第3話 魔導機工都市
その光景は、僕のオタク心を激しく揺さぶった。
赤茶けた荒野を抜けた先。
巨大な「神の肋骨」の内側にへばりつくようにして、その都市は存在していた。
無数に回転する真鍮色の歯車。
パイプラインから噴き出す純白の蒸気。
そして、街全体を照らす紫色の魔導灯。
スチームパンクと、ハイファンタジーの融合。
機工都市『ギア・ロンド』。
「……すごいな。街全体が生きているみたいだ」
「実際、生きているわよ。この都市の動力源は、地下にある『機神の心臓』から汲み上げた体液だもの」
ステラは当たり前のように言い放つ。
神の体液を燃料にして回る歯車の街。
B級映画のような設定だが、目の前の光景は圧倒的なリアリティで僕に迫ってくる。
「ついてきて、カイト。私の屋敷へ案内するわ。……これ以上、外気に当たっていると、また熱が上がる」
ステラが僕の手を強く握る。
彼女の手はまだ熱い。
先ほどの「吸魔」で一命は取り留めたが、彼女の体内の結晶化が完治したわけではないのだ。
彼女は今、爆発寸前の原子炉を、僕という冷却水で無理やり冷やしているに過ぎない。
都市への入り口、巨大な検問ゲート。
武装した兵士たちが、入国者の魔力反応をチェックしている。
「次! 魔力登録証を提示しろ!」
兵士が持つ水晶の板に、旅人が手をかざす。
『魔力値:250 属性:火』
水晶が赤く光り、ゲートが開く。なるほど、魔力パスポートか。
「……まずいな。俺、魔力ゼロだぞ」
「平気よ。堂々としていなさい」
ステラはフードを目深に被り直すと、僕を連れて列の最前列へと割り込んだ。
「おい貴様ら! 順番を……」
兵士が槍を向けた瞬間、ステラがフードを外した。
銀色の髪と、背中の結晶翼が露わになる。
「ひっ……!? す、ステラ王女殿下!?」
兵士たちが一斉に青ざめ、その場に跪く。
この国において、最強の竜騎士である彼女の顔は、絶対的な通行手形らしい。
「通るわよ。急いでいるの」
「は、はい! 直ちにゲートを……む?」
兵士隊長らしき男が、怪訝な顔で僕を見た。
そして、手にした魔力測定器を僕に向ける。
『魔力値:測定不能』
『属性:なし』
「な……故障か? 魔力反応が全くないぞ」
隊長がスキャナーを叩く。
「おい、そこの男。貴様、何者だ? どの種族だ?」
周囲の視線が突き刺さる。
この世界では、魔力がないことは「服を着ていない」こと以上に異常なのだ。
「答えろ! スパイか!?」
槍の切っ先が僕の喉元に向けられる。
だが、その槍は届かなかった。
ステラが、僕と兵士の間に割って入ったからだ。
「下がりなさい。その者は私の『所有物』よ」
「所、所有物……でありますか?」
「ええ。古代遺跡で拾った、珍しい『愛玩動物』よ。魔力を持たない劣等種だけれど、私の玩具には丁度いいの」
ステラは冷徹な王女の声色で言い放ち、それから僕の首に腕を回した。
甘い香りが鼻孔をくすぐる。
彼女は兵士たちに見せつけるように、僕の首筋に顔を埋めた。
「……んッ……ふぅ……」
艶めかしい吐息。
演技じゃない。
彼女は今、ゲートの待ち時間で蓄積した熱を、僕に触れることで逃しているのだ。
兵士たちが顔を赤くして目を逸らす。
最強の王女が、得体の知れない男に溺れている。
スキャンダルだ。だが、誰もそれを咎めることはできない。
「文句、あるかしら?」
「い、いえ! 滅相もございません! お通りください!」
ゲートが開く。
ステラは僕の腰を抱いたまま、悠々と都市の中へと歩き出した。
「……助かったよ、ステラ。でも『ペット』扱いは酷くないか?」
小声で抗議すると、彼女はくすりと笑った。
「事実でしょう? あなたは今日から、私の飼い犬だもの。……それに、こうでも言わないと、あなたは研究材料として解剖されていたわよ」
「解剖?」
「魔力ゼロの人間なんて、この世界では『空白の世代』と呼ばれる伝説上の存在だもの。学者が知ったら、目の色を変えて襲ってくるわ」
ぞくり、と背筋が凍る。
俺はただの無能力者じゃない。
この世界における「希少種」だったのか。
王族専用のリフトに乗り、都市の上層へ。
眼下に広がる街並みを見下ろしながら、俺は違和感を覚えていた。
「……効率が悪いな」
「何が?」
「あのパイプラインの配置だ。魔力蒸気のロスが大きすぎる。あれじゃあ、末端区画に届く頃にはエネルギーの3割が減衰してるぞ」
俺は街中を走る配管を目で追っていた。
工学部出身の俺から見れば、この街の設計はツギハギだらけだ。
古代の遺産(神の死骸)に、無理やり現代の技術を繋ぎ合わせているせいで、歪みが生じている。
「へえ……あなた、そんなことが分かるの?」
ステラが興味深そうに僕を見る。
「分かるさ。計算式が見えるわけじゃないけど、流れが『滞っている』場所は感覚で分かる」
「ふーん。やっぱりあなた、ただのペットじゃなさそうね」
リフトが最上層に到着する。
そこは、巨大な歯車の上に作られた庭園付きの屋敷だった。
「ただいま。……あーあ、やっと休める」
玄関をくぐるなり、ステラはその場にへたり込んだ。
緊張の糸が切れたのだろう。
彼女の肌が再び赤く発光し始める。
「カイト……充電、お願い」
「はいはい」
俺は慣れた手つき(といっても二回目だが)で、彼女の手を取り、ソファーへと誘導する。
彼女は俺の膝に頭を乗せると、猫のように丸まった。
俺の手が彼女の額に触れる。
熱が吸い出されていく。
彼女の呼吸が深くなり、安らかな寝息へと変わっていく。
平和だ。
……と、思ったのも束の間。
ドォォォォン!!
屋敷の扉が、爆音と共に吹き飛ばされた。
「ステラアァァァッ!! 無事かアァァッ!!」
土煙と共に飛び込んできたのは、身長140センチほどの小柄な少女。
だが、その手には身の丈以上の巨大なスパナが握られており、背中にはゴツい機械仕掛けのリュックを背負っていた。
「排熱機関の数値が異常低下してるってアラートが出たぞ! お前、また無茶して翼を壊したな!?」
少女はドカドカとリビングに侵入し、ソファーで寝ているステラと――その膝枕係をしている俺を見て、硬直した。
「……あ?」
少女が巨大スパナを俺に向ける。
「誰だテメェ。……なんでステラに触ってんだ? 殺すぞ?」
俺はため息をついた。
どうやらこの異世界生活、安息の時間はまだまだ訪れそうにない。




