プロローグ
2215年。科学の進歩により、人類はこの世界と隣あう世界「異世界」の存在を確認。無数に存在するそれは、宇宙の構造を紐解く上での重大な足がかりになるとされ、異世界研究は世界中の研究機関でこぞって行われることになった。
中でもとりわけて行われていたのが、「異世界航法」の研究である。異世界の存在を確認する上で既に素粒子レベルでの干渉は行われていたため、実現可能な技術として優先的に研究されていった。
しかし、そんな研究も暗礁に乗り上げる。研究が進むにつれ科学者たちに、異世界航法には、宇宙の構造を解き明かさなくては越えられない壁のようなものがいくつも存在するという現実が次々と突きつけられていったからだ。
結局異世界航法の研究は無情なパラドックスを孕む無駄な研究とされ、世界中の研究機関で中止、凍結されていくことになる。
しかしそんな無駄な研究によって生み出された副産物が、2230年、世界中の人々を魅了することになった。
箱型ダイブデバイス「ゲーティア」
棺のような構造をしたその装置は、人の意識のみを仮想世界に転送することが可能で、これを利用したVRゲームは従来のVRゲームのクオリティを映像面、機能面、そして体感面で遙かに凌駕し、一つの技術革命とまで呼ばれ、ゲーム会社のみならずあらゆる企業が参入、開発を始めるようになった。
「佐藤和馬」
彼はなんのとりえもない17歳の少年だった。とりえもないが、普通でもない。和馬は学校に通っていない。彼の時間は、全てVRMMO『Unlimited Online』に注ぎ込まれている。
『Unlimited Online』ゲーティアと同じ、メルクラッドグループが発表したそのゲームは、無限の成長を謳ったアクションRPG。限界のないステータス成長システムもさることながら、魅力的なアクションと、それを生かす独特なスキル成長システムが話題を呼び、世界中でブームを巻き起こす作品となった。
そのスキル成長システムというのが、『Unlimited Skil Mastery System』通称USMS。人の脳の機能を利用したそのシステムは、脳にスキルを『実際に可能な現象』と刷り込むことにより、数字による画一的な成長管理ではなく、まるでボールを扱ったことのない子供がサッカー選手になる過程と同じようなリアルな成長を生み出し、そして同時に無限の変化を生んだ。成長の仕方によっては同じスキルでも、子供がサッカー選手ではなく、アメリカンフットボールの選手になるような、そんな大きな変化を。
例を挙げよう。『シャドウエッジ』という基本的な闇魔法スキルがある。初期状態では「掌から一本の闇の刃を飛ばす」というスキルだが、あるものは習熟するにつれて掌から『巨大な』刃を飛ばすという変化を生み出し、またあるものは掌から『二本の』刃を飛ばすという変化を生んだ。
変化を生むのは『出来る』と思い込む力。物理的な法則に支配されないゲーム内において、この『思い込み』の強さこそが大きな力を生んだ。もっとも、思い描いたスキルを発現するためには、ただ思い込むだけではなく、流れるようにカードを扱うマジシャンに憧れた少年が、華麗なカード捌きを修得するために必要なような、膨大な修練が必要となるわけだが。あるものは『掌』からではなく、『虚空』からシャドウエッジを発現させたという。
そんな独自の成長システムを持つ『Unlimited Online』内において、三大ギルドと呼ばれる超巨大ギルド 『邪教の隷』『深淵魔道狂』『神聖騎士団』 のマスターが同時にギルドを脱退するという事件がおきた。
それぞれが、聖人、 人外、あらゆる刃を使いこなす騎士王などの異名を持つものたちである。