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「人間」というだけで、異世界で国宝扱いされました。  作者: 鷹白マヤ


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鉄の雨

目が覚めると、世界は錆びついていた。

アスファルトの匂いも、コンビニの電子音もしない。

あるのは、見渡す限りの赤茶けた鉄の荒野と、頭上を覆う巨大な「肋骨」のような構造物だけ。

「……ここ、どこだ……?」

乾いた喉から、擦れた声が出る。

起き上がろうとして、激痛に顔をしかめた。全身の皮膚がヒリヒリと痛む。

空から降ってくる紫色の粉塵――それが肌に触れるたび、静電気のような痛みが走るのだ。

わけがわからない。

俺はただ、深夜のコンビニから帰る途中だったはずだ。

それがなぜ、こんなSF映画のセットのような場所に倒れている?

「ギギ……ガ、ガガ……」

背後で、不快な駆動音がした。

振り返った瞬間、俺の思考は凍りついた。

そこにいたのは、生物ではなかった。

廃車のパーツと、肉塊を無理やり接合したような、醜悪な鉄の化け物。

油まみれのレンズが、ギョロリと俺を捉える。

「あ……」

死ぬ。

本能がそう告げていた。

逃げようにも、足が震えて動かない。

化け物が、その丸太のような腕を振り上げた――その時だ。

「――下がってッ!!」

頭上から、銀色の閃光が降ってきた。

轟音。

突風に煽られ、俺は無様に尻餅をついた。

目の前の鉄屑の化け物が、一撃で弾き飛ばされていた。

土煙の向こうに立っていたのは、一人の少女だった。

透き通るような銀髪。

ボロボロの軍服のような衣装。

そして背中には、美しくも痛々しい「結晶の翼」が生えている。

「ハァ……ッ、ハァ……ッ……!」

彼女の様子がおかしい。

怪物を倒したのに、彼女は苦しげに胸を押さえ、その場に膝をついた。

背中の翼から、パキパキと不吉な音が鳴っている。

見れば、その美しい翼に亀裂が走り、そこから紫色の光が漏れ出しているではないか。

まるで、内側から溢れ出すエネルギーに、肉体が耐えきれずに崩壊しようとしているようだ。

「一般人……? どうして、こんな汚染区域に……」

少女が俺を睨む。

その瞳は充血し、肌には幾何学模様の刻印が浮かび上がっている。

「逃げなさい……早く……!」

彼女が叫んだ直後、吹き飛ばされたはずの化け物が、軋む音を立てて起き上がった。

まだ動くのか。

少女は剣を構えようとするが、腕が痙攣して動かない。

「くっ……限界、なの……?」

彼女の翼が、限界を超えた熱を発し始める。

このままだと、怪物に殺される前に、彼女自身が自爆してしまう。

素人の俺にでも、それぐらいは分かった。

どうする?

逃げるか?

いや、どこへ?

この鉄の荒野で、あんな化け物から逃げ切れるわけがない。

なら――賭けるしかない。

俺の特技は「観察」と「分析」だ。

オタク特有の無駄な知識と言われてきたが、今、俺の脳は異常な速度で回転していた。

彼女の状態は、明らかに「オーバーヒート」だ。

体内で暴走するエネルギーを、排熱できていない。

なら、熱の逃げ道(バイパス)を作ればいい。

「君ッ!」

俺は恐怖をねじ伏せ、彼女へと駆け寄った。

「寄らないで! 私のそばにいたら、あなたまで魔力中毒で死ぬわよ!?」

「いいから黙ってろ!」

俺は、彼女の熱く脈打つ手首を、強引に掴んだ。

「!?」

その瞬間。

予想していた「死の熱」は来なかった。

代わりに感じたのは、巨大なダムが決壊したような、奔流の感覚。

彼女の中から溢れ出していた紫色の(エネルギー)が、接触した皮膚を通して、俺の中へと流れ込んでくる。

痛くはない。

むしろ、冷たくて心地よかった。

俺の体は、まるで乾いたスポンジのように、彼女の致死性の魔力を飲み込んでいく。

(なんだ、これ……? 俺の体、どうなってる?)

俺が呆然としている間に、彼女の異変が収まっていく。

赤く発光していた肌が白く戻り、翼の亀裂が修復され、荒い呼吸が整っていく。

少女は、信じられないものを見る目で俺を見ていた。

「嘘……私の『竜血の呪い』を、吸い取っている……?」

「ガァアアッ!」

化け物が迫る。

だが、もう遅い。

「……ありがとう、名もなき人」

少女が立ち上がる。

俺の手を握ったまま、彼女は微笑んだ。その笑顔は、先ほどまでの悲壮感とは無縁の、獰猛で美しいものだった。

「体が軽い。これなら――全力でいける」

彼女は空いた手で大剣を握りしめる。

翼が展開する。

今度は、不吉な亀裂音はない。純粋な魔力の光が、後光のように彼女を包む。

「消えなさい、鉄屑」

一閃。

銀色の軌跡が空間ごと怪物を両断した。

爆発音すら置き去りにする神速の一撃。

巨大な鉄の塊が、砂上の楼閣のように崩れ落ちていく。

圧倒的だ。

これが、この世界の「力」なのか。

戦いが終わり、静寂が戻る。

少女は剣を収めると、俺の方に向き直った。

その手は、まだ俺の手を握ったままだ。

「あなた、名前は?」

「……カイト。相馬カイト」

「カイト」

彼女は自分の名前を名乗る前に、俺の手の甲に、そっと唇を寄せた。

まるで、忠誠を誓う騎士のように。

あるいは、宝物を愛でる少女のように。

「私を買って、カイト。……その(うつわ)、私が言い値で買うわ」

え?

俺は瞬きをした。

錆びついた空の下、異世界での最初の一日は、とんでもない契約(プロポーズ)から始まったらしい。

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