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世界の敵になるという選択肢

 太古の雪原最奥


 吹雪の中、六人の男がフロストドラゴンを相手に死闘を繰り広げている。頭のてっぺんからつま先まで全身を赤茶色のローブで覆い隠した俺は、その様子を遠目から見ていた。

 剣を振り、魔法を唱える男たちの衣装は、青と白のカラーリングで統一されている。間違いなくミルドヴァイス騎士団の連中だ。


「クソ! なんて攻撃力だ!」


「今回復します!」


「このままでは……!」


 連中は押されていた。


 白銀竜フロストドラゴン。圧倒的重量から繰り出される爪撃。あらゆる炎を一瞬で打ち消す銀翼の羽ばたき。死を連想させるその口内から放たれるのは、ブルードラゴンが放つような生易しいフロストブレスではなく、直撃すれば死は免れない一点集中型のフロストレーザー。


「連中が挑戦するには少し、早かったみてぇだな」


 俺は特大剣アルテアリスを振りかぶるように右肩に乗せ、左手で意味も無く十字を切り、瞬間回避スキルを発動した。


「なっ……人間!?」


 連中の目の前に転移し、フロストドラゴンと対峙する。「瞬間的に姿と当たり判定をけす」という瞬間回避スキルを、俺は100メートル程度の移動性能を持った「空間転移スキル」といって差し支えないスキルにまで鍛え上げた。もっとも、俺と目標地点との間に壁などの遮蔽物があった場合それを越えることは出来ないが。連中は俺の背後で膝をつき息を荒らげていた。


「転移スキル!?」


「あ……ありえない。このゲームに転移スキルは存在しないし、周辺には誰もいなかったはずだ。こいつ……俺達の知覚範囲外からどうやって現れたっていうんだ!?」



 吹雪の中、連中の声が響く。そんな中、眼前のフロストドラゴンの瞳の色が、青から白、そして、金色へと変化していく。同時に連中の顔面も絶望を突きつけられたかのように漂白されていった。


「お……終わりだ……やっぱり俺達にはまだ早かったんだ……」


 連中に死を予感させたそれは、フロストレーザーの予備動作。平時ならともかく、スタミナを消耗しきった今の連中に回避出来る攻撃ではない。なぜならこいつは、一点集中型のフロストレーザーを、右から左へとなぎ払う!


 フロストドラゴンの口元に渦を巻くが如く吹雪が吸い寄せられていく。そこはまるで死の特異点。奴の胸元は大きく膨れあがり、口先が俺の右手方向の雪原をロックした。


「もうだめだぁぁ!」


 一抹の断末魔の叫び声、そして耳をつんざくような高音とともにフロストレーザーは放たれた。属性は氷ではなく、切断。それも最上位の。基本的な物理属性ではあるが、切断属性最上位には12%の即死効果が付与されている。そしてこいつのレーザーは、秒間600発もの攻撃判定を発生させる。かすっただけで多重の即死効果を突きつけてくるその攻撃を、耐えるのは不可能。


 両手に力を入れる。右方から迫り来る青白く輝く一縷の蒼白線。俺はその流れに沿うように、肩を回してアルテアリスを奴のアギト目がけて振り上げた。


「グギャアアアアアアアアアアアア!!!」


 雪原にフロストドラゴンの叫び声が響き渡る。俺が放ったのは最も基本的な特大剣スキル、ソニックブロウ。基本技が故に使い勝手が良く、こんなふうに離れた敵の攻撃を中断させるのに重宝している。


「あ……あんたは……いったい」


「そ、その剣まさか……アルテアリス!?」


「馬鹿な!? 所有者がいたのか!?」


「間違いない! カタログでしか見たことはないが……」


「グオオオオオオオオオオオ!!!!!」


 ざわめく連中に沈黙を強制するかのように、フロストドラゴンが首を持ち上げ轟きをあげた。俺はアルテアリスを雪原に刺し立て、背中で腰を抜かす連中に声をかけた。


「おめぇらハンドレッドだろ? ここから先は俺たち、サウザンド(プレイ時間千日越え)に任せな!」


 大小の双影が俺の両脇を固める。俺と同じ、ゆったりと頭のてっぺんからつま先までをブラッディローブで覆っている。


「かーっこつけてんじゃねーぞぉ。カズマぁ」


 カン高い鼻の詰まったような声でベレッタがいう。右手には樫の杖。魔法使いタイプの初期装備だが、なぜかベレッタはそいつを愛用している。


「おいおいベレッタ。そこがカズマのいいところなんだ」


「わかってんじゃねーか。オードブル」


 この太い声の主はオードブル。フードの中はどうみても戦士系のゴリラだが、サポートスキルが得意っていう冗談みたいな奴だ。


「ベレッタ……カズマ……オードブル……三大ギルドのマスターと同じ名前……まさか!?」


「ごちゃごちゃうるせぇよ。黙って見てな。……ベレッタ!」


「あいよぉ」


 そう返事をしてベレッタは杖先をフロストドラゴンの銀翼に向けた。


「シャドウエッジ」


 巨大な白銀竜の上空に具現化されたのは、まるで扇子を広げたように展開した地を指す闇塗れた十三の刃。僅かな沈黙の間、その切っ先がドラゴンの動きに合わせ双翼に狙いを定めるかの如く不規則に揺れ動いた。


「……やれ」


 その声を皮切りに、まるで広げた扇子をたたむように漆黒の刃が次々と降り注ぐ。巨大な長針のような刃が、翼膜を突き破り、白銀の鱗を貫通して胴体に突き刺さっていった。


「グギャアアアアア!!!」


「んふふ。これで弱点の炎が消されることはなくなったぜ。なぁカズマ、やっちゃっていい?やっちゃっていいよな?」


「焦んなよベレッタ。オードブルにも見せ場作ってやろうぜ」


「いらんよ。ほれ」


 オードブルが腕組みをしながら指をさすと、アルテアリスの刀身が鞘のような深紅の螺旋で包みこまれていく。


「クリムゾンピラー!」


 螺旋が一転、燃え盛る炎になった。


「なんだ。俺がやっちゃっていいわけ?」


 俺は雪を溶かして燃え盛るアルテアリスを両手で引き抜き、フロストドラゴンの斜め上空に意識を集中して、転移した。眼下には白銀の鱗を纏う首。後方からベレッタの文句が微かに聞こえてきた。


「わりぃなベレッタ。いただきぃ!!!」


 振りかぶった両腕で炎を纏うアルテアリスを振り下ろす。密着状態でのソニックブロウは衝撃波と斬撃が重なり、壊滅的なダメージを生み出す。なによりエンチャントスキルと相性がいい。振り抜かれた刀身と共に奴の首を通過した炎は、巨大な弧を描く衝撃波となって雪原の雪を蒸発させ、枯れ果てた大地の姿を露わにした。


「一丁あがり!」


 俺が地面に着地するのと同時に、フロストドラゴンの首が上空へと舞い上がる。目標の死を確認した俺は、そのまますぐ仲間たちの元に転移した。


「あ、あの……助かりました」


 俺が合流すると、一団のリーダーらしき男が礼をいってきた。他の連中も安堵の表情を浮かべている。


 可哀想に、こいつらは何もわかってねぇ。俺たちの目的も、これからどういう目にあうのかも。


 連中の様子を一瞥すると、何もいわずにオードブルがフードを捲りあげた。褐色の肌にスキンヘッドのやさしいゴリラみたいな顔が姿を現す。


「あ、あなたは、邪教のしもべの筆頭、オードブル!?」


 ベレッタもフードを捲る。揺れる前髪。焦げ茶色の三つ編みに、それと同じ色彩を放つ瞳。少しだけ幼さの残る、俺と同い年くらいのすっきりとした顔立ちの小柄な女の子がそこに現れた。


「な!? 深淵魔道狂の総帥、ベレッタ!?」


 そして俺もフードを捲った。


「そんな……神聖騎士団団長のカズマ……なぜあなたたちのような大物が揃ってこんな場所に!?」


 その質問にオードブルが答えた。


「俺達はもう筆頭でも、総帥でも、団長でもない。辞めたんだ。ギルドを」


「そうそう。あたしたちもさぁ。自由に遊びたくなったんだよね。位が人をつくるっていうか、大手ギルドの総帥なんてやってると、ちゃんとしなくちゃいけないっていうかー、縛られちゃうんだよね。色々と」


 ベレッタの言葉に俺も続いた。


「ようは退屈だったってことさ。好きに動くことも出来ず、これといった敵もいない。経験値も頭打ちだったしな。辞め時だったのさ」


 ギルドマスターにはギルドメンバーが取得した経験値の1%が得られるという特権がある。小規模ギルドならオマケ程度のボーナスだが、三大ギルドを率いていた俺達の経験値効率は一般プレイヤーの100倍以上。無限の成長を謳い、1レベルにつき1ポイント好きなパラメータに振り分けるというステータス成長システムだが、レベルアップに必要な経験値はある地点を境に倍数的に増えていくため、俺達のステータスは事実上のカンストというところまで成長していた。


「敵が見当たらないのなら、つくればいい。あたしたちはね、ギルドを辞めて、世界の敵になることにしたの」


 完熟したりんごのように赤い唇に指を当て、邪悪な笑みを浮かべるベレッタ。意味がわからない。といった様子で連中はざわめいていた。


「飲み込みの悪い連中だな。まあいい。わかりやすくいってやる。今の俺達は流浪の盗賊団。お前達、所持品全部おいていけ」


 ざわめく連中に、オードブルがそう強要した。

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