2彼女とのケジメ
『この日空いてる? 今日は一応伝えたいことがあるから、カフェに行けるような格好で来て!笑』
月に2回ほど会う俺たちの関係。
来月の予定を彼女から誘われる。
珍しいな、と思った。いつもホテルに向かうだけだったから、外出用に服装しっかりしてほしいと頼まれるのは。
伝えたいことって、何だろう。来月のカレンダーを眺めて、気付く。その日はバレンタインデーだった。
(……ちょっとした手土産とかに、買っていこうかな)
この時代、男から贈っても変に思われないから。
いつもラフな格好だから、どんな服装にしようかな。久々に髪もセットしないと。
まだまだ先の予定なのに、俺は服を引っ張り出してどれを着ていこうか悩み始めた。気分も良くて鼻歌交じりで。
*
「驚いちゃった。キミ、逆ナンされてたから。いつもわたしたち超ラフな格好だったけど、改めて出会うとすっごく男前だね!」
「はは、困ってたところを颯爽と連れ出してくれて助かったよ……」
彼女も今日はバッチリメイクをしていてとても綺麗だった。いや、いつでも俺は可愛いって思うけど。
落ち合う時間になる前に少し寄り道してチョコを買った。15分前くらいに待ち合わせ場所に着いたら2人組の女性に声をかけられてしまったところを彼女が腕を組んで助け出してくれた。
そのままカフェに寄り、席に着いたところで「意外だね〜」と彼女は笑う。
「意外?」
「キミ、しっかりした見た目になると一途そう。でも実際はセフレがたくさんいるんだね」
「……それは、そっくりそのまま返すよ」
今日の彼女の髪はボサボサじゃなくて。黒髪ストレートでサラサラ。綺麗な二重に映えるアイラインと目を惹くリップ。如何にもシゴデキ……という女性。そんな彼女が、今まではだらしのない格好で俺の前に現れてくれた。
彼女は俺がセフレたくさんいると思っているけど、本当は貴女しかいないんだよ。と言えたら。
だからいつも曖昧に笑って誤魔化して「今日はどうしたの?」と尋ねる。
ウェイターに頼んだ飲み物がそれぞれ目の前に置かれる。カモミールティーの香りを楽しみながら答えを待っていれば、彼女は「キミには出会った時から色々とお世話になったし、一応伝えておこうと思って」と前置きがあってから。
左手に嵌められた指輪を見せつけてきた。
「わたし、結婚するんだ」
……うん?
指輪を見たまま、固まる。言葉の意味が上手く理解出来ずに首を傾げれば、彼女はもう一度「結婚するの」と俺に言う。
「……結婚?」
「そう。キミに1番に伝えたかったんだ」
「ど、して……? 他の友人たちには?」
「だってわたし、これといった友人関係ないし。セフレはいるけど、わざわざ伝える相手はキミくらいしかいないし」
「そ……そうなんだ」
視界がくらくら。デートっぽいことに舞い上がっていた気分が一気に急降下していく。そうか。今日はその事を伝えるためのカフェだったんだ。
「わざわざ伝えなくてもよかったじゃん」とか「知らない方が幸せだったのに」とか。どれもこれも彼女を傷付けそうな言葉を全てカモミールティーと共に飲み込んで、絞り出した「おめでとう」と口にする。
「ふふ、ありがと。キミならそう言ってくれると思ってた」
「……俺が反対すると思ってたの?」
「そうじゃないけど。なんていうか、最後の砦っていうか」
「砦?」
「うん。もし反対されたら、やめておこうかなって」
何それ。意味がわからない。俺の言葉で結婚をやめるなんて。彼女にとってただのセフレでしかない俺の言葉を頼りにしてたっていうの。じゃあ、後出しやめてよ。わかってたなら速攻「しないで」って伝えていたのに。
「……俺が判断出来ることじゃないよ。だって彼氏さんのこと、俺は何も知らないのに」
「そうよね。そうなんだけど。キミのことは、弟のように思ってたからさ」
「何それ。弟とホテル行ってたの?」
お互い屈託なく笑って。いや、俺の心は半分泣いている。泣くのを誤魔化すために彼女と沢山笑う。
「いや、流石に冗談だけど。キミといる時間はとても気分が抜けて楽しかったよ」
「……これからは、彼氏さんにガス抜きしてもらってね」
「うん。そうする」
「……お幸せに」
彼女の目は見れなかった。俯いて、カモミールティーだけを見つめる。「ありがとう」と指輪を見ている彼女。
……チョコを渡す機会、逃しちゃったな。
*
「じゃあ、俺はこれで……」
「え?」
「……え?」
「寄らないの? ホテル」
カフェを後にし別れようとすれば彼女は不思議そうに目を丸くする。俺もきょとんと見つめ返し……いやいやいや! と首を横に振る。
「俺、今まで彼氏いるのとかしらなかったし、これ普通に浮気になっちゃうし。結婚するなら尚更──身を固めておかないと」
「大丈夫よ。今までだってバレてなかったんだし、これからもキミとはラクな関係で──」
「駄目だよ」
俺だって貴女とずっといたいけど。
貴女は結婚するのだから。
しっかりと、関わる相手は決めないといけない。
「……セフレの俺とはもう会わない方がいいよ」
「……」
「それから、他のセフレにも。結婚するんだったら、もう関係断ち切って」
「え〜……でも」
「俺の言葉聞いてくれるんだったら。……全てのセフレとはもう関係持たないで」
「……キミ、」
「幸せになって」
反対とかしないからさ。
好きな人の幸せを願うことが本望だからさ。俺たちもう会わない方がいいからさ。
彼女は不意に俺に近づくと頬に手を添え「どうして泣いているの?」と顔を覗き込まれる。
「……え。あ」
俺、泣いてる。やばい、バレちゃう。
「お姉さんがいなくなっちゃうのがそんなに寂しい?」
お姉さんじゃなくて、好きな人だから。幸せになってほしいから別れを切り出したのに。泣いてる俺の頭をわしゃわしゃと撫でる悪戯っ子の笑み。
「……うん。寂しいよ」
無理やりに笑顔を作る。
全部全部嘘だよ。貴女の前ではずっとかっこよくいたかったし、体の関係じゃなくてもっと心を繋ぎ止めたかったし、結婚なんてしないでほしいのに、口にする言葉は全てあべこべだ。
「……そっかぁ。じゃあ、キミの言う通りわたしは大人しく家に帰ることにするね」
「……ん」
彼女は宥めるように俺の頭をもう一度撫でてから「約束通りにセフレも全部切るね」と囁く。
「……ありがとう」
それからはお互い無言で駅まで歩く。改札まで来た時に「ね、口開けてくれる?」と唐突に言われる。
「え?」
「はい、あーん」
口の中に何かを放り込まれる。少し齧れば甘い。チョコだ。目を丸くする俺に「何だか出しそびれちゃって」と彼女は言う。
「……あの。……これ。俺も、タイミング見失っちゃって」
バッグの奥底にしまっておいた小さな包みを彼女に差し出す。「わ、いいの⁉︎」と素直に喜ぶ彼女に顔が綻んで「彼氏さんには最後の秘密にして」と言う。
「他の男からチョコもらったって」
「キミは弟みたいな存在なんだし──」
「駄目。約束して?」
俺ももう貴女に会わないって心に決めるから。
「……うん。約束する。今までわたしに良くしてくれて本当にありがとう」
「絶対、幸せになってね」
「うん」
「……絶対だよ?」
「約束する!」
改札を通り、こちらを振り返っては手を振る彼女に笑顔でこちらも手を振る。見えなくなるまで手を振り続けて。……呆然と立ち尽くす。
「……好きだった、なあ……っ」
背を向け、歩きながらぽろ、ぽろ、と涙をこぼす。
わかっていたことじゃないか。
セフレの関係だったから、いつかは終わるものだって。今日、突然終わっただけだ。それも関係を続けようと思えば出来ることだったけど。彼女を不利な立場にはさせたくなかったから。
俺は最後まで都合のいい男で終わった。それだけのことだった。




