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成れの果て

作者: 木村乃村
掲載日:2026/05/12

登録者は五十六人。


くだらない仕事は、半年前に辞めた。

 

汗ばんだ肌にシーツがまとわりつく。

スマホの光だけが部屋に浮かぶ。

 

管理画面で確認するもPV数は目も当てられない。

毎日、数字はほとんど変わらなかった。


最近は心霊配信ばかりしている。

 

昨日、新しいネタを見つけた。

 

隣町の高架下。

深夜になにか出る。

 

出てくれたことなど今まで一度もない。


─0時58分。

思っていたより低い天井。

高さ制限1.6m。

小さい軽自動車でもやっとだろう。


少し腰を落として入る。


急に季節が変わった感覚。

風の通りが無いせいか空気が溜まっている。

電灯は1個生きていた。

ただ、およそ3秒ごとに点滅を繰り返す。


─更に奥へ。


床は水浸しだ。

雨は降っていない。

壁から水が滴り、ヒビから風が抜ける。


少し滑りそうになり、壁に手をつく。

手のひらにヌルッとした感触。

苔がかなり生えている。


背もたれのないキャンプ用の椅子を置く。

金属が床に触れただけで大きな音がした。

簡単な機材とスマホを設置する。

 

─視線がぐっと低くなる。

 

側溝を流れる水は灰色で、蟲の死骸が溜まっている。

まだ息のあるものが、死骸をかき分けていた。


腐った水のような臭いがして、口内が酸味を感じた。


「…どうも、今日も配信始めます」

「今日は朝日が出るまでここに居ます」

 

同接は0。

コメントは流れない。


苦笑いしながら、缶コーヒーを開けた。

スマホ越しの自分を確認する。

背景が定期的に暗くなり、悪くない。


少しずつ同接が増えた。

流れるコメントに反応しながら過ごす。


腐敗した甲殻類のような臭いが鼻につく。


背後は何度も確認しているが何も無い。

滴る水の音だけが耳についた。


その時コメントが流れた。

 

《後ろ見ろ、ヤバイ!》


─振り返る。

変わらない景色だけ。

 

笑いながら画面を見る。

自分の後ろに何かいた。

スマホについた結露を指ではらう。

指先にヌメリが残り、スボンに擦り付けた。


─もう一度振り返る。

何も変わらない。


画面越しには、間違いなく映っている。

点滅するたび、画面の中のそれだけが近づいていた。

 

それよりも増えていく同接に目を奪われる。

瞬く間に100…500を越えた。


─逃げろ。

それでも動かない。


《逃げろ》

《後ろ》

《笑ってる場合かよ》

《誰か通報しろよ》

 

瞬く間にコメントが流れる。

逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ。

逃げられるわけがない。


同接2000─。

顔の筋肉が緩んだ。


背中を触れられた。

服越しにも感じる感触。


形はある程度理解できた。

ただそれは、個体というより液体。


─異様に粘着質な何か。


ヌチャヌチャと聞こえる。

それは、とても耳の近くで。


あまりの腐臭に嗚咽した。

生ゴミの臭う自分の部屋に似ていた。


耳元から首先へ、それは自分を優しく包む。

冷たさよりも暖かさが先に来た。


画面越しには映っている。

ただ、自分の視界には捉えられない。


そっと首元に手を伸ばす。

何かが崩れる感触、それは、手のひらへ癒着する。


─同接は伸び続ける。

終わらないでくれ。


朝日が昇る頃には、スマホの通知は鳴り止まなかった。


首元を撫でるように触り続け、

画面に向けて微笑んだ。


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