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資格

 リューネの山岳地帯で飛行船から降りた俺は、知覚スキルを活用して辺りの様子を探り、誰にも気配を悟られることのないように空気と化してメルロニを目指した。現在時刻は十一時半。そろそろ作戦開始時刻だ。


 当初のシナリオは大幅に書き換えられることになった。ブルーソフィアを、削るのではなく、潰す。作戦目的をローリエに対するベレッタの魔法詠唱に絞り、メルロニ以外の街を襲うのは中止にした。今ベレッタとオードブルは先行してローリエに向かっている。二人とも一緒だ。オードブルの知覚範囲は俺以上だし、警備部隊が大量に出回っているとはいえ敵に見つかるなんてことはまずない。


 すぅっと息を吸い、吐きながら目を瞑り、計画を再確認する。


 詠唱するベレッタを守るのではなく、隠す。そのためにはまず最初に、徘徊する警備部隊をローリエからメルロニにおびき寄せる必要がある。今現在ローリエ周辺は警備部隊が広範囲に渡りこれでもかっていうくらい出回っている。どんなに知覚スキルを活用したところで、その隙間を縫ってローリエに接近することは難しい。だから俺がメルロニで騒ぎを起こし、ローリエ周辺の警備部隊をおびき寄せ、警備体制に綻びをつくる。自分でいうのもなんだが、俺の首には絶対的な価値がある。おびき寄せることが出来るはずだ。大軍を。


 暗闇の森の中から、メルロニの壁門を見る。壮大な石造りの城壁。来る者拒まずといった感じで引き上げられた巨大な鉄の門。その下には、門とは対照的に来る者拒みますって感じで辺りを見回す緑色の宝石を首から下げた三人の男の影。そして門の中からは、スキルで確認するまでもなく大量の人間の気配が漂ってきていた。


 ……ふぅっと息をつき荒ぶる心を落ち着かせる。動くのはまだ早い。今回の作戦には時間の調整も含まれている。


 ベレッタたちがローリエの近くに辿り着いたところで、それだけでは簡単に敵に見つかってしまう。そこでオードブルの幻惑スキルを使って詠唱するベレッタを隠す。幻惑といっても意識干渉型のスキルではなく、空間湾曲型、または光学迷彩スキルといえばいいか。背景と同化して消える。


 とはいえ幻惑自体には強烈な限界補正があり、注視されるとオードブルくらいの使い手でも空間が歪んでいるのが丸わかりなので、間違いなくバレる。オードブルの場合は普通の使い手と違い、ゆっくりとなら移動しながらでも背景と同化出来るといった感じだ。また、幻惑はあくまで表面上のものであり、知覚スキルを欺くことは出来ない。当然敵は幻惑スキルも警戒して警備している。つまり、通常の警備体制を敷かれていては通用しない。


 そこで俺が今度はローリエに向かい暴れて、警備の連中の意識を奪う。そしてベレッタが必要とする詠唱時間を稼ぎだす。奴等はベレッタの超魔法とっておきの存在を知らない。俺が暴れ回っていれば「潜んでいる可能性がある」ってだけの俺の仲間を探すより、目に見える俺を仕留めに来るはずだ。俺は連中の相手をしながらオードブルたちの潜伏場所を特定して、ベレッタの魔法が発動する直前に結界に逃げ込めばいい。


 ……時間だ。いこう。


 赤茶色のローブを揺らし、木々の隙間から飛び出す。門まで20メートルといったところか。もう隠れる必要はない。派手に暴れ回るのが今の俺の役割。


「おい、あそこに何かいるぞ!」


 門で番をする男の一人が声を上げた。三人揃ってこちらに視線を向けてくる。


「ブラッディーローブ……おいお前、知らないのか?今プロメテウスでは--」


 馬鹿かこいつは。


 からの両手を振りかぶり、肩を回し斜めに切り下ろす。


「な……!? ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ぶわっと音を立て空間を裂き進む衝撃波が三人の男を一瞬で切り裂き、その肢体をセインレイムにおいて人の死を意味する、輝く粒子へと変貌させた。俺の両手にはしっかりと握りしめられたアルテアリス。馬鹿な奴だ。いちいち確認なんてしてたらブラッディーローブを禁止している意味がねぇじゃねーか。


「キャーーー!!」


 城壁の中から女の叫び声が聞こえてくる。俺のソニックブロウが勢い余って中の人間を殺しちまったらしい。感情が昂揚していくのを感じる。別に女の悲鳴を聞いたからじゃねぇ。これから始まる事に、心躍らずにはいられない!


 走り、門の中に飛び込む。最初に感じたのは街を囲む壮大な城壁による圧迫感、そして閉鎖感。鈍色の石材により造られた飾り気のない四角い建造物が整然と並ぶ街並みは、芸術性よりも機能性を重視したものだということが伝わってくる。しかし俺はそんな街並みに、蜂の巣を見て感じるようなある種の芸術性を抱いていた。通りには大勢の人間。差し向けられる奇異の視線。誰もが俺の正体を、そして殺人の犯人を一瞬で特定したようだった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 叫び声を上げ、逃げ惑う人々。夜のメルロニは混乱、そして混沌へと堕ちていった。ブルーソフィアの奴等は緑色の宝石を首から下げている。そんな情報はもう関係ねぇ。つーかいちいち確認するのもめんどくせぇ。目に入った奴等全員、皆殺しにしてやる!!


 通りを駆け抜けながら辺り構わずアルテアリスを振り払う。四方八方の空間、そしてプレイヤーを裂きながら進む巨大な弧を描く衝撃波。中には避けたり、得物で受け止めたりする奴も存在した。


「あははははははは!!!」


 暴れる。スタミナが切れるまで。一通り暴れると、辺りには乱雑に放たれたソニックブロウなど意にも介さぬといった様子で俺の様子を伺う「つわもの」だけが残っていた。


「はぁ。はぁ。はぁ。」


 アルテアリスを格納してイベントリからSTアンプルを転送し、注射針を左腕に打ち込む。これはスタミナを即座に全回復させる効果と、30秒間のスタミナ減少無効効果を持つ。今回俺はSTアンプルを大量に持ってきた。たいていの行動にはスタミナの消費が伴う。常時自動回復するし、スタミナの管理には自信があるが、今回は限界を超えた立ち回りをしなければ俺の役目は果たせない。そのために欠かせないのが俺の瞬間回避スキルなのだが、回避系スキルは一律25%のスタミナ消費が義務づけられている。つまりSTアンプルの補助なしでは安易に連発出来ないのだ。


「きくぜぇ……」


 辺りを見渡す。20人程度。緑色の宝石をぶら下げている奴もいるがそうでない奴もいる。半々くらいか。やはり、というか、今俺を取り囲んでいる連中はみんな気合いの入ったいい目をしている。


「てめぇ。俺達の街で暴れるたぁいい度胸じゃねぇか」


 血走った目。ボサボサの黒髪。頬に無精髭を生やしたやせ形のオヤジが言葉をぶつけながら歩み寄ってきた。おそらくメルロニを拠点に活動しているプレイヤー。腰には片手用の直剣。


「おいゼム。こいつはカズマだ。全員でかかった方がいい」


「あぁ!? それがどうしたってんだよ! たった一人に--」


 すっと、ゼムという名のおやじの脇を風のように通り抜け、音も立てずに手刀で首を落とした。粒子化する屍。俺の右手は今、薄く、刃物のように引き延ばしたオーラで覆われている。オーラはその形状を変えることで、様々な物理特性を持たせることが出来る。今の俺の手刀は、セインレイム最強の刃物きれあじ


「ゼムゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」


 轟く叫び声。その声の主の首をさっきと同じように、赤くなるまで加熱しておいたバターナイフでマーガリンに切れ込みを入れるように、すっと落とす。


「て……てめぇ……」


 たじろぐ者。俺をおそれずに敵意を向ける者。半々といったところか。しかしその中で一人だけ。全く違う反応。まるで俺を品定めでもしているかのような遠くからの真摯な眼差し。逆立った赤毛の短髪。その大きな体躯の傍らには、中華包丁を厚く巨大化させたみたいな特大剣ベイオウルフ。


「みんなでやりましょう。この男は危険です」


 緑色の服を着た金髪のガキが声を出した。胸にはブルーソフィアの証である宝石。俺はそのガキに左の掌を向け、気弾を放った。


 キンと音を立てオーラが弾かれる。弾いたのはガキが大事そうに抱くようにかかえた朱色の杖。俺は杖になんて興味がないから誰でも持ってるような杖の名前はわからない。


「おめぇら、俺に殺されるためにそこに立ってんのか? かかってこいよ」


「きさまっ!!!」


 俺の挑発に反応し全員が、いや、あの赤毛の男以外の全員が武器を構えた。


「ファイヤーボール!」


 ガキが重ねた掌から炎を放つ。しかしその形状はどうみても球体ではなく、錐。それが凄まじい勢いで回転しながら火花をまき散らして迫ってくる。


「いいスキルだ。30点」


 俺の心臓目がけて放たれたそいつを、オーラで覆った右手でつかみ取る。手中に収まったにも関わらず感じる推進力。滑るように回転するファイヤーボールを、右手に力を入れて握りつぶす。


「なっ!?」


「だが俺とやるのは少し、早かったみてぇだな」


 動揺したガキの眼前に一足飛びし、右手のオーラをドリルのように回転させて下から心臓の位置を貫く。


「あ……ああ」


 ガキの体が粒子となって消える。その瞬間、背後から俺の心臓を狙いに来た刺突剣による攻撃。振り返らず、右腕を後ろに振り手先のオーラを直剣化し、刺剣の使い手の心臓目掛けて思いっきりカッターナイフの刃を出すように勢いよく突き延ばした。


「ガハ……な、なぜ……わかっ……」


 その後ろで様子を伺っていた女ごと、刺剣の使い手を串刺しにする。俺は知覚スキルで周囲の様子を探りながら戦うことが出来る。俺に死角は存在しない。


「む……無理だ。勝てるわけねぇ……こんなバケモンに勝てるわけねぇ!!」


 逃げる者。その場にとどまる者。今度は半々ではなく、とどまったのはたったの一人だけ。


「よう。いつまで見てんだよ」


 赤毛の男に声をかける。切れ味の鋭そうな目。街灯に照らされて暖かに輝く、無骨な特大剣ベイオウルフ。自然体って言葉が似合いそうな雰囲気を持つその男は、片眼を瞑り、頭を掻きながら声をだした。


「雑魚にちょろちょろされると巻き込んじまうからな」


 低く、渋い声。近づいてくる足音と、不快音。


「賞金首にはなりたくないもんでな」


 直感。こいつはまぁ、そこそこ出来る。

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