指向性放電
「カイト! お願い、もう手を離してッ!!」
鼓膜を劈くようなステラの悲鳴。
俺の視界は、自分自身の血と汗でドロドロに滲んでいた。
ステラの体内から流れ込んでくる濃度100%の魔力。
それは俺という『導線』の許容量を完全に超えていた。
指先から皮膚が炭化していく匂いがする。毛細血管が次々と破裂し、白目の部分までが真っ赤に染まっているのが自分でも分かった。
「……ッ、が、あぁぁ……!」
「カイト! 死んじゃう、あなたが死んじゃうわ! もういい、私はどうなってもいいから……ッ!」
普段は傲慢な竜姫が、ポロポロと涙を流しながら俺を突き放そうとする。
だが、俺は彼女の腕を絶対に離さなかった。
首輪をつけられたペットが、飼い主を見捨てるわけにはいかない。
それに、ここで俺が手を離せば、彼女は1秒で美しいガラス細工になって砕け散る。俺も直後に『白き処刑者』にミンチにされる。
全滅だ。
「ル、ルッカァァッ!!」
俺は喉から血を吐き出しながら、後方でへたり込んでいる小柄な技師に向かって叫んだ。
「その『神の胆石』を……俺の方へ、蹴り飛ばせッ!!」
「は、はぁ!? テメェ何言って……!」
「いいからやれッ! 早く!!」
俺のただならぬ気迫に押され、ルッカがヤケクソ気味に巨大レンチをスイングした。
ゴォンッ! という快音と共に、真っ黒な岩の塊が、俺たちの足元へと転がってくる。
「カイト、何を……?」
「ステラ、俺に思いっきりしがみつけ! 魔力を全部、俺に流し込め!」
俺は右腕でステラの身体を強く抱き寄せた。
そして、空いた左手で、転がってきた『神の胆石』を鷲掴みにする。
ズンッ!!
その瞬間、俺の左腕の感覚が完全に消失した。
『神の胆石』は、いかなる魔力も通さない「絶対絶縁体」だ。
俺の体を通って大気中へ逃げようとしていた熱(魔力)が、左手で堰止められる。
ホースの先を指で塞いだ状態を想像してほしい。
行き場を失った高圧のエネルギーは、出口を求めて一点に圧縮される。
「白血球モドキが……! 俺のご主人様に、手を出すなァァッ!!」
俺は、ステラの魔力でパンパンに膨れ上がった左腕――『神の胆石』を握った拳を、眼前に迫る巨大な怪物へと突き出した。
「――『指向性・強制放電』ッ!!」
絶縁体と、超伝導体(俺)の摩擦。
逃げ場を失ったステラの神話級の魔力が、俺の左腕の先端から、極細の「レーザー」となって撃ち出された。
ピィィィィィィィンッ!!!!
音というより、空間が引き裂かれるような高周波の絶叫。
俺の左手から放たれた一条の紫色の閃光が、数百トンはある『白き処刑者』の眉間を、正確に撃ち抜いた。
魔法じゃない。これはただの「放電現象」だ。
だが、その威力は本物の竜のブレスを凌駕していた。
ビキ……ビキビキッ!
怪物の巨体がピタリと止まる。
撃ち抜かれた極小の穴から、超高熱のエネルギーが怪物の内部へ逆流し、その機械と肉の融合体を内側からドロドロに溶かしていく。
ドゴォォォォォォンッ!!!!!
一拍遅れて、怪物は内部から大爆発を起こし、魔素の海へと崩れ落ちていった。
今度こそ、再生の余地すらない完全な消滅だった。
「……ははっ、ざまぁみろ、鉄屑……」
俺は虚勢を張って笑おうとしたが、頬の筋肉が動かなかった。
視界が暗転する。
役目を終えた俺の左腕は、肘から先が完全に黒焦げになり、力なくダラリと垂れ下がっていた。
物理限界を超えた代償だ。
俺の体は、ついにショートしたのだ。
「カ、カイト……!?」
俺の膝が折れる。
倒れ込む俺の身体を、ステラが慌てて抱き止めた。
「いや、いやぁッ! カイト、目を開けて! お願い……!」
耳元で、ステラの泣き叫ぶ声が聞こえる。
彼女の肌は、もう赤く光っていない。結晶の亀裂も消えている。
俺が全ての熱を撃ち出したおかげで、彼女の暴走は完全に治まっていた。
「……よかった。ご主人様が、無事で」
俺は黒焦げになった左手を見下ろした。
痛覚はもうない。だが、これじゃあ、明日から彼女の髪を撫でてやることもできないな。
「馬鹿、大馬鹿! 私のペットのくせに、なんで私を庇ってボロボロになってるのよ……ッ! 命令違反よ、絶対に許さない……ッ!」
大粒の涙が、俺の顔に落ちてくる。
ステラは俺を抱きしめ、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
その圧倒的な強さで国を背負ってきた竜の姫が。
何の力もない、異世界から来ただけの俺のために、こんなにも泣いてくれている。
「おい、ルッカ……」
俺は薄れゆく意識の中で、駆け寄ってきた技師に声を絞り出した。
「あの『神の胆石』……ちゃんと、回収しとけよ。あれで……俺の、左腕を……作ってくれ」
「カイト! 喋るな、死んじまうぞ!」
ルッカが涙目で医療キットを広げている。
「俺は、ペットだからな。……飼い主を、守るための……頑丈な、腕が要る……」
そこで、俺の意識は完全に闇に沈んだ。
絶対的な力を持つ主人と。
絶対的な無力さを持つペット。
だが、この深淵の底で。
二人の間に繋がれた「鎖」は、契約や依存といった言葉を超えた、何よりも強固な絆へと変わっていた。




