呪われた姫
「……買うって、どういう意味だ?」
俺は、自分の手を握りしめている彼女――銀髪の少女を見下ろして尋ねた。
彼女の手は、驚くほど力強かった。
まるで、少しでも力を緩めれば、俺が煙のように消えてしまうのではないかと恐れているように。
「言葉通りの意味よ、カイト」
少女は、熱っぽい瞳で俺を見上げている。
「私の名はステラ・ドラゴニア。この第六階層を統べる『竜公国』の第三王女。……そして、あと半年で死ぬ予定の『結晶化患者』よ」
さらりと、彼女は重い事実を口にした。
死ぬ?
この圧倒的な強さを持つ彼女が?
「見て」
彼女が背中を向ける。
先ほど再生したはずの『結晶の翼』。
だが、近くで見ると、その根元には蜘蛛の巣のような黒い亀裂がびっしりと走っていた。
「私たち竜人族は、強大な魔力を持って生まれる。でも、その出力に肉体が耐えられない。魔法を使うたびに内側から壊れていく……それが『竜血の呪い』」
ステラは自嘲気味に笑った。
「私の翼は、もう限界だった。本来なら、さっきの戦闘で砕け散って、私も死んでいたはず。……あなたが、その手を握ってくれるまでは」
彼女は再び俺の方を向き、縋るように俺の手首を掴んだ。
その指先が、微かに震えているのが分かった。
「痛くないの」
「え?」
「あなたが触れている間だけ、あの焼けるような痛みが消える。……生まれて初めてなの、こんなに静かな身体は」
彼女の言葉には、切実な響きがあった。
俺にとってはただの「接触」。
だが、彼女にとっては、それが唯一の「救い」なのだ。
俺の脳内で、オタク知識が高速で結論を弾き出す。
俺の体質は、いわば「生体アース」だ。
魔力を持たない俺の肉体は、彼女たち過剰魔力者にとって、余分なエネルギーを捨てるための「排熱口」として機能する。
需要と供給が、残酷なほど噛み合ってしまった。
「カイト。あなたには魔力がない。この世界では『無能』と呼ばれる最下層民ね。……放っておけば、魔素の嵐に巻かれて野垂れ死ぬか、奴隷商人に捕まって終わるわ」
ステラは王女としての顔を取り戻し、冷徹に告げた。
だが、その手だけは、まだ俺を離さない。
「だから、契約しましょう。私はあなたに衣食住と、外敵からの『絶対的な保護』を提供する。あなたは私の専属になって、その身体を提供しなさい」
つまり。
俺は彼女の「冷却パック」になれ、ということか。
「……拒否権は?」
「ないわ。だって、離したら私が痛いもの」
彼女は俺の手を自分の頬に押し当て、うっとりとした表情で目を細めた。
理屈じゃない。
これは、生物としての本能的な依存だ。
悪い話じゃない。
俺はこの世界について何も知らない。金もなければ、身を守る術もない。
最強クラスの竜騎士がボディガードになってくれるなら、願ってもないことだ。
それに。
俺の手を握って、こんなに安心した顔をする少女を、見捨てる趣味は俺にはない。
「分かった。その契約、乗るよ」
「! ……本当?」
ステラの表情がパッと明るくなった。
先ほどまでの威圧感はどこへやら、尻尾があれば振っていそうな勢いだ。
「ああ。ただし条件がある。俺はただの『道具』じゃない。対等な『パートナー』として扱ってくれ」
「パートナー……?」
ステラはきょとんとして、それからクスリと笑った。
その笑顔は、年相応の少女のように可憐だった。
「生意気ね、無能のくせに。……でも、いいわ。私の命綱だもの、それくらいの我儘は聞いてあげる」
彼女は立ち上がり、俺の手を引いた。
鉄の空の向こう、遠くに見える巨大な構造物を指差す。
「行きましょう、カイト。あれが私の国――機工都市『ギア・ロンド』。歓迎するわ、私の可愛い冷却材さん」
俺たちは歩き出した。
巨大な神の骸骨の上を。
繋いだ手のひらから伝わる熱だけが、この冷たい世界で唯一の、確かな命の証だった。




