第10話 『学院VS塔――最初の衝突』
結晶室の光壁が軋む。
塔の調査官ジルが手をかざすたび、ひび割れが増えていく。
ミナトが歯を食いしばる。
「まずい……もう持たねぇ!」
リオンは冷静に観察しながらも顔が青い。
「ジルさんの魔力、完全に“塔仕様”だね。
学院の結界と相性が悪すぎる」
ケントの影は、暴走の揺れを強めたり弱めたり、
まだ安定しきれないながらも、
さっきより主人の意志に反応している。
アイラは杖を握りしめ、
震える呼吸を整えた。
「時間を稼げば……学院の防衛職員が来る。
それまでは絶対に破らせない!」
ジルは淡々と光壁の構造を“読み解いて”いた。
「表層結界、補助陣列……
優れた作りだが……穴がある」
彼が指先で光壁の一点を突いた。
その瞬間――
バキンッ!!!
結界があっさりと砕け散った。
衝撃波が部屋を揺らし、ケントたちは吹き飛ばされる。
ミナトがケントの腕を掴んで叫ぶ。
「ケント、影で防げ!」
ケントは無意識に影を広げた。
黒い膜のような影がひろがり、
衝撃波を吸収する。
しかし安定せず、すぐに揺らいだ。
リオンが言う。
「まだ長くは保てない!
けど……それでも、さっきよりずっと制御出来てる!」
ジルが歩み寄る。
「やはり面白い素材だ。
このまま持ち帰れば――」
アイラがジルの足元に魔法陣を展開した。
「――させない!」
床から光が噴き上がり、ジルを絡め取る。
結晶の鎖がジルの足を縛り、そのまま封じ込めようとする。
だが――
ジルは一瞥しただけで、
鎖は粉々に砕け散った。
「学院の最高魔法でも、この程度か」
アイラの顔が蒼白になる。
(嘘……完全封印すら効かない……?)
ミナトが怒鳴る。
「化け物かよ、お前は!」
ジルは静かに答えた。
「私は“塔の支柱”に過ぎない。
本物の化け物は塔の上層にいる」
その時、ケントの影が再びざわついた。
ジルの言葉に反応している。
ケントは影を抑えながら、
震える声で言った。
「ジル……
あんた、本気で俺を塔に持っていくつもりなのかよ」
ジルは躊躇なく言う。
「当然だ。
君は塔の“更新計画”に必須の存在だ」
ケントの目が見開かれる。
(やっぱり……
俺は“世界を作り直すための材料”……)
ミナトが怒鳴る。
「そんなもんに使わせねぇって言ってんだよ!」
リオンが魔術書を広げる。
「僕も……譲らない」
アイラがケントの側へ駆け寄り、
静かに言った。
「ケント。
あなたは材料じゃない。
“意志”を持つ存在よ。
誰かに利用されるために来たんじゃない」
ケントは拳を握る。
影が呼応して淡く揺れた。
(……俺は……
確かに怖い。
影だってまだ制御できない。
でも……アイラたちがこんなに言ってくれるなら……
逃げたくない……!)
ケントが踏み出した瞬間――
ジルの足元に黒い光が走った。
「!」
影が、ケントの意志に従って前に出た。
ジルの足元から地面を引き裂くように伸びた影が、
ジルの動きを一瞬止める。
アイラが叫ぶ。
「今よミナト!」
ミナトが拳を構えた。
「うおおおおおッ!!」
拳に炎のような魔力が集まり、
ジルに殴りかかった。
ジルは腕を上げて受ける――
だが動きがほんのわずか遅れた。
(ケントの影……!
俺たちのために……止めてくれたんだ!)
ドンッ!!
ミナトの拳がジルを後方へ弾き飛ばした。
ジルは数メートル滑りながらも、
倒れずに立った。
外套は焦げ、銀目がわずかに揺れる。
「……なるほど。
影が……“仲間”を認識しているのか」
リオンが息を呑む。
「ジルさんが……押された?」
アイラは震えながら叫んだ。
「ケント!
影と心が少し繋がった!
あなた、初めて“味方を守った”のよ!」
ケントは胸に熱いものを感じた。
(……俺が……
俺の影が……
誰かを守った……?)
ジルは静かに外套を払った。
「確かに進歩は見られる。
だが――」
空気が一瞬で冷えた。
ジルの魔力が、
この場の全員を地面に縫いつけるほどの重圧を放つ。
「まだ“塔の基準”には遠い」
ミナトが歯を噛みしめる。
「マジかよ……
まだ本気じゃねぇのか!」
ジルは冷静に歩み寄る。
「ケント・サカタ。
連れていく」
影が再び揺れた。
ケントの体は震えている。
影も不安定だ。
リオンが叫ぶ。
「ケント!!
もう一度、影に触れて!
君の声を届けて!」
ケントは震える手を影に伸ばす。
「俺は……
みんなと……ここで生きたい……!」
影が大きく広がり――
床一面を覆い尽くした。
ジルの足元から伸びた影が、
彼の動きをまた止める。
ジルが初めて声を荒げた。
「……まだ適応段階の影が……
主の意志でここまで……?」
アイラが叫ぶ。
「ケント……!
あなたならできる!
影はあなたの一部よ!!」
ミナトも吠える。
「行けぇぇぇ!!ケント!!」
ケントは右手を突き出し――
影がジルに向かって“奔流”のように襲いかかった。
黒い波が、光を飲み込む勢いで押し寄せる。
そして――
ジルの姿が、黒の中に完全に呑まれた。
結晶室が静まり返った。
リオンが呟く。
「……やった……の?」
しかし、次の瞬間。
黒い影の中に銀の光が走った。
ズガァアアアアッ!!
光が影を切り裂き、
ジルが姿を見せた。
外套は破れ、血が光る。
ケントは息を呑む。
(……攻撃が……通った……?
でも……)
ジルは傷口を抑えもせず、
ただ静かにケントを見た。
「君は……塔の想定を超えている」
目が、ほんの少しだけ“驚き”を含んでいる。
そして。
「……だが今日はここまでだ。
私は情報を塔に持ち帰る」
ジルは背を向けた。
「次は――拘束部隊を伴って来る」
アイラが青ざめる。
「まさか……
塔が本格的に……ケントを……」
ジルは去り際に、淡く言った。
「ケント・サカタ。
次に会う時、君は“材料”ではなく……
“脅威”として扱われるだろう」
そして結晶室から姿を消した。
静寂。
ケントは膝から崩れ落ち、
影がそっと寄り添うように揺れた。
ミナトが息を吐く。
「……生きてる……よな?」
リオンが安堵の笑みを浮かべる。
「生きてる。
そして……今日はケントくんの勝ちだよ」
アイラがケントの肩を抱く。
「よく……頑張った……!」
ケントは震えながら呟いた。
「……怖かった……
でも……みんながいたから……」
影が静かに揺れ、ケントの足元に収まった。
その様子を見て、アイラは確信した。
(この影……
ケントが“選んだ道”に沿って進化する……)
そして――
それは塔が最も恐れる変化だった。




