その男、怠け者
青々とした自然が広がる大地。人間が足を踏み入れていない前人未到の地。それがこのアルカデジアの森である。
世界の物質構成に必要不可欠な魔の素、魔素。それを多分に含んだ木々が揃い、樹齢はそのままこの土地の歴史となっている。
そんな絶対不可侵であった森に、一人の青年が立っていた。
黒髪に黒い瞳。中肉中背。申し分程度のパーマは、彼の精いっぱいのお洒落だったが、残念ながら寝癖にしか見えなかった。
「おぉい、ここどこー・・・?」
力ない声が森に反響する。それは遠くまで響いていったが、その問いに答えるものは現れない。ここは不可侵の森、人間は彼だけしかいないのだ。
ひとしきり周りを見渡した後、青年は項垂れた。その表情は絶望そのものと言える。
「勘弁してくれよ。明日はレポート提出期限なんだぜ」
ゆゆしき事態だった。学生にとってのレポート提出は生死にかかわる。それによって単位が取れるかどうかが決まるのだ。内容はともかくとして、出さないことには何も始まらない。それどころか、教授にやる気のない奴と目を付けられたら一貫の終わりである。これまでの授業態度や出席点の全てが無に帰するのだ。つまり、単位を落とす。
彼にとって、それは最悪の事態なのだろう。故に、叫ぶ。
「神様ー!俺の代わりにレポートを出しておいてくれぇぇぇ・・・」
神頼みとは、まさにこの事である。