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第11話 『影の本性――記憶に眠る“名前のない存在”』

ケントは学院医務室の白い天井を見つめていた。


体の痛みよりも、

心臓の奥がじんじんと熱い。


(……怖かった。

 でも、あの瞬間……

 影が俺を、みんなを守ろうとしてくれた)


布団の端で、

黒い影がふわりと揺れた。


まるで呼吸するように。


ケントはそっと影に触れた。

冷たくも温かくもない、不思議な質感。


「お前……俺の言葉、分かってるのか……?」


影は答えない。

だがケントの手の形に沿って、

柔らかく形を変えた。


(……まるで、生き物みたいだ)


扉が静かに開き、

アイラが控えめに入ってきた。


「……起きてたのね。体、大丈夫?」


ケントは小さく笑う。


「全部、影が守ってくれたからな」


アイラはケントの隣に腰を下ろし、

影の揺れをじっと見つめた。


「ケント。

 あなたの影……“意志”を持ち始めてる」


ケントの手が止まる。


「……意志?」


アイラはゆっくり頷いた。


「影は本来、“主の魔力の反応”で形を変えるだけ。

 でもあなたの影……あれは違う。

 あの時、あなたの代わりに怒ってた。

 あなたの代わりに怯えてた。

 あなたの代わりに……守った」


(……じゃあこいつは……

 俺の感情そのもの、なのか?)


影がじっとケントを見上げているように揺れる。


アイラが、少しだけ声を落とした。


「――影が、ケントに名前を求めてる」


ケントは驚いた。


「名前……?」


「あなたにとって

 “何者であってほしいか”を。

 ただの力なのか、

 相棒なのか、

 分身なのか……

 それで影の“在り方”が決まる」


ケントが言葉に詰まっていると、

影がそっとケントの指を包んだ。


触れた瞬間――


脳裏に、

黒い霧の奥で漂う“何か”の気配が広がった。


心臓の裏から呼びかける声のように。


 ――……名ヲ……


 ――……与エロ……


ケントは思わず息を呑む。


「……聞こえた」


アイラの目が驚きで見開かれる。


「やっぱり……!

 影はあなたに“自分を決めてほしい”って求めてるの」


ケントは影を見つめた。


「でも……こんなの、突然すぎるだろ。

 俺はまだ何もわかってない。

 塔のことも、影のことも……

 俺がこの世界に来た理由すら」


アイラはそっとケントの手に触れた。


「焦らなくていい。

 名前は、あなたが“本当に決めたい”と思った時でいい」


「……決めたい、か」


ケントの胸に重く何かが沈む。


(俺はコイツを……

 ただの“力”じゃなくて……

 仲間だと思ってるのか?)


影は静かに揺れながら、ケントを見ていた。


◆ ◆ ◆


医務室の奥。

窓の外は夕闇が近づき、

学院の中庭に長い影が伸びていた。


ユウリがドアをノックして入ってきた。


「ケント、大丈夫? ……って、思ったより元気そう」


ミナトも後ろから顔を覗かせる。


「影に飲まれた時は死ぬかと思ったぞ、マジで」


リオンは本を抱えたまま、ケントに問いかけた。


「影との同調率、上がってる? 気分悪くない?」


ケントは一人一人の顔を見て、

胸の奥が温かくなるのを感じた。


(あの瞬間、俺は……

 コイツらを守りたかった。

 影も、その想いに応えてくれた)


ミナトが腕を組む。


「で、どうする?ケント」


ケントは視線を落とし、

揺れる影に問いかけるように呟いた。


「……こいつに名前をつけるかどうか、だ」


三人が黙った。


アイラだけが優しく微笑む。


「ケントが決めること。

 けど……あなたが迷ってるなら、言ってあげればいい」


「……言うって?」


アイラは影に手を伸ばし、囁いた。


「“まだ決められない。でも一緒にいたい”って」


ケントは影を見つめた。


黒い形が、

ゆっくりケントの足元へ寄り添った。


(……こいつは……

 俺の言葉を、ちゃんと待ってる)


ケントは静かに言った。


「……まだ名前は決められない。

 でも……

 一緒にいたい。

 俺は、お前に……

 これからも力を貸してほしい」


影がふるりと震え――

まるで喜ぶように、ケントの手首に巻きついた。


暖かい脈動とともに。


アイラが息を呑む。


「……応えた……!」


リオンは目を見開く。


「信じられない……

 影が“感情的反応”を……

 しかもこんなに早く……!」


ミナトがケントの肩を叩いた。


「よかったじゃねぇか、ケント!」


ケントは影を大切に撫でる。


(……名前はまだだけど……

 お前はもう……

 俺の仲間だ)


影はゆっくりとケントの胸元へ吸い込まれ、

再び静かに収まった。


その光景を見たアイラは――

胸の奥で、強烈な予感を覚えた。


(影は……

 これから“形”を持つ。

 名のない存在から……

 ケントが望む“何か”に変わっていく)


それは、塔が最も恐れる進化。


そして、

世界がずっと待っていた“答え”の始まりだった。


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