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4毒と解毒剤

 姉が死んだ。

 呆気なく、飲酒運転していた車に轢かれて。一緒にいた男は軽傷で、早々に退院した後わたしたちに挨拶することもなく姿を眩ました。両親とわたしは「は?」と思ったものの連絡先など知らないのでどうしようもなかった。


 姉は近々結婚するのだとわたしたちに報告していた。婚約指輪も見せてくれた。だから一緒に被害に遭った男がてっきり婚約者だと思っていたのに。


 数日後、その男には妻子がいるのだと人づてに知る。姉との朝帰り。……姉は不倫相手だったということか。なら、指輪は? 姉を誤魔化す為に指輪を与えていたのだとしたら?


 姉を騙して、そして死んでからも関係のないように生きている男に沸々と怒りが湧いていく。


 事故が遭った当日、献花の前で泣き崩れていた男を思い出す。速報を聞いて家からそのままの姿で飛び出してきたような姿だった。ひとしきり泣いた彼は、背中を撫でていたわたしに一言「すみません」とだけ言って覚束ない足取りでその場を後にした。


 姉に親しい友人はいなかった。献花がたくさん置かれていたことに驚いたものの、それは気の毒に思った近所の人々によるものだった。事故現場で泣いたのはわたしだけだと思っていたのに、彼はその倍に泣いていた。


 彼が婚約者だったらよかったのに。

 あのまま別れてしまったから、連絡のしようもないけれど。






 *






 姉が死んでから49日が経つ。

 法要を終えてから、わたしは喪服姿のまま事故現場に足を運んだ。

 当日あんなに置かれていた献花は今は何も置かれていない。日常に追われていく中忘れられて、家族しか悲しみは残らないのだろう。わたしも献花を置いて、日常に戻ろう……歩み寄った時、一足先にスーツ姿の男がガードレールに近づき献花を添え……そっと両手を合わせて俯く姿を捉える。


 あの時泣き崩れていた男だ。人々が忘れていく中、彼だけは姉を忘れずにいてくれたのだ。

 両手を下ろした男は、暫くの間花を見つめ……立ち上がってその場を去ろうとする。


「あの」


 後先も考えず声をかけてしまった。彼は姉の何なのだろう。指輪はしていなかった。彼はこちらを振り返り……その後「ああ」とわたしを認識したようだった。あの日を覚えてくれていた。


「妹さんか」

「はい。あの……姉が、お世話になりました」


 彼との関係がどんなものかも知らないけれど。少なくとも妻子がいた男よりは、姉のことを大事にしてくれていそうな人柄だった。頭を下げれば、彼は苦笑して「ただの……飲み友みたいな仲なだけだよ」とわたしに言う。


「……婚約者は、助かって何よりだよ」


 花を見つめて、呟く彼に。伝えてもいいだろうか。


「姉は……確かに婚約していました。でも、被害に遭った男は妻子がいたようで」

「……。え? 婚約指輪してるのみたけど」

「それは、わたしも。だけど……多分、姉は言いくるめられて不倫する状態になっていたんだと思います」

「……」

「結婚すると言っておいて、騙していたんです」


 彼は呆然とわたしを見る。その後へたり込み「反対しておけばよかった」と力なく言う。


「もっと駄々捏ねて、わがまま言えばよかった」

「……あの?」

「もっと相談、聞いてあげれば良かった。俺が貴女を、1人にさせてしまった」


 わたしには状況が全くわからない。彼が強く後悔していることしかわからない。


 興味をもってしまった。彼と姉の関係。


「あの。姉のこと、教えてくれませんか」


 彼の手を取り、覗き込む。


「少しは楽になるかも」


 典型的な慰めと、少し入った邪な気持ち。傷心している彼に付け入るようなことをしている。しかし彼は一目見ただけでも魅力的だった。そうでもしないとわたしに靡いてくれなさそうな人だった。


「……妹さんに、話せる事はないかも」

「じゃあ、わたしの話を聞いてもらえますか」


 強引だったかもしれないが、立ち上がらせて腕を掴んで歩き出すと、大人しく着いてきてくれた。


「あそこの店でお茶しませんか」


 指差せば彼は「懐かしいね」と一瞬顔が綻び、わたしは釘付けになる。


 お姉ちゃん。どうして、悪い男に引っ掛かってるのよ。お姉ちゃんのこと、大事にしてくれた人を、どうして振ったのよ。


 この人はきっと、姉のことが──。


(最低だな、わたし)


 この人を欲しいと思ってしまった。

 姉が手に入れていたかもしれない未来を欲しいと思ってしまった。姉が、彼に対してどれほど好意を持っていたかはもう聞けない。


 聞けないから。彼との距離を姉よりも縮めていくしかない。


「あの。お名前教えていただけますか」


 思い切って尋ねれば彼は静かに口にする。心の中で復唱し、その後にわたしの名前も言う。


「そっか。お姉さんの名前はずっと俺、知らなかったんだ」


 益々2人の関係が気になる。でも少し勝ったかもしれない。お互い本名で知り合った。


 最寄り駅の前を通っていく。彼が奥の改札口をじっと見つめていることに気付き、歩みを止める。


「どうしましたか」

「……ここで、手を振ったのが最後だったんだ」

「……」

「幸せになって欲しかったから、それきり会わなかった。でも……呼び止めるべきだったのかも」

「……あの」

「はは、ごめんね。俺一生、あの日を拗らせたまま生きていくと思う」


 泣き笑いの顔でわたしを見て言う。

 勝ったと思ったなんて、浅はかだった。死んだ姉に、わたしはきっと一生敵わないのだろう。それほど、彼の心に深く突き刺さって抜けない毒が、彼を苦しめ続ける。


「……それでも、いいんです」


 ポロポロ涙を静かに流すだけになってしまった彼の頬に手を伸ばす。彼はじっと、わたしを見つめるだけだ。


「姉を忘れて欲しいなんて言いません。わたしも……きっと忘れられないから」

「……」

「今はただ……2人でお茶をしましょう」


 姉を想いながら。

 それから、どうしたら彼の解毒剤になれるかを、時間をかけて見つけていく。






【毒と解毒剤】 完

お読みいただきありがとうございました。

妹×姉を忘れられない男の話の続きをいつか書くかもしれません。

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