙でできている。
僕は『メタ・ふぃくしょなルルル』で僕の身体を描写しただろうか? したかもしれない、でも僕は小説に手足が生えた身体を持っていて、決して矛盾は存在しない筈である。もし矛盾があったとしても、こじつけられないことは存在しないない。
僕は僕のページをめくり、上記の独白も記しておく。こうして僕の価値はまた一段と下がった。
僕が君たちと同じ有機的な「人間」の身体を持っていると君たちが考えるのは自由だ。ただ、少なくとも僕の目には既に文字の刻まれたページと、文字の刻まれていない白紙が写っている。僕には僕が小説に見える。
でも、そんなことはどうでもいい。結局作者である僕は死んでいるのだから、君たちが僕が人間の身体を持っていると考えるなら、そうなのだ。
そうでしかありえない。
「こら、授業を始めますよ」
と、先生は言う。
でも、それっておかしい。
だって授業はもう始まっていたんだから。