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メビウスの魔導書(メビウス・グリモワール)〜呪われた少年と黄金の女王〜  作者: 紅雨四季


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1/1

プロローグ:黄金の夜

――その夜、世界の時間は止まった。


サミウー大陸ホワイト領。

外れに位置する小国、グランベール王国。


穏やかな灯火に包まれていたはずの国は、

翌朝には“地図から消える”ことになる。



王城の奥、宝物庫。


封印の鎖が静かに震えた。

誰にも踏み入れられるはずのない、禁断の間。


その中心に置かれた一つの聖杯――

黄金に輝く杯が、不気味に脈動していた。


それに触れようとする影。

「ようやく……ここまで来たわ、ベヒモス。

 始祖ミラ・ホアキンが遺した“時の魔導書”。

 その力は、私が頂く。」


女の指が封印をなぞる。

途端――


カンッ。


乾いた“割れる音”が、宝物庫に響いた。


次の瞬間、

聖杯から溢れたのは光ではなかった。


沈黙。


空気が凍りつき、

壁が、床が、積まれた宝石が、

女の髪の一筋までもが金色に震え始める。


女は微笑む。


「……これが“時を奪う力”。

 素晴らしい……完全に掌握できれば――」


だが、言葉は途切れる。


聖杯の奥から現れたのは、

獣の影のような禍々しい魔力。


魔導書〈黄金の魔獣ベヒモス〉。


封印を解いた途端、

魔導書自身の意志が暴走したのだ。


“黄金化”。


そして、


“存在から時間を剥ぎ取る呪い”。


波紋のように広がるその呪いは、

王城の壁を、街を、森を――

触れたすべてを一瞬で黄金へ変えていく。



城下町。


「エド! こっちへ来るんだ、早く!」


幼い金髪の少年――エドは、

父に抱えられながら走っていた。


背後で見たものは、

今も夢に出る“地獄”だ。


逃げ惑う人々。

折れた剣。

泣き叫ぶ子供。


それらが、

順に“黄金の像”へと変わっていく。


母の手が黄金に侵されながらも、

最後の力でエドの頬に触れる。


「エド……生きて……」


その笑顔のまま

母は金色の光となって固まった。


父も同じ運命を辿る。

エドを突き飛ばすようにして――

黄金に変わった。


エドの小さな足は震え、

声も涙も出ない。


黄金の波が迫る。


温度も、痛みも、何もない。

ただ、光だけが全てを奪おうとする。


エドは呑み込まれ――

光の中に消えた。



王城の上空。


黄金の風を浴びながら、

女王がゆっくりと目を細める。


「……王国は滅んだ。

 だが――あれは何?」


黄金の波の中。

わずかに“揺らぎ”が見えた。


黄金化の中心で確かに“動いたもの”。

誰かの影。


それが何なのかは、

この時の、女にも判別できない。


だが――


「ふふ……生き残り?

 まさかね。でも……もしそうなら。

 “器”たり得る子かもしれない。」


女は、

崩れ落ちる王宮を背に、闇へ姿を消した。


グランベール王国はその夜、

誰一人として戻らない“黄金郷”となった。


ただし歴史に記録されなかった事実が一つ。


――あの金髪の少年が、

あの地獄を生き延びていたということ。

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