#3 添い寝と言う名のお礼
アリュンに物凄く長い間耳掻きをされた後、彼女は少し物足りない表情をして渋々部屋を出ていった。
扉が締まってすぐ、扉の奥から「覚えてろよ!」と言うアリュンの掠れた声が聞こえてきた。どうやらリューネは部屋の前にいたらしい。
直ぐに扉を開いて中に入ってきた。
物凄く大胆なキャミソールを着て。
「こんばんわ、リオンハート様」
「ふあああああ!? こ、こんばんわっていうかさっきも会ったし!」
その格好に驚きながらも何とか返す。
黒いキャミソールに、下はどうやら直接パンツの様で、白い柔肌が顕わになっていた。
目のやりどころに困る。そうだ、目のやりどころに困るから動揺したんだ。
思わず正座をしてしまう。
「で、で? リューネは一体どのようなお礼をしようとしているんでしょうか?」
無意識に言葉が敬語になる。
それほどまでにリューネのその姿は破壊力抜群だったのだ。
「そ、その事なんですが……」
僕と同じように吃るリューネ。どうやら彼女も相当に恥ずかしいことをしているって自覚があるようだ。リューネを見上げると、彼女の顔も真っ赤に染まっていた。
それにしても、よくこんな大胆なことができたなあ。
リューネって意外と純粋で大人しいイメージがあった。
今まで一緒に過ごしていればそれくらいは分かる。
でも今ので僕のリューネ像がぶち壊れた。
「今日は、添い寝をしようかと……思いまして…………」
「……は」
一瞬何を言っているのか分からなくて頭が真っ白になった。冗談抜きで、アリュンが放つ光のレーザーの閃光よりも威力が強かった。
一拍置いて僕の絶叫が響き渡った。
「はああああああああああああああああああああああああああっ!!!???」
落ち着け、落ち着け、落ち着くんだ僕
取り敢えず状況を整理しよう。
僕の部屋にあるのは、一人用のベッドと机、主に魔術教本や魔物の図鑑が並べられた大きな本棚。ベランダに出られるようになった扉。
他には着替えが入ったタンス……後は一人用のベッドと一人用のベッドと一人用の――
「ってそうじゃないだろォォォおおお!!! 全然落ち着いてないじゃんかああ!!!」
やばい、本格的におかしい人みたいになってる。リューネの顔を見るのが怖い。
どうせ何言ってんだこの人、みたいな表情をしているんだろう……勘弁してください。
落ち着こう。さっきリューネは何て言った?
『添い寝をしようかと思いまして』
ほうほう、添い寝ね。アレでしょ、『一緒に寝る』の類義語でしょ? 国語力ない僕でも流石に分かるよ。
うん、十五歳の少年と十八歳猫耳少女が一人用のベッドで一緒に寝る……。
いやどう考えてもまずいでしょ僕の理性が吹き飛ぶよ?
伊達に魔法使い続けてないからね?
「あ、あの、リューネさん?」
恐る恐るリューネの方を見て声をかける。
「は、はひ!? な、何でしょうか?」
「その……考え直したりはできないですかね……?」
「考え直しは……で、出来ないです! 添い寝は譲れません!」
小さく拳を握って張り切るリューネ。さっきの小心はどこに行ったのだか。
にしてもまずい。僕のノミの心臓は既に破裂しそうだ。
「お礼……させてください」
「ふぇぇ、ず、随分と大胆になりましたね、リューネさん」
僕の言葉に再びかあっと顔を真っ赤にするリューネ。小さく「やっぱり少し大胆すぎたかな」なんて呟いているのは丸聞こえだ。
服装に関しても、添い寝しようとしている事に関しても大胆すぎる。気がつかないリューネも相当だ。
でもまあ、これで諦めてくれるだろう。
「それじゃあ添い寝は無しの方向で行きたいんだけどどうして僕のベットに潜り込む!?」
「い、いえ、リオンハート様が何かしらの準備が終わるまで待とうと思いまして……ハッ!私はそれを手伝うべきですね、思考が飛んでいました」
「そうじゃないでしょ!!」
……。
どうしてこんな事になってしまったんだ。
あの後、僕は明日の準備を開始した。
……リューネと一緒に。
僕は諦めず「これもお礼に入っちゃうんじゃないの?」と聞くと、「これはメイドとしての最低限の仕事です」と突っぱねられてしまった。
仕方なく手伝ってもらい、遂に就寝時間がやって来た。
一人用のベッドに僕とリューネが寝ている。
それが今の状況だ。
流石に顔を見て寝るなんて大技を使うことはできないので、僕はリューネに背を向けて寝ていた。
「……、」
「……、」
お互いベッドに入ってから無言が続いていた。
気まずすぎて死にそうな気分だ……。
「リオンハート様」
そんな沈黙をリューネが破った。
僕の名を呼ぶ彼女の声が、どことなく真剣・不安と言った感情が篭っているような感じがして、僕は小さく息を吐きながら返した。
「……ふぅ、どうしたの?」
クールに行こう。落ち着け、僕の後ろにいるのは五歳の時からの幼馴染のような人で、僕の家に仕えるメイドだ。大丈夫、落ち着こう。
「明日は……遂に家を出る日ですね」
「ああ、そうだね」
「私は……本当にリオンハート様に着いて行っても宜しいのでしょうか……?」
「え?」
何で急に、と思った。
リューネは僕が八歳の時に冒険者になると宣言した時から、ずっと着いてくると言っていた。僕としても強力なリューネが一緒に来てくれるなら嬉しいし、頼りになると思っている。
でもどうして突然そんなことを考えたのだろう……?
「私がいなくなれば、母はこの家で一人で仕事をすることになります……」
「……レオネさんの事を気にしていたのか」
リューネと一緒に僕の家に来たメイド、レオネ=ディニアス。
彼女の母で、やはりスタイル抜群の猫人族だ。
やはり子は親に似るのか。
「確かにリューネがいなくなったらメイドはレオネさん一人になるけど、きっと大丈夫だと思うよ」
「そうでしょうか……」
「別に僕の家族、皆が皆家事とか出来ない訳じゃないし。最低限の事は普通にできるよ。そもそも、リューネ達が来るまでは母さんがやってたんだから。家事」
「……私が来る前というと、十年以上前の事ですか。よく覚えていますね」
後ろで微笑む気配。
三歳とか四歳とかの記憶があるのはおかしいな。僕の場合は精神年齢が違ったから鮮明と記憶しているが。
まあ、覚醒したのが三歳だからそれまでの記憶は別の自我の記憶なのだけれど。
「ま、まあね。記憶力はいい方なのさ」
「流石リオンハート様です……」
少し話が逸れたが、僕とアリュン、そしてリューネの三人がいなくなれば、料理も少しばかりは楽になるだろう。
母さんと姉さんも料理は人並み以上にできるし。
そういう点では全然心配はない。
「だとよろしいのですが……」
「まぁさ。心配だったら転移門で一飛びだし、見に来ればいいんだよ」
父と母の活躍――お金的な話――によって、この小さな町には転移門と呼ばれる、言わばワープ装置が設置されている。
それを使えば、ユースティアからフィオンまで何てすぐに戻れる。
「……それもそうですね。ありがとうございます、リオンハート様」
「あぁ、どういたしまして」
少し真面目な話をしたからか、僕の心はいつの間にか落ち着いていた。
これならスッキリ眠れそうだ。
流石のリューネも今のいい感じな雰囲気をぶち壊して何か仕掛けてくることはないだろうと思い、ゆっくりと瞼を閉じたときだった。
僕は彼女を甘く見ていたのかもしれない。
「折角寝れそうだと思ったのにどうしてリューネさんは僕の体に腕を回して胸を押し付けながら抱きついてくるんですかァァァああああああッッッ!!!???」
……返事がない、既に眠ったようだ。
その後、案の定眠ることができなかった僕は、リューネが目を覚ました朝の六時まで徹夜する事になり、ユースティアへの出発は午後からになった。
「……よし、そろそろ行きます」
空間操作の術によって、中が拡大されたポーチを腰に回し、お馴染みの黒コート・剣杖を持った僕は、家の前で見送りをしてくれる面子に一言声を掛けた。
と言っても、僕の三人の家族とリューネの母・レオネの、合わせて四人だけだが、
僕の隣には白いワンピースを着たアリュン(小)と、やはりメイド服に身を包んだリューネがいる。
必要な荷物は全てこのポーチの中に詰め込んだ。
現在このポーチは、僕が魔力を込めれば込めるほど内容量を増やすことができる仕組みになっている。
イメージで言えば、ドラえ○んが持つ四次元ポケットの容量自在操作版のような物だ。
「お母さん、行ってきます」
「くれぐれもリオンハート様に迷惑をかけないようにね」
リューネとレオネが抱き合う中、アリュンがちょいちょいと肘でつついてくる。
「何?」
「主様よ。昨日はリューネとどこまでいったのです?」
悲しそうな表情をするアリュンに慌てて言う。
「どこまでも行ってないよ! リューネはさっさと寝たし!」
「そ、そうか。なら良いのですが……」
何が良いのかは全くわからないが、取り敢えず大きな誤解は回避できた。
アリュンの意図が分からない。一体何がしたいのだろうか。
昨日に関しても突然耳掻きをさせろとか言って来たり、何かとリューネと競ったり。
どうしたんだろう。
「リオンハート様」
「あぁ」
リューネがレオネさんから離れて僕の隣に来る。
さて、次に戻るのはいつかな。
時間はたっぷりあるし、一ヶ月毎くらいには戻ってこよう。
「行ってきます」