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「人間」というだけで、異世界で国宝扱いされました。  作者: 鷹白マヤ


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深淵へのダイブ

「……ん、あ、ゴホッ!」

リビングのソファーで、ルッカが目を覚ました。

「気がついたか、天才技師」

俺は水を入れたコップを差し出した。

「お、おう……。テメェ、私に何をした?」

「解毒魔法なんて使えないからな。換気して、水に少量の炭を混ぜて飲ませた。毒素の吸着には古典的だが一番効く」

「炭、だと……? そんな原始的な方法で、対竜毒の中和が……?」

ルッカはコップの水を飲み干し、信じられないという顔で自分の体をペタペタと触る。

魔力に頼り切ったこの世界では、「化学」や「医学」の基礎知識がすっぽりと抜け落ちているらしい。

「カイトの言う通りよ。あなたの顔色、すっかり良くなってるわ」

背後から、ステラが歩いてきた。

彼女は俺の背中にぴったりと張り付き、俺の首筋に額をこすりつけている。相変わらずのゼロ距離だ。

「ステラ。お前、その人間へのベタベタぶり、どうにかならねえのか……見てるこっちが恥ずかしいぞ」

「うるさいわね。私は今、カイトから『生命力』を補給しているの。邪魔しないで」

堂々と言い放つ竜姫。

実際はただの「排熱」なのだが、彼女にとっては精神安定剤のようなものらしい。

「それより、状況の整理だ」

俺はステラの頭を適当に撫でながら(そうすると彼女は大人しくなる)、壊れた壁の向こう――暗殺者たちが消し飛んだ跡を見た。

「あいつら、『元老院』って言ってたな。ステラ、君は命を狙われるほど恨みを買ってるのか?」

ステラの表情が、少しだけ陰った。

「恨みじゃないわ。……『政治』よ」

「政治?」

「この竜公国は、私を最強の抑止力として近隣諸国と冷戦状態を保ってきた。でも、私の結晶化病は隠しきれなくなっていたの。……元老院の老人たちは、私が『あと半年で死ぬ』と計算して、国を隣国に売り渡す準備を進めていた」

なるほど。

そこに、予定外の特異点(イレギュラー)(俺)が降ってきたわけだ。

「私が今日、翼を完全に修復して帰還した。奴らの計画は狂ったわ。だから、焦って実力行使に出たのよ」

「……ってことはだ」

ルッカが深刻な顔で、俺を指差した。

「奴らにとって今一番邪魔なのは、ステラを全快させたその『人間テメェ』ってことだぞ。魔力ゼロの特異点。……明日には、テメェの首に莫大な懸賞金がかかるぜ」

背筋が寒くなった。

この理不尽な世界で、国を牛耳る組織から命を狙われる。

魔力ゼロの俺にとっては、ハードモードすぎる展開だ。

「だから私が守るって言ってるでしょ」

ステラが俺の腕を強く抱きしめる。

「誰にもカイトは渡さない。元老院の刺客が来たら、私が全部焼き払ってあげる」

「待て待て、それじゃあ内戦になるだろ。街が火の海だ」

俺はため息をついた。

彼女の武力は圧倒的だが、それだけに大雑把すぎる。

俺は自分の手を見た。

「ルッカの言う通り、俺の『抗魔力(アンチ・マジック)』は魔法結界や魔力攻撃には無敵だ。だが……」

「だが?」

「ただの『物理的な石ころ』を頭にぶつけられたら死ぬ。魔力がないから身体強化もできない。俺はあまりにも脆すぎる」

どんなに優秀な冷却装置でも、装甲がゼロなら流れ弾で壊れてしまう。

俺がこの世界で生き残るには、自衛のための「装備」が必要だ。

「俺専用の、魔力を必要としない防具や武器が要る。ルッカ、作れないか?」

俺の提案に、ルッカは腕を組んで唸った。

「理論上は可能だ。お前の言う『熱力学』の知識を使えば、魔力なしで駆動する外骨格(パワードスーツ)や、火薬式の銃も作れるかもしれねえ。……だが、素材がない」

「素材?」

「ああ。通常の金属は、この世界の魔素に触れるとすぐに劣化する。お前の無魔力に耐え、かつ物理的強度を持つ素材なんて、この世界のどこを探しても……」

そこで、ルッカがハッとして口を噤んだ。

ステラも、何かを察したように俺の腕をギュッと握る。

「……あるのか?」

俺が尋ねると、ルッカは嫌な汗をかきながら頷いた。

「一つだけ、ある。……この都市の地下、機神の死骸の最も深い場所。『心臓の淵(アビス)』だ」

彼女によれば、そこは神の体液(純度100%の魔素)が溜まる地獄。

通常の亜人なら、近づいた瞬間に魔力過多で細胞が破裂して死ぬ。だから、誰も素材を採掘に行けない。

「だが……」

俺は笑みを浮かべた。

「俺なら行ける、ってことだな?」

「狂ってるぞ人間! 魔力が効かないとはいえ、何が棲み着いてるか分からねえんだぞ!」

「ルッカの言う通りよ、カイト。あそこは足を踏み入れたら二度と戻れない死地……」

「俺が行かなきゃ、どうせ暗殺者に殺されるか、お前が暴走して街が滅ぶかの二択だろ」

俺は立ち上がり、ルッカの巨大レンチを指差した。

「俺は死ぬ気はない。生き残るために、俺だけの最強の『剣』と『盾』を作る。……道案内、頼めるか?」

二人は顔を見合わせ、やがて諦めたように息を吐いた。

「……はぁ。まさか、拾ったばかりのペットに、世界の底まで付き合わされるなんてね」

ステラが呆れながらも、嬉しそうに微笑む。

「いいわ。私の命綱(カイト)を強化するためだもの。護衛は任せなさい」

かくして。

暗殺の夜が明けぬうちに、俺たちは都市の最下層――神の死骸の奥深くへとダイブすることになった。

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