Prologue
これで確定します。
異常なほど熱気が篭った洞窟の奥地。
そこで僕達は一頭の竜と戦っていた。
「ユーリ、もうそろ硬直解けるよ!」
「分かりました! ―――ラストッ!」
ブレスの後の硬直に陥っていた炎竜の左眼に、青く輝くオーラを纏った短剣を突き刺したユーリと言う少女が声を上げた。
悲鳴じみた咆哮が洞窟内に響き渡る。
彼女よりも離れていた僕でこんなに耳が痛いんだ、おそらくユーリも顔をしかめているだろう。
一気にその短剣を引き抜いて、身軽なステップで僕の側に戻ってくるユーリ。
身長160センチメートルくらいのポニーテール長耳少女。
ユーリ=ミーシア、妖精種。
僕のたった一人の弟子で、纏装魔術と二本の短剣を操る十八歳だ。
僕の隣に来て短剣に付いた血を払いながら言う。
「いくら威力が強いと恐れられるブレスでも、師匠の魔術障壁に掛かれば造作もないですね」
魔術障壁。魔術によって生み出された、敵の攻撃を遮る障壁の事を示す。
「侮っちゃダメだよ、ユーリ。アレに消し飛ばされた冒険者は数え切れないって言うしね」
「そんな強敵との戦闘にこんなか弱い女の子を連れてくる師匠って……どうなんですか?」
「あはは。何の気せずに竜の眼に短剣を突き刺す少女はちっともか弱くないよ。ま、それだけ信頼しているってことさ」
妖精種特有の長耳をピコピコ動かしながら僕の言葉に反応する。
「知っていますよ、師匠はそう言う人ですもんね」
「……ああ!」
「この人たらし!」
「ふぇえ!?」
今のは自分的にポイント高かったような気がしたのだが、易々と一蹴されてしまう。思わずズッコケそうになったが、何とか踏み留まった。
硬直状態が解けた炎竜が動き出したからだ。
隣で転けそうになった僕を見て笑うユーリは、短剣を構えて姿勢を低くする。
その刀身には、一度消えた青色のオーラが再び現れた。
「嘘です。ボクはそんな師匠が好きですよ」
いわゆるボクっ子という奴に分類されるユーリが微笑みながら言う。
少しドキっとしてしまった僕は、それを隠すように顔を逸らした。
「どーせ師弟関係として、だろ」
「うふふ、想像はご自由に。それより! ボクの纏装魔術、どうですか!?」
上手くいってるでしょ? と目をキラキラさせるユーリ。
「確かに一ヶ月前よりも上達してるな」
纏装魔術は全ての魔術の中で割と難易度が高い魔術だ。それを一番最初に出来る様になったユーリは、もしかしたら魔術の才能もあるのかもしれない。
「だから正直、ユーリは魔術師としてやっていける気がするんだけど、どうして前衛職を好むんだ?」
「だって師匠とタッグを組むなら、魔術師二人より前衛と魔術師の方がいいじゃないですか」
そう言うユーリに向けて振り下ろされた炎竜の腕を、魔術障壁で防ぎつつ言う。
「え、何、もしかしてユーリさん、ずっと僕とタッグ組んでるつもりなの?」
「はい!」
僕の魔術障壁に守られながらニッコリ笑顔でこちらを向くユーリ。
ていうか、普通なら炎竜何ていう高位の魔物を前にして、こんな談笑出来るはずないのだけど、既に普通じゃない僕とユーリはそんなのお構いなしだ。
次々と振るわれる炎竜の腕だが、僕の魔術障壁によって完璧に防がれている。
「いや、だとしてもなあ」
「だからですね、師匠がもっとボクに魔術とか色々教えてくれればいいんですよ!」
もっとボクに時間を割いてください! と拳を握るユーリの瞳はキラキラ光っている。
僕的には十分彼女と一緒……ていうか四六時中彼女と一緒な気がする。
半分以上ユーリが勝手についてくるのだが。
そういうのはやめて欲しい。彼女いない歴=精神年齢(58)の僕は、そんな事されるともしかしたら僕の事好きなんじゃないか? とか思ってしまうから。
「はいはい。取り敢えずそろそろ放置されて拗ねちゃいそうな炎竜倒しちゃおう」
「了解です」
そう言うのと同時に、身体能力をフル強化したユーリが動いた。
既にそのスピードは常人には絶対に出すことができない領域に踏み込んでいた。
隣に残像が残る。
「さて、僕も」
呟いて術式演算を開始する。
魔術を使う際に行われる、いわば脳内詠唱のような物だ。
「行け。『Rigentem Sculpturae.Tiger《氷結造形・虎》』」
握っていた白い杖を炎竜に向ける。
杖の先端には白に近い水色の粒子が漂っていた。
魔力の残滓。
術を展開する際、それが属性を持つ術の場合は色が付いた魔力の残滓が杖の周りを漂うのだ。
直後、前方に大量の水が現れる。
それは徐々に虎の形を模していき、最終的な輪郭が出来上がった時点で、足となる部分からバキバキと音を立てて凍って行く。
やがて出来上がったのは、氷の虎。
僕が愛用する魔術の一つ。属性は勿論氷で炎竜には一見効果は薄いと見える。
でも、それなら属性なんて気にせず魔術の威力だけで勝負すればいい。
魔術の威力に関わるのは、術式演算の正確さと使用魔力の量だ。
魔物の弱点となる属性を使えば、威力関係なしにそれなりのダメージを与えられるけど、単純な威力だけで属性の有利を上回ることもできる。
全ては僕の能力次第。
術式演算・使用魔力の量が良ければあの鱗も貫ける。
「氷虎。一緒にあの炎竜を倒すよ」
それに何より、この魔術を愛用している理由が単純で。
氷の虎とかカッコイイし! 一番得意だし! つか、そうなるように一番練習したし!
別にボッチだったから仲間が欲しかったとかじゃないよ? 本当だよ?
炎竜に駆けていく氷虎を見て、カッコイイなあなんて思いながら、再び演算を開始する。
「貫け。『Aqua Draco hastæ《水竜槍》』
再び杖の先端部分に粒子が漂う。今度は水属性だから青色だ。
現れたのは龍の形をした三本の水の槍。
弱点属性を利用して戦うって言うのは、やっぱり定石だよね。
「ユーリに当てないようにっと」
呟いて飛ばした水竜槍は、一直線に炎竜の頬に向かって突き進み、激突した。
それと同時に、再び悲鳴じみた掠れた咆哮を上げる奴は、力なく倒れた。
でも。
「まだ死んでないよね」
隣に戻ってきたユーリは、二本の短剣を腰の鞘に戻す。
……僕がやれって事ね。
仕方ない。
「動けない相手に止めを指すのもどうかと思うけど、許してね」
術式演算。
出来上がったのは水竜槍の倍以上はあるだろう巨大な水の矛。
普通はもう少し小さいが、魔力量を増やせば大きくすることは容易い。
勿論見てくれだけじゃなく、威力も倍だ。
術式名を『Aqua Daemonium Harberd』
魔術銘を《水鬼矛》
元々水竜槍より高位の術だ。
「じゃあな」
言って、水鬼矛を放つ。
それは動こうとする炎竜の頬に激突し、そしてその生命活動を停止させた。
「……さて、さっさと納品部位の角を剥ぎ取って帰ろう。そろそろ暑い」
「そうですね! 剥ぎ取りはボクがやっておきます!」
そう言いながら、ユーリは角の剥ぎ取りを開始した。
*
今でも思い出す、最後に見たユーリの泣き顔。
そして、僕に好きだって言ってくれた事。
どうせならもう少し早く言って欲しかった。彼女に対して恋愛感情なんてものは無かったけれど、もしかしたら僕は、彼女を好きになっていたかもしれないのに。
僕は死んだ。
過去に一度殺りあった事がある悪魔系最高位の魔物から受けた呪いと、全く別の病が重なり、体が耐え切れずに死んだ。
長命の妖精種にしては早い、四十一歳での死去だった。
十八歳から成長が止まる妖精種の僕の体は、四十一歳でも若かったんだ。
でも、死んでしまったなら仕方がない。
そんな事が気にならないくらいに、僕は動揺していた。
―――まさかの三度目の人生到来ですか?
まだ首は動かせないため、視線だけで自分の状況を確認する。
視界に入るは幼児体型となった自分の体。しかも、おそらく生まれたばかりではない。生まれて三年ほど経過している。
……また、か。
僕は以前、このような現象に遭遇したことがある。
転生。
僕は過去に一度、転生して異世界で生まれ変わっていたのだ。
一番最初は、ただの日本人で北海道民。平凡な男子高校生だった。
気がつけば一人の少女を助けて事故に遭い、死んだと思ったら転生していた。
そこは剣と魔術の異世界。僕は歓喜して、魔術を極める日々を送ったのは何故だか記憶に懐かしい。
体感的に四十年ほど前の話なのだけれど。
そう、炎竜と戦ったのは僕の二度目の人生。
リーセイス=ミストラル、妖精種の天才魔術師となった二度目の人生だった。
そして今、僕は新しい体を手に入れてここにいる。
目醒めたばかりでうまく体が動かなかったが、徐々にコントロールが出来る様になった。
首を動かして辺りを見渡すと、おそらく僕に与えられたのだろう寝室。
三歳くらいの子供に与える部屋にしては随分と広い。どうやら僕の次の両親は凄くお金持ちのようだ。
ベッドに寝ていた体を起こして床に降りる。
そのまま、自分の体が三年間で体験したことの記憶を探った。
そして、見つける。僕の名前。
「リオンハート……シャオラン」
赤崎集。
リーセイス=ミストラル。
そして、リオンハート=シャオラン。
全て僕の名前。
その日から僕は、自分の周りの環境について調べ始めた。一つ前の人生で、意識が覚醒した時と全く同じ手順で。
まず分かった事、ここはどうやら僕が二度目の人生を送った世界と酷似した別の世界のようだ。
両親が金持ちで家がお屋敷の様なココ、どうやら図書室なんてものがあるらしく、そこでこの世界について調べた。
魔術という技術の存在、魔物という生き物の存在。
そしてその魔術や魔物の種類が前の世界と重なっている点があった。全く知らない魔物や魔術も存在するようだが、違っているのはちょっとだけだ。
次に僕たちの家がある場所。
フィオンの町。人口およそ五百人程度の小さな町だ。
この世界にも『転移門』と言うワープ装置が存在するようで、普通こんな小さな町には設置されないような代物なのだが、僕の両親のおかげで設置されたとか。
両親、過去に凄腕冒険者として活動していて、そのおかげでお金持ちらしい。
僕にとって最適な環境だ。
剣士の父と魔術師の母。
共に凄腕冒険者。
――よし、三度目の人生だ。知識も豊富、人生経験も長い、環境も最適。
充実した生活目指して頑張るとするか。
第一目標は、今回僕は人族らしいから長生きにしよう。
これは、ただの北海道民だった赤崎集こと僕が、ひょんなことから異世界に転生して天才魔術師になり、死んだと思ったらまた新しい人生を歩むことになった、そんなお話。
ま、異世界っていうのはことごとく僕に優しくないのだけれど。
そして時は経過し、僕は十五歳となった。
どうやら僕は書き溜めなんて作業はモチベーション的に出来なかったようですので、不定期更新になってしまうかもしれないです。
でも、なるべく毎日更新意識してやっていきます。
尚、八話までは話の展開が遅いので、ご注意を。