【短編】花婿殿に姻族でサプライズしよう隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
雲一つない、よく晴れた空。遠くで微かに聞こえる魔獣の鳴き声。
距離が離れているから大丈夫だろう。……いや。今日は可愛い可愛い妹の結婚式だ。
万が一魔獣が乱入、なんてことになったら台無しだ。よし、一走りして退治してくるか。
「ちょっと! お兄様! どこに行くおつもりですか?」
いつでも出動できるように各部屋に常備してある剣の柄を掴むと。背後から冷めた可愛らしい声が聞こえた。
銀色の長いストレートの髪、澄んだ湖のような碧の瞳。不審げに細めた目つきも可愛らしい俺の妹のリリア・フォース。フォース辺境伯家の第二子で今日の結婚式の主役の花嫁だ。
……ああ、結婚式を終えたらリリア・シャードンになってしまうのか……。
リリアの結婚相手は、テオドール・シャードン。シャードン伯爵家の長男だ。
リリアは結婚したら次期シャードン伯爵夫人になる予定なんだ。
……結婚式を終えてもまだ結婚申請書が受理されるまでは、リリア・フォース……。
はあ……。明日にはリリア・フォースでは無くなってしまうのか……。
……少し寂しいけれど、仕方ない。可愛い妹が幸せになってくれることが一番だからな!
「リリア、まだドレスに着替えていないのか?」
「お式は午後ですから……。それより、お兄様。その剣を持ってどちらに行くおつもりですか?」
「うん? ちょっと魔獣を倒しに」
「魔獣退治? 今日は私の結婚式ですよ?」
リリアがキッと鋭い目で俺を睨む。
「だからだよ。聞こえただろう? 西のソットル山の中腹あたりから魔獣が争う声がした。グレートシルバーウルフだと思う」
「聞こえません! ソットル山なんて馬車で一時間以上かかるところじゃないですか!
そんな離れた場所の魔獣の声を聞き取るのはお父様かお兄様位です」
「リリアに褒められちゃったなぁ」
「褒めていません! 今日、これから私の結婚式だというのに怪我でもしたらどうするんですか!」
リリアが俺を心配してくれる。嬉しいけど、グレートシルバーウルフに遅れをとったりはしないつもりだ。
「大丈夫。俺は魔獣と戦うくらいで怪我はしないぞ」
「もう! もし途中で馬車が壊れたらどうするんです? 式に間に合わなくなりますよ」
「大丈夫。走るから」
「ダメです! ……そろそろシャードン伯爵家の親族の方が来る時間ですよ」
「もうそんな時間か」
「ねえ。本当にサプライズをするおつもりですか?」
「もちろん!」
「……もう! サプライズバカなんだから!」
実はリリアの結婚式前に、花婿殿にサプライズを仕掛けようと計画中なんだ。
リリアは恥ずかしがっているけど、本気で止めようとはしていない。
リリアの結婚を祝うパーティを開ければよかったのだが、結婚申請の手続きの為にリリアは結婚式後すぐにシャードン伯爵領に向かうことになっている。
シャードン伯爵領までは馬車で数時間かかるから、日暮までに到着するとなるとゆっくりはできないのだ。
それならもっと早い時間に式ができたら良かったのだが、花婿殿であるテオドール君が、仕事で王都に行っていて、こちらに到着するのが今日の午後になってしまうというのだ。
それならば式の前にちょっと祝いの席を設けよう。どうせなら、サプライズにするかって考えたのだ。
サプライズ計画をリリアに話した時、ちょっと怪訝な顔をされた。
でも、リリアの婚約者のテオドール君の両親やシャードン伯爵家の親戚にも声を掛けたけど特に反対されなかったし、問題はないと思う。うん。
「兄上、リリア姉様、お祖父様達と叔父様達、リロイ伯爵家の方々が到着したそうです」
弟のアレンがノックして直ぐにドアを開けた。ぴょこっと顔を出して親戚達の到着を告げた。
「おう、ガレン! どうだ? 婚約者は決まったのか?」
「叔父上、今日はリリアの結婚式ですよ? 俺のことは良いでしょう?」
「そうだが、心配しておるんだよ」
叔父上は顔を合わせる度に、俺の結婚相手は決まったのかと聞いてくる。まあ、俺は辺境伯家を継ぐことになっているから、気にしているのはわかっている。
辺境は「田舎」「野蛮」「魔獣が多い」「危険」なんて印象が強いらしくて、
俺の結婚相手はなかなか決まっていなかった。
両親や親戚などに頼めば、探してくれるって言ってくれているんだけど、
両親が恋愛結婚だったというのもあって、俺も出来れば……、って思ってるんだよね。
でも、王都の学園に通った時も、出会いらしい出会いはなかったんだ。
令嬢と話す機会があっても、俺がフォース辺境伯家の者だと話すと
「まあ、随分遠いところからいらしたのですね。素晴らしいですわぁ」
って、ふわーっとにこやかに微笑んで去っていくんだ。
最初は微笑んでくれているから、脈アリかななんて思ってたけど、段々とそうじゃないって分かってきたよ。
妹のリリアは、俺が結婚相手が決まっていない様子を見ていたからか、釣書が送られてきた相手から婚約者を選んだ。
リリアの相手に相応しいか俺が見極めてやりたかったんだけど、知らされたのは婚約が成立した後だった。
なんか、悔しい。
妹の婚約者のテオドール君とはまだ数回しか会ったことがないし、当たり障りのない会話しか出来ていない。
だから、サプライズしてちょっと驚いた顔だとか、見てみたい気持ちはある。
「ガレン様、エレナ・リロイ様が今日の『お祝い』について、お話があるそうです」
侍女に告げられて、案内をされる壁際に赤茶色の髪に緑色の瞳をした令嬢が立っていた。
俺と目が合うと、少し緊張した様子で膝を折って挨拶をする。
「エレナ・リロイと申します。エレナ、と。本日はおめでとうございます」
「ありがとうございます。ガレン・フォースです。ガレンと呼んでください。……エレナ嬢は、テオドール君の従姉妹の方ですよね」
「はい。母同士が姉妹なので。……あの、我が領の特産物を今日の『お祝い』に利用できないかと思いまして……」
エレナ嬢は隣に立っていた使用人から箱を受け取ると、蓋を開けて俺に差し出した。
箱の中には濃い紫色の花が一輪あった。見覚えのある形の花だ。
「……ラッパ草、ですかね」
「はい。ラッパ草の亜種ですわ。花を潰すと音が出るだけではなくて、色々な色の細いリボン状のものが飛び出しますの」
「……それ、大丈夫なんですか?」
「ラッパ草」という魔草は花の形がラッパに似ているだけでなく、ラッパの様な音が出る。
通常は薄紫色だが、エレナ嬢が持参してきたのは、濃い紫色でラッパ草の亜種なのだという。
音が出るだけでなく何か飛び出すらしい。
試しに使ってみることになった。庭に出て、俺が濃いラッパ草を手にしたら、エレナ嬢が「え?」って顔をした。
こっちも「え?」ってなる。
「何か、ダメでしたか?」
「いえ……、何でもございません。どうぞ……。どうぞご使用になってください……」
エレナ嬢の目線が俺の手元の紫色の魔草花に向けられていた。
「……もしかして、ラッパ草の使い方を良くご存知のエレナ嬢に手本を見せていただいた方が良いですかね」
俺がそういうと、エレナ嬢の顔がパアアアっと明るくなった。自分で使いたかったらしい。可愛らしいな。
濃い紫色のラッパ草をエレナ嬢に手渡すと、エレナ嬢はラッパ草を手にした右手を突き出し、
身体を引いて、目をギュッと閉じた。
「……い、行きますわよ?」
「どうぞ」
「よろしいですか?……では……、行きますわよ?」
勿体ぶるように言ってから、エレナ嬢は薄目を開けて手にしているラッパ草をチラリと見てから
再びギュッと目を閉じる。
「えい!」
パンパカパーン!!
ラッパのような大きな音と共に、ピューッと細い紐の様なものが吹き出した。
なるほど、なかなか派手でサプライズに良さそうだ。
飛び出た紐は触っても大丈夫だというので、地面に落ちた紐の一つを摘んでみた。
赤、青、緑の柔らかい紐状の物体は少しだけベタつくけど、少し力を入れたら簡単に切れた。毒物の反応もない。
「……これはこういう魔草なのか? この紐で虫でも摂るんだろうか……」
「どうなのでしょう……。面白いものとしか……」
エレナ嬢は、ラッパ草の花から垂れ下がっている紐をブランブランと揺らしながら楽しそうな表情をしていた。
その横顔を少しの間見つめていたが、サプライズの事を思い出して、エレナ嬢に尋ねた。
「……このラッパ草を皆で一斉に鳴らしたら、派手で盛り上がりそうですね」
「そう! そう思われます?」
パッと明るい笑顔で振り向くエレナ嬢。やっぱり可愛らしいなぁ。
弟のアレンが庭に出てきて、ちょっと心配そうに尋ねた。
「サプライズはこれでするなら歌は取りやめかな……」
「いや……。パーンって鳴らした後に歌、で良いんじゃないか?」
アレンはサプライズの案として参加者全員で歌を歌うことを提案していた。
歌うのを楽しみにしていたみたいだ。
俺が歌は決行する予定だと言ったら嬉しそうに笑った。
「……では段取りの確認です。テオドール君が乗った馬車が到着したら、カーテンの後ろに隠れてください。
テオドール君をこの応接室に案内されてきても、気配を悟られないようにして待機です。
その後、リリアが応接室に入ってきて、挨拶をしたらサプライズ開始です。
ラッパ草を握りしめて、音を鳴らした後すぐに『おめでとう』の歌を全員で歌います」
テオドール君の両親と弟君、シャードン伯爵家の人々も到着したので、何度目かの段取りの説明をする。
パンパカパーン!
シュポッ
ラッパ草の使い方を説明していたら、シャードン伯爵が手にしていたラッパ草か音と紐が出た。
説明をする度に誰かしら、ラッパ草を鳴らしてしまう人が現れる。
シャードン伯爵が気まずげな顔をするとエレナ嬢が新しいラッパ草を差し出した。
「失礼……」
「大丈夫ですわ、伯父様。新しいラッパ草と交換しましょう」
「エレナ、ありがとう」
エレナ嬢がシャードン伯爵家側の親族に気配りをしてくれるからか、シャードン伯爵家の親族の人達も協力的になってくれていて助かる。
「いやぁ。楽しみですなぁ」
「そうですねぇ」
皆ちょっとワクワクしているような気がする。
「テオドール・シャードン様がご到着しました!」
執事がテオドール君の到着を知らせにくると、ピリッと緊張が走った。
「……さあ、隠れましょう……」
「そうだな……」
何となく小声になりながら、いそいそと姻族全員がカーテンの後ろに移動をする。
俺はカーテンの陰に隠れた。
いよいよだ。
ドキドキしながら待っていると、メイドに案内をされてテオドール君が入ってきた。
「こちらでお待ちください」
計画通り、カーテンに背を向けた位置に座るように案内をする。
スーハースーハー、側でアレンが深呼吸しているんだが、あまり激しくやると聞こえてしまうぞ。
コツコツと足音が近づいてきた。
ゴクリと息を呑む音がする。
長椅子に腰を下ろしていたテオドール君が立ち上がった。
ノックの音がして、リリアが部屋に入ってきた。
「テオドール様……」
リリアが挨拶をする体勢に入り、
さあ、いよいよと思った時、テオドール君の声が響いた。
「最初に言っておく。君を愛することはない!」
は?
パンパカパーン!!
シュポッ
テオドール君の言葉に、「どういう意味だ!」と飛び出して行こうとしたら、誰かがラッパ草を握りしめてしまったらしい。
パンパカパーン!!
パンパカパーン!!
シュポッ
シュポッ
「……え?」
何人かが続いてラッパ草を握りしめたらしい。ラッパ草の音が次々と鳴る。
テオドール君は何が起こったか分からないというような表情で振り返っている。
「テオ! 貴方という人は! ……えい!」
エレナ嬢が飛び出して行った。テオドール君に近寄っていき、ラッパ草の花を向ける。
パンパカパーン!!
シュポッ
テオドール君の顔に色とりどりの細い紐が振りかかる。
「テオドール君!」
「テオドール!」
パンパカパーン!!
パンカパパーン!!
シュポッ
シュポッ
うちの両親、テオドール君の両親もカーテンから出て、テオドール君にラッパ草を向けた。親族達も続く。
……おっと出遅れた。
紐まみれになっているテオドール君に、ゆっくりと近づいていき、テオドール君の頭にひっついている紐を掴んで引き剥がした。
「おい。さっきのはどういうことか説明してもらおうか?」
「……」
テオドール君はガクンと答えずに両膝をついた。
「答えろよ! ……うん?」
テオドール君の胸倉を掴もうとしたら、テオドール君が意識を飛ばしていることに気がついた。
「……兄上……、威圧しすぎ……」
アレンが後ろからボソリと言う。声が震えている。見るとアレンは何故か涙目だ。
「アレン、何で泣いてんだ?」
「……歌が歌えなかった……」
結婚式は急遽中止になった。確かに歌は中止だ。結婚式の中止については、参加者のほとんどはサプライズに参加していたから、説明の必要もないくらいだった。後から教会の司祭には謝罪に行ったが、「サプライズ、見たかった」と言われた。
少しして意識を取り戻したテオドール君に詰問すると、王都に恋人がいると白状した。
相手が男爵令嬢で、実家の力が弱く、家同士で繋がるメリットが少ないから、リリアをお飾りの妻にするつもりだったそうだ。
全くふざけている。
リリアとテオドール君の婚約は解消された。
テオドール君の有責でリリアに慰謝料が支払われることになった。
テオドール君の父であるシャードン伯爵が激怒していて、後継者を弟君に変更しようと考えていると聞いた。
まあ、それはシャードン伯爵家内で決めることなので、どうでも良いことではある。
衝撃的なセリフを言われて婚約解消となってしまったリリアの心の傷を心配していたが、リリアは落ち込んではいなかったようだ。
気分転換に出かけた侯爵家の茶会で、サプライズをしようとしたら一族の前で「愛することはない」って宣言されたと言う話題を出したら、侯爵夫人にウケて、侯爵夫人の甥っ子を紹介されたらしい。
テオドール君とのことで、「リリアを誰にもやらん!」と思っていたのだが、
リリアが家を出る日はそう遠くなさそうだ。ちょっと寂しい……。
「ガレン様、エレナ・リロイ伯爵令嬢様がご到着されました」
「わかった。今行く」
サプライズの日以降、エレナ嬢が時々訪ねてきて、領地の変わった魔草などを持ってきて見せてくれるようになった。
「今日はマンドラとドラドラをお持ちしました! マンドラは土から引っこ抜くと甲高い悲鳴を上げるのですが。ドラドラは地の底を這うような低い声を出すのです! 面白いでしょう?」
「それは面白いな。異なる音程を出すものを集めたら、演奏が出来るかもしれない」
「まあ! 是非マンドラドラドラ演奏会を開きたいですわ!」
エレナ嬢は、変わった魔草や魔獣に非常に興味があるそうで、少し話題を振ると目を輝かせて話し出す。キラキラした瞳で語る姿は可愛らしいと思う。
でも、自分で魔草を採りに森に入ったり、魔獣を狩りに行くアクティブさが、彼女の婚約者とは合わなかったらしい。
学園在学中に婚約解消されてしまったのだそうだ。
俺は、良いと思うんだけどなぁ……。
チョイチョイとアレンが俺の腕を突いた。
「兄上。兄上の時はちゃんと歌わせてね!」
「え?」
「『おめでとうの歌』だよ! サプライズじゃなくても良いから歌いたい!」
アレンはそういうと庭園に並べられた魔草の鉢植えを引っこ抜いているエレナ嬢をチラリと見る。
「……あ! いや、まだ別に……」
なんだか頬が熱くなってしまった。サプライズ? おめでとうの歌? ……エレナ嬢と?
「楽しみにしてるからね!」
アレンはそれだけ言うと、タタタッと屋内に戻って行ってしまった。
俺は、顔を片手で覆いながら、エレナ嬢に視線を向けた。
エレナ嬢は可愛らしいと思う。
俺に会いにきてくれるのは、他に魔草の話を興味を持って聞いてくれる人がいないかららしいけど、嫌いだったら来ないよな?
じっと見つめていて、ふと思いついた。
そうだ。サプライズでプロポーズするのはどうだろう?




